四章 絡み合う出会い 十七話
17、志操堅固
「あたしたちも戦場に出してほしい」
彼女の剣幕に、立場が上であるはずの相手のほうが圧されてしまう。
「だけど百合、それは危険だ。女人が耐えられる光景では・・・」
「なにを言ってるの?この国家の一大事に、そんなことを気にする必要があるの?」
百合と呼ばれた女は、完全武装した姿で、相手ににじり寄って行く。
「だいたい、女人が戦えないなんて思うほうが間違えだわ。そうでしょ?」
「ま、まぁ、そうだけど・・・」
「あたしたちは幼い頃からそれなりに鍛練をしてきたもの。平民だから、女人だからって遠ざけるのは間違えだわ。そうよね?」
「う、うん・・・」
完全に圧されている相手は、百合の言葉にひたすら頷くしかしていない。
「じゃぁあたしたちも戦場に出してちょうだい」
「だけど百合、それは危険なことで・・・」
相手の言葉は、百合に睨まれることで途切れてしまった。百合は腰に手を当てて、子供に説教するように厳しい口調で言った。
「この時代に危険ではないところなんてないわ。それに、今、最も危ない立場なのはあなたなのよ、牡丹!!」
幼なじみで同い年の百合に、ものすごい剣幕で叱られた牡丹は、思わず首を竦めた。
その横では、牡丹の弟である葵がくすくすと笑っている。
「もっと叱ってやってください、百合さん。誰が止めても無茶ばかりするんです」
「牡丹は、今やみんなの希望なのよ?自分を粗末にしてはだめ」
「それはもちろんわかってはいるが・・・」
百合に遠慮なく叱られ、牡丹はしゅんとしながらおとなしくしている。
この場は百合に任せておくべきだと悟った葵は、ふたりから離れていった。
今は、みなが寝静まった深夜。夜が明ければまた、戦が再開される。
いつ終わるかも、どうなってしまうのかもわからない、不安の渦巻く戦。
けれど同時に、この戦こそが、無意味に長く続いた戦乱の世を終わらせる、最後の戦であることも、牡丹は確信を持っていた。
「・・・あなたはずっと、あたしの主よ、牡丹」
黙ってふたりで月を見上げていれば、百合が横でそうつぶやいた。
「百合・・・?」
「こうしてみんなが、あなたを最後の希望みたいに崇めるずっと前から、あなたはあたしの主だった。幼い頃からずっと一緒に成長してきた」
「・・・そうだね」
百合は平民だ。
牡丹の侍女として、彼女は牡丹と共にあった。
牡丹の父の計らいもあり、百合は牡丹と同じように文武共に学ぶことができた。
「獅家が治めていた国はなくなってしまったけれど、あなたがみんなにとってかけがいのない存在であることは覚えておいてほしい」
「・・・ありがとう」
牡丹は小さく笑って答えた。
百合は、百合だけはこうして今でも牡丹が牡丹であることを許してくれる存在。
今や葵さえ、牡丹がこの軍の統帥の立場にあることを認識に、肉親のように接してはこない。
「それで、最初の話だけど、あたしたちも戦場に出してほしいの」
「いや、だからそれは・・・」
「足手纏い?」
「そんなことはない!!」
「じゃぁいいじゃない」
あっさりと言い包められて、牡丹はたじたじとしてしまう。
「・・・まいったな。本当に、百合には適わないな」
「あたしが最後まであなたを支えるから。だから、あたしたちも共に戦わせて」
「・・・危険だよ?」
「承知よ。それに、あたしたちの実力を知っているでしょ?」
得意顔で威張る百合に、牡丹は苦笑をもらす。
たしかに、百合は強い。
おそらく、牡丹と互角に戦うことができる数少ない『武人』だ。
軍を指揮する立場である牡丹と同等の実力を秘めている百合が戦いに参加してくれたら、心強いことこの上ない。
だけど・・・。
「軍が、百合の実力をきちんと受け入れてくれるかはわからない・・・」
「あ、それなら心配いらないわ」
あっけらかんとした態度で、百合はあっさりとそう言い切った。
「男だけで結成されている軍に混じろうだなんて思ってないわよ。なんだっけ・・・『五星軍』だっけ?」
百合の問い掛けに、牡丹は頷くだけで答える。
今、牡丹たちは最後の決戦の場にいた。
牡丹の必死の呼び掛けは、12の国々の国主のうち、半数の協力を得ることができた。
彼らは、それぞれの国で誇る軍隊を牡丹のために差し出した。
