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五章 見定める宿命 七話





7、「慈悲」












春星州。星華国の中で最も地形に恵まれた州。


貧富の差も他州ほど激しくなく、努力する者には支援を、苦しむ者には援助を施してくれる、財源的にもゆとりがある州。


ゆえに、民と貴族の間に大きないさかいはなく、のびのびと人々は日々を過ごしていた。まるで春の陽だまりの中にいるように。








風蘭たちが春星州に向かっているのは冬であったため、ちらつく雪が頬を掠めたが、馬車で移動する分には申し分のない気候だった。


木蓮は、複雑な思いで馬車の窓から見える光景を眺めていた。


生れ故郷である春星州璃暖を離れて、気付けば一年以上も経っている。


たくさんの夢と希望を抱いて初出仕した日のことを忘れたときはない。


官吏として働く誇り。


梅との約束。


こうして風蘭たちと行動を共にしてそれらを諦めたわけではない。


けれど、あのまま芍薬のもとで官吏として勤めていることは、自分に嘘をつくことになるから。


だから、木蓮は、裏切り者になろうとも風蘭と共にすることにしたのだ。










「・・・璃暖ってどういうとこだ?」


物思いに耽る木蓮を労るように、風蘭がそっと問い掛けてきた。


「いいところだよ。人も、町も・・・」


木蓮が愛し続けていた町。大好きな人たちを残してきた町。


こうして戻れることはうれしいが・・・。


「・・・それで、木蓮。長秤一族の話になったとき、顔色を変えたけどなにかあったのか?」


風蘭の問い掛けに、木蓮は窓の外に向けていた視線を風蘭に向ける。


顔つきはすでに、官吏のそれになっていた。








「風蘭は知ってるよね、筆頭侍医である長秤 南天さまを」


「南天殿?あぁ、もちろん知っているけど・・・」


風蘭にとって、王家専属筆頭侍医である南天は、身近な存在に違いない。


木蓮は、不安そうにこちらを見返してくる風蘭を気遣い、ためらった。


「木蓮?南天殿がどうしたんだ?」


「・・・実は裏切り者だったんじゃない?」


ぽつりとつぶやいた椿の言葉に驚いて、彼は妖艶な風蘭の連れを見た。








「ふぅん?アタリってこと?」


何も言わずに瞠目したままの木蓮を見ながら、椿はにやにやと笑っている。けれど、その瞳は全然笑っていない。


「・・・そうなんだ。南天さまが、王族を・・・王たちを裏切っている可能性があるんだ」


「南天殿が?いったいどうして・・・?」


風蘭は驚きながらも、それほど取り乱してはいなかった。






彼は、冬星州に行く前の彼とはもう別人だった。


冬星州、秋星州で何があって彼を変えたのか、瞬間的に激情するような様子はもう今の風蘭には見えなかった。






「・・・芍薬陛下の食事に毒を混入させているところを、野薔薇さんという双大后さまの火女が見つけたんだ。そして、野薔薇さんの幼なじみである薬園師、長秤 楓殿に依頼し、神経性麻痺の作用がある毒だということがわかったんだ」


