旅に出よう。
「福井に行こう。」
高3の夏。終業式の帰り道に、僕は凛花にそう言われた。
凛花とは5歳くらいからの幼馴染で、今でもよく遊ぶ仲である。背は少し低いほうだろうか、ぱっちりとした目が特徴的で、幼さは残るが綺麗な顔をしている。
男子からも結構な人気があり、高校に入ってから何度か告白されていたと言っていた。しかし凛花が告白を受け入れる事はないだろう。そういう事は、近くにいれば嫌でもわかる。
「ねぇ聞いてる?」
「あぁ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。福井に行くんだったよね。」
「そう、福井。もちろん親には内緒でね。」
「どうして?」
なんとなく分かっているけど、僕はそう口にする。だってそうする他ないから。
「翔太も分かってるんでしょ。あの時約束したじゃない。」
「うん、そうだね。わざわざ聞いちゃってごめん。」
「いいのいいの。分かってるから。」
しばらく沈黙が続く。
「駅の西口で...、私は8時30分くらいに集合がいいかな、それでいい?」
「うん、そうしようか。」
「お金は私がバイトして貯めておいたから。充分足りる額だけど、翔太もあるだけ持ってきてくれると嬉しいな。」
「うん、わかった。」
「じゃあまた明日。駅で会おうね。」
「うん、また明日。」
そう言って僕は凛花と別れ、家に帰った。考えなきゃいけないことは山ほどあるけど、僕は考えるのをやめて、黙々とスーツケースに荷物を詰めた。
翌朝、母と何気ない会話をして、僕は家を出た。母にはお泊り会だと言っておいた。帰ったら家族みんなで出掛けに行こう、と言っていた。
「行けたらね。」と言ったら、行けないことがあるのかと不思議がられた。
駅についたが凛花の姿が見当たらないので、僕はスマホを取り出して時間を見る。待ち合わせの8時30分より20分程早かった。
―――ちょっと早く着きすぎたかな。
そう思った僕は、駅前にある行きつけのパン屋へと足を運んだ。
ここのパンは本当にどれも絶品で、駅前に来るとついつい立ち寄ってしまう。
夕方なら売り切れてしまうものもたくさんあるけど、開いたばかりだから種類も沢山ある。こうして見ると、ここのパンの種類の多さには驚くばかりだ。しかも2階ではレストランもやっているらしい。これだけ手広くやっているのだから、人気があるのも頷ける。気になるものは沢山あるけれど、朝ご飯も食べてしまったので、手頃なサイズの菓子パンを1つだけ買うことにした。
「これ、お願いします。」
「はい、丁度ですね。お買い上げありがとうございます。」
「またのお越しをお待ちしております。」
その言葉を聞いて、これで最後だと思うと少し寂しくなった。
駅に戻ったけど、まだ凛花の姿が見当たらない。時計は8時をちょうど回った所だった。辺りを探そうと後ろを振り向くと、目の前に凛花が立っていた。綺麗な黒髪が靡いている。普段のカジュアルな服装とは違うけれど、白いワンピースも凄くよく似合う。僕は思わず見惚れてしまっていた。
「おはよう!待った?」
「え?あ、あぁいや、ちょうど着いたところだよ。」
「なら良かった。じゃあ早速行こっか。」
「あぁ、そうしようか。」
入り口の階段をあがって、ICカードをかざして改札を抜ける。ついさっきまで感傷的になっていたのに、凛花といるだけで嫌な事も全部忘れられる。
「ねぇ翔太。1つ提案があるんだけど。」
「どんな?」
「このまま福井に直行したら、4時間ちょいで旅終わっちゃうんだよね。だから色々、寄り道したいんだけど...」
「僕でよければいくらでも付き合うよ。」
「ありがとう。翔太ならそう言ってくれると思ってた。」
「僕のこと、都合のいい奴だと思ってる?」
「都合よく使われる人は嫌いだけど、都合のいいように動いたり、気遣ってくれる人は好き。」
「お褒めに預かり光栄だね。」
「別に後者だと決まったわけじゃないけど。」
「結局僕は都合のいい奴だったのか...。」
「ちゃんちゃん。じゃあまずは氷川神社に行こう。」
「勝手に一件落着にしないでよ...。」
「よし!じゃあ決まりだね!」
「まだ何も言ってないよ。」
「大丈夫。翔太が何を言っても関係なかったから。」
「どこが大丈夫なのか全くわからないんだけど。」
「あ!電車来たよ!乗ろう乗ろう!」
「はぁ...毎度のことながらほんと酷いな...。」
―――でも、やっぱ楽しい。
川越に着いて、僕らは最初に氷川神社へ向かった。神社に着くと、無数の風鈴が道に沿って吊るされていた。眼前に広がる、風情溢れる美しい光景に、凛花もきらきらと目を輝かせている。
「とても綺麗だ。凛花の美しさには少し劣るものの、中々なものだね。」
「そんな甘い言葉を並べて。まるで私の彼氏にでもなったみたい。」
「ここ氷川神社は、由緒正しき縁結びの神社だからね。18の男女が2人で来ていて、恋人じゃない方がおかしな話だよ。」
「でも実際のところ、私たちはまだ恋人でも何でもないじゃない。」
「相手が僕じゃ不満かい?」
「ううん。とっても満足。でもだから駄目。満足だから不満なの。」
「この旅は、最後に満足する為にあるんじゃなかったっけ。」
「それもそうだね。その通り。」
「それじゃあ僕と、お付き合いして貰えるかな。」
「ええ、喜んで。どうせ今日で終わりだけど。」
「裏を返せば、僕らは生涯を共にする相手って訳だ。」
「物は言いようだね。」
「でも間違いじゃないよ。さぁ、せっかくだからお参りしていこうか。」
「うん。じゃあ進もっか。」
そうして僕らは、お参りを終え、氷川神社を後にした。