牡丹の掲げる理想のために。
牡丹を討とうとする国主たちも、全軍あげて反撃してきた。
だから、牡丹は味方の軍勢をまとめなければいけなかった。
どこの国の軍、という区別なしに、ただ実力だけで5つの軍に分けた。
それが、百合の言う、五星軍のことだった。
彼らはそれぞれの母国と武人としての誇りのため、また、勇気ある行動をとった牡丹への敬愛のために、心を一つにして戦ってくれていた。
親を失い、国を燃やされ、民を隣国に預けて、身一つで多くの者に訴えた牡丹の想いは、今やこんなにも強大な軍を結成するにまで至った。
民たちは牡丹を奇跡の救世主と言ったが、牡丹からすれば、この事実こそ奇跡だった。
五星軍の存在こそが、牡丹にとっては信じられないほどの奇跡だった。
「五星軍に加わろうだなんて思ってないわよ」
もう一度、百合は言う。
「じゃぁどうするんだ?」
「決まってるじゃない。新たな軍を結成するのよ」
「・・・は?軍を?!そんなにいるのか?!」
「いるわよ。なによ、今更」
呆れたように百合は言い返してくる。
百合たち女人は、今は救護を主な職務として、牡丹たちと停滞してくれている。たしかに、思い起こせば相当数の人数はいるとは思うが・・・。
「全員が戦えるわけではないと思うが?」
「そうね。救護にこそ向いている子もいるわ。でも、あたしのように戦うことこそが使命のような女人もいるのよ」
それに、と百合は言い加える。
「女にしかできない戦い方もあるわ。隠密に、影のように敵の懐に入り込むのは、あたしたちの方が適任だと思わない?」
百合の指摘は、牡丹の苦悩を見抜いているかのようだった。
牡丹はここ最近、ひどく悩んでいたのだ。
敵の出方がわからず、思惑がつかめない。
加え、牡丹はできることなら、敵国の民まで傷つけるようなことはしたくなかった。彼らの中には、牡丹に賛同しようとしてくれた者たちもいることを知っていたから。
だからこそ、五星軍を使って外部から攻撃するより、内部から統制を崩すような手立てがほしかった。
百合がまさにそこを指摘してきたので、思わず牡丹は瞠目した。
「あなたの考えていることなんてお見通しよ、牡丹。どう?女人だけの軍をつくる気はない?」
「・・・百合が、統率するのか?」
「あなたがそう望むのなら」
不適に笑う百合に、牡丹も同じ笑みを返す。
それだけで、ふたりの意志は通じ合った。
『影星』。
百合は女人だけの軍をそう名付け、五星軍と並び立つほどの功績をあげた。
まさにその名の通り、影のように密やかに相手の懐に入り込み、情報を引き出す。
諜報だけの仕事のみならず、彼女達は腕も立ったため、五星軍の突撃前に敵軍のひとつを総崩しするということまでしてのけた。
そしてその夜、戦場は大きく揺れた。
敵国の民の心を揺さ振り続けた『影星』。
戦乱の世に辟易としていた彼らは、『影星』の囁きに耳を素直に貸した。
大将である国主たちの首をとれば、この戦を、戦乱の世を変えることができる。
百合たち『影星』は囁いただけ。
実行するのは彼らだった。
闇に紛れて国主たちがいる陣に向かう。そこから聞こえてくるのは、戦の最中だというのに酒にまみれた宴会の声。
「民には貧困を強いて、自分達はあの様よ。許せる?」
百合は、敵国の民たちに問い掛ける。
見せ付けられた現実に、この国主たちに仕える民たちの心が揺れた。
国主に仕えるとはいえ、彼ら平民が受けられる恩恵などないに等しい。なのに、国主が決断した戦には毎回駆り出される。
それが国民としての義務だと告げられて。
「あたしたちの主、牡丹はこんなことはしない。夜の天幕は、死者への黙祷のためにひっそりとしているもの」
日々失われる命に、奪わなければならない命に、牡丹はただひたすらに傷ついていた。
それを表に出すことを許されず、静かな夜の沈黙の中、誰に知られる事無く涙を流す。
「戦場は女人には耐えられる光景ではない」
『影星』を結成する前夜に、牡丹が気遣うように百合に言った言葉。
本当は、誰よりも牡丹がその光景に耐えられなくなっているのだ。
あの心優しい主には。
けれど、この戦乱の世を終わらせるために、牡丹はただひたすらに前を向いて走り続ける。
