表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/144

四章 絡み合う出会い 一話









1、解甲帰田








「・・・・・・え、本当ですか?兄上たちが?!」




木蓮は、思わず朝廷の廊下ですっとんきょんな声をあげてしまった。それほど、あまりにも予想していなかったのだ。




「なんだ、てっきり知っているのかと思っていた。最近民部に行っている姿をよく見かけるからな」


中部長官、双 鉄線にそう言われて、木蓮はぐっと押し黙る。たしかに、木蓮は風蘭がいなくなってから日課のように民部のまわりをうろついている。


けれど、あまり深入りするなと風蘭にも、そして華鬘にも言われているので、民部に所属しているふたりの兄に連絡をとることはなかった。






加えて、先日の芍薬王の即位式の仕事にも翻弄されて、なかなか兄たちと連絡をとる時間すらとれていなかったのも事実だ。






けれど、この知らせはあまりにも急だ。








「本当に、兄たちは春星州へ帰ったんですか?」


「あぁ。しかも休暇で、ではなく、正式に退官して帰州したようだ」


「退官して?!」


ぽんぽんと鉄線から言われる知らない事実に、木蓮の目はどんどん見開かれていく。ただただ驚愕の表情を色濃く浮かべる木蓮の反応を、鉄線は少し楽しそうに見つめている。




「先日、春星州州主、桃魚 華鬘さまが帰州されたろう?それとほぼ同時に帰られたよ」


「いったいなんで・・・・・・?」


ただ休暇で帰州しただけなら、たしかに木蓮にも言わずに帰るかもしれない。






だが、退官して帰ったとなれば、話は別だ。


わざわざ父が大金を払って用意した官位を捨てて、なぜ、勝手に帰州など・・・。






ふと、よぎる不安がある。


身体の弱い父。


春星州を出るときも、父のその身体が心配で決断できなかった。


もしや、父になにかあったのでは・・・・・・。






「双長官、僕は・・・・・・」


「あぁ、今すぐ追いかけたいのはわかるが、少し辛抱してくれないか」


心底困ったように、鉄線は木蓮の言葉をさえぎった。


「なにせ新王が即位されたばかりで、中部はやることが積み重なっているんだ。今人員を減らすわけにはいかないんだ」


申し訳なさそうに言う鉄線に、嘘はない。


たしかに、芍薬王の即位式、加えて近日に行われる婚儀の式の準備などで、最近の中部はてんやわんやだ。






儀式を取り締まるのは中部の神祇所だが、後宮の準備、女官とのやりとりを行う采女所も、新たな貴妃を迎える用意で、日々あわただしく動き回っている。






新たな貴妃。


木蓮は、その姫の姿を充分に思い出せる。


秋星州から来た、女月家の姫君、紫苑。


会って話したのは数回だが、愛らしい表情と纏っている穏やかな雰囲気が印象的な姫だった。そして、木蓮の大切な友人である、風蘭の想い人。




残念なことに、風蘭の兄である芍薬の妃となってしまうのだが、できたら木蓮は風蘭と紫苑の仲がうまくいけばいいと思っていた。






今となっては、もはや無意味な願いだが。






そして、芍薬王の婚儀のあとすぐに、木犀公子の婚儀も控えている。




木犀公子のお相手は、紫苑姫同様、妃候補であった、蟹雷 槐姫。


噂で聞くと、木犀公子が槐姫を見初めたということだが、あの寡黙な公子がそんな積極的な行動を起こしたとは、木蓮には意外に思えた。




槐姫が木犀公子に見初められ、妃に、と強くせがまれたため、芍薬王はそれを承諾した。そして、残った妃候補である紫苑姫が、正式に芍薬王の妃となったのだ。






けれど。


妃候補には、「妃審査」と呼ばれるものがある。それを突破した姫が、妃となると、采女所に入所したときに聞いた。


その「妃審査」に携わるのは主に中部、特に神祇所だとも。


だが、木蓮の記憶が正しければ、紫苑姫が後宮に入られてから、「妃審査」といわれるものはなにもしていない気がする。




候補がいなくなったからであろうか。








「羊桜 木蓮?」


突然名前を呼ばれ、はっと木蓮は思考をもとに戻した。目の前には、鉄線が不思議そうにこちらを見ている。


「どうした?やはり、兄上たちが心配か?」


「え、えぇ、まぁ・・・・・・」


いつのまにか、兄たちよりも妃の心配をしていた自分に、思わず苦笑してしまう。


やはり、今の自分は、頭のなかは仕事でいっぱいのようだ。






「ですが、長官。仕事はきちんと全うします。兄たちも子供ではないのですから、なにか思惑あってのことだと思いますから」