「長秤 楓?!」


椿がはっと楓の名に反応する。


どうしたのかと彼女を見れば、風蘭と視線を交わして、複雑な表情を浮かべている。


「風蘭?」


「あ、あぁ、ごめん・・・。・・・南天殿が仕込んだ毒には致死性はないんだな?」


「いや、神経を徐々に麻痺させていくものだから、いずれは・・・」


「・・・そうか、南天殿が・・・。・・・仕方ないな・・・」


「え・・・?」


「朝廷はすでに腐りはじめている。あちこちから綻びが出てきても仕方がない」


何かを悟り切ったかのように語る風蘭を木蓮は不安気に見る。








仕方がない、と風蘭は諦めてしまうのだろうか。


貴族の中に、王に最も接近している者たちから裏切り者が出てくることを・・・。






「そんな顔をするなよ、木蓮」


くすっと風蘭は笑う。








「諦めているわけじゃない。ただ、現状を受け入れる覚悟をしただけ。・・・諦めないさ。俺が朝廷を変える。貴族たちの信頼と結束も、取り戻したい」










木蓮を見返す風蘭の瞳の強さは以前と変わらない。


一年前、水陽で別れたときのまま、強い光を放つ理想者のまま。


木蓮は、彼の理想を共に追いたいのだ。










「・・・うん。僕も風蘭の手助けができるといいな」


「手助けじゃないさ。木蓮も、改革の中心だよ。・・・な、椿」


にやり、と風蘭は椿に笑いかける。その椿はじろりと風蘭を睨み付けたあと、肩をすくめた。


「そうね。民のために王ががんばってくれるならね」


そんなふたりのやりとりを木蓮はただ眺めているだけだ。








風蘭と椿は、共に冬星州からここまで旅をしてきたせいか、戦友のように互いを信頼し、認め合っている印象を受けた。


そして、木蓮もその輪の中にいたい、と強く望んでしまう。










「あ、それで、その長秤 楓っていう薬園師と野薔薇っていう火女と、木蓮はどうやって知り合ったわけ?」


興味津々、といった様子で、椿が木蓮に尋ねてくる。木蓮は風蘭を見ながら、ためらいつつ口を開いた。


「・・・ふたりとも、女月貴妃の幼なじみみたいで・・・」


「・・・女月貴妃?」


聞き慣れない単語に椿が首を傾げるが、風蘭が苦笑しながら彼女に教えた。


「・・・紫苑姫のことだよ。王妃になったから女月貴妃って言われてるんだろ」


あっさりと風蘭が紫苑を王妃と口にしたので、木蓮は少し拍子抜けした。








木蓮は、風蘭の紫苑への恋心を知っていた。


持て余した感情を顔を赤くして相談されたこともあった。


けれど、こうして今、紫苑の名をあっさりと口にした風蘭に、なにか目に見えた変化や動揺は見られなかった。


もう、彼女への想いは断ち切ったのだろうか。


風蘭と共にいた、椿というこの少女が、風蘭の新たな想い人となったのだろうか・・・。










「あぁ、紫苑姫ね。なるほどね~あの子の幼なじみなんだ、長秤 楓さんは」


何気なくつぶやいた椿の発言に、今度はまた木蓮は椿に驚く番だった。


「椿・・・さんは、女月貴妃を知って・・・?」


「えぇ、知っているわ。会って話したこともあるわよ」


椿の答えに、風蘭がぎょっとした顔をする。


「椿?!」


「いいじゃない。水蝋って武官は馬車を操ってて今は外。ここにはあたしと風蘭、木蓮しかいないんだから」


こそこそと風蘭と椿が何かを話している。木蓮はふたりの会話についていけずに、おとなしく落ち着くのを待っていた。


すると、そんな木蓮をからかうよう椿が見上げてきた。








「へぇ?ずいぶんとおとなしく聞き分けてるわね」


「え?」


「ほんとはあたしや風蘭に聞きたいこといっぱいあるんでしょ?平民のあたしが、なんで風蘭と一緒にいるのか、とか、なんで紫苑姫のことを知っているのか、とか」


「そ、そりゃぁ・・・」


「あのね、ここから先は変な遠慮はいらないの。あたしたちは国を敵にした反逆者よ?仲間内まで腹の探り合いや顔色伺いをしてたってしょうがないでしょ?」


びしっと木蓮に告げた椿の言葉を聞くと、横でそのやりとりを聞いていた風蘭が吹き出して笑った。


「椿の言うとおりだよ、木蓮。俺たちの間で隠し事はなしにしよう。奇遇にも、こうして同い年の志を共にする者たちが集まったのだから」


風蘭にまでそう言われて、木蓮は小さく頷くと椿と風蘭を交互に眺めてから問い掛けた。






「じゃぁ・・・、まずは、なんで椿さんは女月貴妃を知っているの?」


「妃候補として、後宮で一緒に過ごしていたからよ」


「・・・え?・・・えぇっと・・・妃候補・・・?誰が・・・?」


「あたし。あたしと紫苑姫も妃候補だった頃よ」


「え・・・?だ、だって、椿さんは平民で・・・」








わけがわからない木蓮は、風蘭に救いを求めるように見たが、風蘭は我関せずといった様子で諦めた表情で窓の外を眺めているだけだ。


「そうよ、あたしはただの平民。冬星州では妓女をやっていたってこと以外は普通の」


「ぎ、妓女…」


「あら、真っ赤になっちゃってかわい~!!風蘭にもなかった反応ね?!」


「・・・いいから早く説明してやれよ」


くすくすと笑いながら椿が風蘭に話し掛ければ、彼は呆れたように椿に言い返した。






木蓮はただ、顔を赤くするしかない。


椿に初めて会った時にも妓女だと言われていたが、妓女なんて、言葉でしか聞いたことはないがどういう存在かは知っている。目の前に座っている同い年の少女が、その妓女だなんて。