百合は、そんな牡丹を支えたかった。
『影星』として牡丹の役に立てることは、百合にとってなによりの誇りだった。
そしてそれは、百合だけが抱いている感情ではなく、牡丹を支えるみなが感じているものだった。
それを読み取った敵陣の民たちは、心が揺れた。
明日生きるか死ぬかの恐怖にさらされている中、酒宴を催している国主たちに従っていて、果たしてよいのだろうか。
「・・・あなたがたがその気になるのなら、あたしたちは加担するわ」
誘惑的に百合が追い詰める。
「国の未来を、あたしたちの未来を、誰になら預けることができるか、よく考えて」
形勢は、牡丹側が若干の不利に立たされていた。けれど牡丹も、そして百合もあきらめてなどいない。
必ず、牡丹の願いは叶えてみせる。
曇りのない、迷いのない百合たち影星の顔つきを見て、彼らも決断をくだした。
「・・・討つ」
「手助けしましょう」
にやりと笑って応じた百合は、その言葉通り、助けることしかしなかった。
直接国主たちに手を下すのは敵陣の民たちに。
そうすることで完全に支配下から決別できるように。
それは百合の想像するよりもはるかに順調にことが運んだ。裏切りを決意した民たちは、結束して国主たちを襲撃した。
百合たち影星もそれを助け、外部では、五星軍がじわじわと追い詰めていた。
そして、そのときは来る。
牡丹に抵抗した6人の国主の首が切り落とされ、そのまま牡丹のもとに届けられた。
それは、降伏の証。
牡丹の率いる軍の勝利として、歴史が大きく動いた瞬間だった。
「『輝星』って名はどう思う?」
星華国を建国してから半年ほど経った頃、百合は国王となった牡丹に呼ばれていきなりそう言われた。
「・・・何の話か聞いてもいいかしら、牡丹?」
百合は、牡丹が星華国の王となっても態度を変えることはなかった。
葵は王佐として牡丹と一線引いてしまっていたが、牡丹は変わらずに接していた。
今も、かつて国主であった貴族たちが歩き回る朝廷の中を、平民でしかない百合は臆することなく堂々と歩いていた。
貴族たちが何も言わないのは、百合たち『影星』が為した功績を密かに認めているからに違いなかった。
「国軍の名だよ。五星軍の上に立つ、最強の武官だけが揃った国軍だ」
「五星軍も国軍でしょ?」
「無論。だけど、新しい国である星華国を象徴する新たな軍を結成したほうが、みんなの結束が固まる気がしてね」
「国と王を守るための最強の国軍ってわけね。いいんじゃない、『輝星』」
百合の支持を得ると、牡丹はうれしそうに破顔した。
そんな牡丹を仰ぎ見ながら、百合はきっぱりと言い切った。
「でもね、牡丹。あたしたち『影星』は国軍になるつもりはないわ」
「百合?」
「あたしたちは国のためになんて戦えない。仕えるべき王のため、あなたのためにしか、戦う気はないわ」
もともと貴族などひとりも所属していない、あの戦の場で臨時的に結成された軍である、『影星』。
しかし、女人だけで成り立つその軍は、解散させてしまうには惜しいほどの実力を秘めていた。
確実に、星華国の、牡丹の懐刀となれる存在。
百合もそれは感じていたので、みすみす影星をこのまま解散させようとは考えていなかった。
けれど、国のために戦う国軍となり、組織のひとつに組み込まれる気もなかった。
だから、あえて牡丹に忠告したのだ。
「仕えるべき王にしか仕えない軍、か・・・」
百合の言葉を反芻させて、牡丹はつぶやく。
すると、牡丹は納得顔でうなずくと、にっこりと笑って彼女に告げた。
「明日、もう一度この室に来てくれないか?」
「なぜ?」
「百合に、大事なものを渡したいと思っているからだよ」
真摯な瞳でそう言われたら、百合も反論することはできない。ふたつ返事で頷くと、百合はその場を退室した。
そしてすぐに、入れ違うようにして葵が牡丹に呼び出された。
次の日。
言われたとおり、百合は昨日と同じ刻、同じ室に足を運んでいた。なのになぜか、朝廷内が昨日と少し雰囲気が変わっているように思えた。
それがどういう変化か百合にも具体的にはわからず、ただ首を傾げることしかできない。
目的の室の前には、なぜか葵が控えていた。
「・・・葵?なにしているの?」
「百合さんを待ってたんですよ」