「そうか、すまないな。もう少し落ち着いたら、休暇を与えよう。・・・・・・もう、1年経ったのだしな」






鉄線の最後の一言の意味がわからずに首をかしげた木蓮だったが、すぐにそれを理解した。




木蓮が、中部采女所に出仕するようになって、1年が経ったのだ。






この1年は、想像以上にめまぐるしかった。なにせ、出仕する前に、先王の崩御という一大事が起こり、出仕初日には、第3公子と知り合うことになる。


そして、冬には民部長官の突然死。


加えて、第3公子の左遷。


その間にも、次期王の妃候補の後宮暮らしが始まり、その整備に追われた。


そして、気付けば28代国王が即位し、その妃も決まろうとしている。






「あっという間の1年でした・・・」


「たしかに、ここのところは例にないほど慌しい1年だったな。もうひと踏ん張り、がんばってくれ」


鉄線はそれだけ言い残して、木蓮に背を向けて去っていった。その背中に礼をし、木蓮は習慣のようにそこから見える庭に目をやる。






そういえば、こうして廊下で庭を見ていたら、風蘭に話しかけられたんだっけ。






ふと、初めて出会った頃を思い出し、木蓮はその口元に笑みをもらす。


「・・・・・・あ!!」


そこでのんびりしている場合ではなかった。


木蓮はやるべき仕事を思い出し、あわてて後宮に戻った。








木蓮が所属する采女所は、女官の取締りが主である。


女官の人事、取締りは、専ら後宮の主である双大后を中心に、女官の最上位である淡雪を筆頭にして行われているが、それに官吏が介入しないわけにはいかない。






まして、王の妃に関することはなおのことである。








「遅れて申し訳ありません。えと・・・夕霧、さんですね?」


あわてて後宮に戻り、ある女官と待ち合わせていた場所に木蓮はたどり着くと、そこで不安そうにたたずんでいた人影に即座に頭を下げた。


「あ、そんな、いいえ。とんでもないです、お世話になるのですし・・・・・・」


まだ幼い声で、彼女は必死に木蓮をかばう。彼はほっとして顔を上げて、改めて夕霧という名の女官を見て、驚いた。






声を聞いて幼いと思ったが、本当に幼い。






だが、『水女』『火女』を取り締まる緑光、そして筆頭女官の淡雪の推薦もある少女なのだから、さぞや優秀な女官に違いない。


だからこそ、この少女はこれから木蓮と共にある場所へと向かうのだから。








木蓮と夕霧は、ある室に向かって歩いていた。木蓮の横で歩く少女の固い顔に、思わず彼は笑みをもらす。


「緊張していらっしゃるのですか?」


「は、はい・・・。ま、まさか、私がこんな大役を務めることができるとは思っていなかったので・・・・・・」


「紫苑姫は、心優しい愛らしい姫君ですよ。きっと夕霧さんとも仲良くしてくださると思いますよ」


「紫苑姫さまをご存知なのですか?!」


幼い夕霧の表情が、驚きに変わる。




木蓮と夕霧は今、紫苑がいる室に向かっていた。近々王の正妃となる紫苑。


その紫苑付きの女官を紹介するのが、采女所の木蓮の目下の仕事だった。すでに数人の女官を紹介しているが、夕霧ほど幼い女官を紹介するのは初めてだった。


けれど、夕霧が担う職務は、水女や火女のような下位の仕事ではない。


正妃である紫苑の衣を選び、着せる、「衣女」という職務が、夕霧に与えられた仕事だった。


今現在、紫苑の世話係となっている薄墨も、紫苑が正式に正妃となった時点で、妾妃として後宮に入ることになっている。


そうすると、女官としてではなく、妃として扱われるので、紫苑のそばで仕えることはできないのだ。






もっとも、後宮の主、双 桔梗大后の次ぐ地位となる、現王の正妃の女官なのだから、選びぬかれた女官たちでなければならない。


淡雪が推薦してきた女官たちを、次々と彼は紫苑に紹介していたのだった。


紫苑自身は、迫る婚儀と新たな生活に困惑しかない様子だったが、この幼く純粋な女官、夕霧をそばにおけば、心も落ち着くのではないかと木蓮は勝手に思い込んで微笑んだ。






「紫苑姫とは以前、まだ妃候補でいらした頃にお目通りしたことがあるんです。それで今回、紫苑姫直々に、姫の女官との連絡係をご指名いただいたのです」


「私、いつかお妃さまの女官となるのが夢でした!!まさか、こんなに早く叶うなんて思いもしなかったです・・・!!」


感動しきりの夕霧を従えて、彼らは紫苑の待つ室にたどり着いた。








「お、お、お、お、お初に、お目に、かかり、ます!!」


紫苑の待つ室に通されると、夕霧はそのまま紫苑の顔も見ずにその場に平伏してしまった。そして、聞いているこちらがかわいそうになるほど緊張した声で、なんとか自己紹介をすます。