「なんだか新鮮な反応ね~」


「冬星州のおまえの客人が一般の反応じゃないと思うぞ?」


すかさず椿に一言添えてから、風蘭は木蓮に苦笑した。その椿は、その年齢にしては大人びた、妖しいまでの笑みを浮かべると、話を続ける。


「雅炭楼っていう国一の祇楼にいたんだけど、そこに冬星州州主が来たの」


「し、州主が?!」












州主と聞いて木蓮が思い浮べるのは、桃魚 華鬘だ。


華鬘が祇楼に行く姿・・・想像できずに拒否反応を起こし、木蓮は軽く首を横に振る。


「州主はそこであたしに言ったの。『雲間姫の身代わりとして妃審査を受けてこい』ってね」


「雲間姫?!」


冬星州州主、霜射 柘植のひとり娘の雲間。


病弱な姫との噂だったが、実際後宮にあがってきた雲間は、病弱とは思えないほど妖艶だった。


それが、椿だったとは・・・。








「道理で、椿さんに見覚えがあると・・・」


「あたしは木蓮を見かけた覚えはないけど。ま、采女所に所属してれば、妃候補を見かけたのかもね」


その通りだった。


まだ采女所に所属したての頃だった木蓮は、仕事がなく、妃候補である姫たちともすれ違う程度だった。








「ま、それであたしは雲間姫として妃審査を受けるつもりで後宮にいたってわけ。もっとも、民部長官が死んじゃって冬星州に帰ることになったあたり、州主の策略は破れたりって感じね」