今や王佐である葵を呼び捨てに呼ぶのは、牡丹か百合くらいだ。
その百合は平民な上に、牡丹の侍女であるにも関わらず、葵すら彼女を敬称つきで呼ぶのは、年の差がそうさせるのだろうか。
「あたしを待っていた?牡丹になにかあったの?」
「いえ、これから起こるんですよ」
含みのある言い方と葵の楽しそうな笑みに、百合は首を傾げる。そして室の扉を開けて葵について入室した百合は、息を呑んだ。
そこには、牡丹だけではなく、11貴族の当主11人がいたのだ。
一斉に向けられた視線に、思わず百合は退歩してしまう。
「百合、こちらへ」
王としての威厳と口調で、牡丹が百合を呼ぶ。それに誘われるように、百合はふらふらと牡丹のもとに歩み寄る。
その間も、かつては11の国の国主であった彼らの視線は彼女に向いたままだ。
「百合、君は昨日、言ったね。影星は国のためではなく、仕えるに足る王のために仕えると」
牡丹の言葉に、その場は騒然とする。しかし、百合だけはしっかりと頷いて答えた。
「えぇ。だから、『影星』は国軍にはなれないわ」
「いや、国軍とする」
きっぱりと言った牡丹を百合は信じられない思いで見返す。
「『影星』も国のために仕えろと言うの?」
「違う。仕えるべき王を見定めて従う、というその姿勢は貫いてくれて構わない。・・・いや、むしろ」
少し自嘲するようにして牡丹は笑う。
「平民たちで形成されている『影星』が支えてくれる王こそが、真の王だと認識できていいかもしれないな」
「ではなぜ、国軍になど・・・」
「王は国のためにある。その王を陰ながら守ると申し出てくれている軍を国軍としないわけはないだろう?」
牡丹の言葉にしなかった言葉を、百合は正確に読み取る。
たしかに、私軍であることと国軍となることでは雲泥の差がある。
私軍では牡丹が干渉できることも、逆に牡丹に干渉できることにも限界がある。
王を守る、と言ったところで私軍では王のそばに行くこともできない。
今は百合と牡丹が親しい仲であるからその壁も感じないが、それでは王を支えるという『影星』の存在は百合の代で終わってしまう。
未来に続いていく王を、未来の『影星』が守っていくためには国軍である方が都合がいい。
「・・・わかりました、お受けします」
百合は、『牡丹王』に膝をついて礼をとった。
服従の礼。
しかし、牡丹はそれに苦笑をもらす。
「国軍とはいえ、君たちは特殊な国軍だ。平民が、まして女人で形成されている軍が国軍として王のそばにあることは、不満を持つ者たちも出てくるだろう」
牡丹の言葉に、11貴族の当主たちが頷いているのを百合は見逃していなかった。
「だから、『影星』は王族、星官、高官のみが知りうる、穏密な国軍とする。他にその存在を洩らせば、厳しく罰されると心得よ」
毅然とした王の言葉で、牡丹は進言する。そして、百合に厳しい視線を向ける。
「仕えるべき王にのみ仕える隠密なる国軍と位置付けることに異論は?」
「ございません」
百合が即答するのを聞き、牡丹は満足気に頷いてから立ち上がった。
高々に宣言するために。
「これより、『影星』を『闇星』という名の国軍として扱う。加え、『闇星』の統率者、百合に『黒花』の称号を与える」
牡丹は驚きのあまり瞠目している百合を、楽しげに見つめた。
「以後、その地位を継ぐものたちに『黒花』の名を継いでいくように」
そして、王は初代『黒花』に、一輪の花を差し出した。
「それは・・・」
「『闇星』を統べる初代『黒花』に我が花を進呈しよう。今後の活躍を期待する」
それは、ボタンの花。
それも、黒いボタンの花だ。
「『闇星』と『黒花』の名に恥じぬよう、仕えるべき王に尽力つくすことをこの花に誓います」
もう一度、百合は服従の礼を取る。
深く、深く。
それを見守る星官たちも自然と頭を垂れていた。
これが、知る者の少ない国軍『闇星』と気高き女武人『黒花』の誕生した瞬間の話である。
これで四章はおしまいです。
・・・最近、執筆が停まってたりします(汗)気づけば、最後に書いてから1ヶ月くらい経ってた・・・(汗)(汗)
飽きちゃってるんでしょうか(笑)
ぜひ感想等のお言葉をいただければと思います~☆
では、五章へと続きます!!