「夕霧・・・ですよね?初めまして。女月 紫苑、と申します。後宮についてはわからないことだらけなので、色々と助けてくださいね」




夕霧は顔を上げて、初めて自分が仕える主をまじまじと見た。


「お姫様」という言葉そのままの、まるで人形のように愛らしく整った顔。そこに笑みを浮かべているものだから、同姓の夕霧すら顔を赤らめてしまう。




「そんなに固くならないで。私もまだ、慣れないのだから」


くすくすと笑いながらそう言った紫苑に、木蓮も一緒にくすくすと笑っている。


「いえ、大変サマになっていらっしゃいますよ、紫苑姫。もうずいぶんとご挨拶には慣れたとお見受けします」


「木蓮殿、からかわないで。なにもかもが初めてで、慣れることなんてなにひとつないのだから」


困ったように首をかしげる紫苑姫を見て、夕霧は少し親近感を覚え、緊張を解いた。この場に慣れないのは夕霧だけではないのだと、紫苑の砕けた態度を見て、少し安堵する。






「夕霧は、私の衣女になる前は、どこに所属していたのかしら?」


「あ、えっと・・・・・・。水女を少しの期間務めておりまして、その後、緑光さまの薦めで蓮姫さまの火女を務めておりました」


「あら、では、衣女を務めるのは初めてなのね」


「あ、はい・・・・・・」


しょんぼりとした夕霧に、再び紫苑はくすりと笑みをもらした。


「うれしいわ、初めて同士だったら、ちょっと失敗しても誰も怒らないものね」


紫苑の心遣いに、思わず夕霧は泣きそうになってしまうが、そこはこらえて、精一杯紫苑に今の自分の気持ちを伝えようとした。




「本当に、紫苑姫さまにお仕えできるようになって、私は幸せ者です。お妃さまの女官にいつかなりたい、と、一緒に出仕した女官と話していたのです」


「夕霧のほかにも、そんな熱心な女官がいるのね」


「はい。野薔薇、という女官なのですが・・・・・・」


夕霧がすべてを言い終えるよりも早く、紫苑がその場から立ち上がった。なにが気に障ったか、表情から笑みがなくなり、むしろ蒼白になっている。


「紫苑姫?」


木蓮は心配になり、紫苑に声をかけるが、どうやらそれも耳には届いていないらしい。






「野薔薇・・・というのね・・・。それって、女月 野薔薇・・・?」


「えと・・・女官は姓を名乗ることを禁じられているので、姓はわからないのですが・・・」


「夕霧は、いつごろ初出仕したの?」


「夏ごろになります」


「・・・・・・野薔薇ちゃんと同じ時期・・・・・・」


まだ事情が飲み込めない木蓮だが、突然取り乱してその「野薔薇」という女官のことを聞きたがる紫苑の様子を見て、だいたいを予測できた。


「紫苑姫。念のため申し上げておきますが、下位の女官を側女に添えることは、いくら側女は妃の推薦でつくとはいえ、許されませんよ?」


「え、えぇ、わかってます・・・・・・。・・・ちょっと、驚いただけで・・・」


「野薔薇、という女官が、ですか?」


「もしかしたら、知り合いかもしれなくて・・・・・・」


ふぅっと、息を吐きながら座りなおした紫苑を見守っていて、ふと、木蓮の記憶にそれが浮上してきた。


「あぁ、もしかして、その野薔薇という女官、今は双大后さまの元で火女をしているのかもしれません」