「でも・・・雲間姫の身代わりなんて・・・」


「ばれたらただごとじゃないでしょうね」


木蓮の懸念をさらりと椿は口にすると、不敵に笑う。


「だから、これはここだけの秘密。話しちゃダメよ」


「は、はい」


首振り人形のように何度も首を縦に振って木蓮はうなずく。








「それで・・・楓殿のことはどこで?」


「あぁ、それは秋星州で長秤家当主の屋敷にいたときに、一族会議が開かれてさ」


今度は風蘭が木蓮の疑問に答えるように視線を向けてくる。


「そこで、一族の面々が口々に言っていたんだよ。楓殿を医官として出仕させるときもこうして一族で会議をしたって」


「あ・・・、確かに、楓殿はもともと文官を希望していたと・・・」

「いくら一族の習わしでも、なりたいものになれないのはおかしいよな」


「貴族には貴族の縛りがあるってことよね」


憤慨したように語った風蘭の横で、椿が呆れたようにつぶやく。その椿の言葉を聞いて、風蘭が意外そうに瞠目する。






「へぇ?椿が貴族の肩を持つなんて意外だな」


「これでも、雲間姫として扮装していたときに、思うところがあったのよ」


つん、として言い返した椿にくすり、と笑ってから、風蘭は真剣な瞳で木蓮を見返した。


「俺は、貴族でも平民でも、みんながなりたいものになれるような国にしたいんだ。もちろん、それなりの努力をもって、だけど」


「・・・うん、僕もそれは賛成だよ。・・・水蝋さんも今は武官だけど本当は文官になりたかったみたいだ」


「文官の金を積んで官位を得る制度と、武官の貴族でなければ国軍に入軍できない制度はなんとかしたいよな」


宙を仰ぎながら風蘭が言う。


木蓮は、ずっと心の中で秘めていた考えを口に出してみることにした。










「あの・・・さ、文官の登用制度、だけど」


「ん?なにか案があるのか?」


「試験を受けるのはどうかな?試験を受けて研修して、それで本人の希望と式部の判断を鑑みて配属するっていうのは?」










木蓮の発言のあと、しばらく誰も何も言わなかった。


彼の言葉をじっくりと反芻するように、風蘭は考え込み、椿は風蘭が何を言うかを楽しげに待っているようだった。


しばらくの間、がたがたと馬車が揺れる音だけが響く。


風蘭に提示した案は、ずっと木蓮の中で抱いていたものだった。その根底には、平民であるがゆえに、官吏になれなかった木蓮の師、梅の想いがある。


木蓮よりも努力家で知識も豊富で、なにより王族への忠誠心も厚い梅。


けれど、ただ貴族ではないという理由だけで、彼は朝廷に赴くこともできない。


保身だけを考える貴族たちよりもずっと官吏にふさわしい人物なのに。








「・・・その考え、いいな」


ぽつり、と風蘭が洩らす。


「だってさ、椿。試験に及第すれば文官や医官になれるってなったら、霞だって努力すれば医官になれるってことだろ?」


「・・・ま、そういうことでしょうね。ただ、賛成より反対の力のほうが強そうだけど」


ひょい、と肩をすくめて答えた椿に、木蓮は尋ねてみた。


「あの・・・霞って・・・?」


「長秤家当主に仕えていた侍女よ。民を助ける医者になりたくて、医官になりたいって言ってたわ」


「町医者じゃだめなんですか?」


「町医者じゃ、限界があるからな。それに、医官になるほうが、技術や知識を学ぶことも、研究することも環境が整っているしな」


「・・・なるほど」










町医者の存在を否定するわけじゃない。


民にとって身近で、軽い診察や相談相手になってくれるのは、やはり町医者だ。


けれど、重病人や重傷を負っている人を救うだけの技能も環境もないのもまた事実。


高い志をかざすような者では、町医者で終わってしまうのは口惜しいだろう。










「朝廷に出仕する官吏を試験で選定するなら、地方官吏もそうしたらいいかもな」


うきうきとした様子で風蘭は木蓮に提案する。


「地方官吏・・・たしかに、そうかも」


地方官吏、各州を取り締まるのは州主だが、それを支える官吏たちがいる。


代表格としては、主要都市を任されている星官たちがそうだが、彼らが動きやすいように補助する官吏たちもいる。


ただし、地方官吏といえど、やはり11貴族で成り立っているのも事実。








「住み慣れた故郷からは離れたくないけど官吏になりたいって人には地方官吏はちょうどいいかもね」


「どちらも試験を及第した者たちがなれる存在となれば、憧れや誇り、権威も取り戻せるだろうな」


瞳をきらきらさせて、その未来予想図を風蘭は語る。


こうしてふたりで、未来の星華国の理想を語っていると、まるで一年前に戻ったようにも思えた。


「それにしても、官吏登用試験なんてよく思いついたな?」


感心する風蘭に、木蓮は少し悲しそうに笑って答えた。


「僕に勉強を教えてくれた人が、平民だったけどすごく官吏になりたがってたんだ。・・・ううん、きっと今も、なりたいんだと思う」


「木蓮の先生ってくらいだから、聡明な方なんだろうな」


「・・・でも頭かたそう・・・」


ぽつりと揶揄した椿の言葉に木蓮はびっくりする。










「どうしてわかったの?!」


「は?」


「梅おじさん・・・僕の先生の頭がかたいって・・・」


梅の頑固な性格は木蓮ですら辟易するときがある。こうと決めたら梃子でも動かない意志の強さがある。


「・・・そりゃぁ、木蓮の先生だし?」


「え?」


椿の意図がわからず、木蓮は首を傾げる。


風蘭はわかっているのか、椿の横でくすくす笑ってる。






「その梅って御仁と俺も会えるかな?」


風蘭の申し出に、木蓮はしっかりと頷いた。


「うん。もともとそのつもりだったんだ。春星州州主、桃魚 華鬘さまに話が通るまでの間、みんなには梅おじさんの屋敷にいてほしいんだ」


梅にはすでに文を送ってある。


・・・ただし、返事は来てないが。










「それでね、一応、風蘭も身分を隠したほうがいいと思うんだ。その・・・風蘭は今・・・」


「謀反人だからな。うん、わかった。梅さんに迷惑かけるわけにもいかないから、身分は隠すよ。色々ありがとう」


木蓮の言わんとすることを的確にとらえた風蘭は頷いて同意する。










馬車はひたすらに春星州にむかっている。


梅との再会が楽しみな木蓮であったが、果たして梅が風蘭たちを快く迎え入れてくれるか、若干の不安を感じながら、木蓮は窓の外に視線を向けるのだった。












今回の花言葉は木蓮の花言葉でした。


今書いているのは5章ですが、第一部は6章でひと段落します。

その後、第二部である7章~最終章までをこちらに載せるかどうか、正直迷っています。

もしかしたら、第一部だけこちらに載せて、第二部以降は、外部サイトであり、紫月にとっては自分のサイトである「紫月の物置き場」にお立ち寄りください、とするかも・・・・・・しれないです。



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