「え?!」


「あ、はい、そうです。そう聞いてます」


驚いたのは紫苑で、うなずいたのは夕霧だ。


采女所は女官のそれぞれの人事も頭に入れている。そうでないと、それぞれの姫や妃への伝達事項がそこに仕える女官たちに伝えることができないからだ。






木蓮は落ちつかなそうに座る紫苑をじっと見る。


何の後見もなく、見知った者もなく、後宮に妃として入内する紫苑姫。


そこに、旧知の仲だという野薔薇という女官がたしかにいるのだということを知った、安堵。


同時に、その表情には、それでも決して会うことは出来ないのだという失望も浮かんでいる。


そして、いつかは会えるのではないかという期待も。






紫苑が抱える不安も少しでも取り除いてあげたい。


木蓮は、仕事としても、また木蓮個人としても、紫苑のためになにかできないかとその場で考えてみる。


その傍らには、野薔薇という女官と友だったという夕霧が、突然の展開におろおろとしている。紫苑と夕霧。きっと野薔薇という共通点を得たことによって、これからもっと親密な仲になれるに違いない。


孤独な後宮において、それは互いによいことかもしれない。






「・・・あ、そうか」


「どうしたの、木蓮殿?」


目を輝かせて紫苑を見る木蓮に、思わず彼女も問いかけた。


「もしも、紫苑姫さえご了承いただければ、夕霧を衣女としてではなく、徒女としてお仕えさせていただけませんか?」


「えぇ?!?!」


木蓮の申し出に驚いたのは、紫苑ではなく夕霧。






幼い夕霧にとって、この短期間に水女から衣女まで出世したのすら急展開だというのに、それをすっとばしてさらに上の徒女にしようというのだ。




「いったい、それはなぜかしら、木蓮殿?」


「徒女は、采女所との大事な橋渡しをする伝達係。また、後宮内の妃や姫君たちとのやりとりを伝達するのを仕事とします」


木蓮の説明に、紫苑は軽くうなずき、そして彼のしようとしたことに気付いたのか、突然瞠目した。


「あぁ・・・・・・木蓮殿・・・!!」


「もし、紫苑姫さえよろしければ」


「もちろんよ。夕霧、ぜひ、私のもとで徒女として仕えてもらえないかしら?」


紫苑姫直々にそんなことまで頼まれて、夕霧はもはや混乱状態だ。そんな哀れな少女を助けるように、木蓮がそっと彼女に説明した。




「野薔薇という女官をよく知る君が徒女になってくれればね、いつか紫苑姫と野薔薇さんが出会うことだってできるんだよ。それに、僕もなにかしら野薔薇さんの情報を得たら、君に伝えることができるしね」




「夕霧、あなたにしか頼めないの。お願いできないかしら?」




木蓮に説明され、紫苑にそこまで頼まれて、夕霧に断る理由などどこにもなかった。いや、初めからひとつもない。






「え、えと、、若輩者ですが、謹んでお受けいたします!!」






慌てて頭を下げる夕霧を見守るようにして、木蓮と紫苑は目を合わせて笑った。















新章突入です。今章は、朝廷側の動きにご注目ってとこでしょうか(笑)

長くなりそうですが、お付き合いください☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