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三章 渦巻く暗躍 十一話





11、忠義の途中で








星華国は建国までの乱世の影響もあり、各州に軍を持っている。


州の名にちなんで、春星軍、夏星軍、秋星軍、冬星軍と呼ばれており、それぞれの軍の指揮は各州の貴族に任されていた。


これらの軍は、あくまで戦いのための軍ではなく、州を守るため、そして星華国を守るための軍だった。




また、兵部を中心に、国の治安と平和の維持を第一優先とする国軍のことを『輝星』と呼んだ。これは、各州の軍よりもはるかに先鋭され、権限のある軍だった。


兵部は、軍の統括を執り行うと同時に、現場で軍を指揮することも担っている特殊な機関だった。




そして、公の国軍である『輝星』と相対するのが『闇星』であった。






「・・・『闇星』と言ったな?それは長らく水陽では聞かなかったが、本当にまだ存在するのか?」




長い沈黙を破って、風蘭が石榴にそう尋ねた。彼女は、嘲るように笑って答えた。




「そりゃぁ、水陽では聞かなかったでしょうね。我々は、もう何年も王族に仕えてはいませんから」


「なっ・・・・・・!!王族を裏切るのか?!」


「裏切るもなにもありませぬ。これは、『闇星』と牡丹王とで交わされた、古き契約」




再び、風蘭と石榴が黙って睨み合う。とうとうその空気に耐えかねず口を開いたのは、まったく事情が飲み込めない椿だった。




「石榴姐さん・・・・・・『闇星』ってなに?」


問われた石榴は物言いたげに風蘭を見ただけだった。仕方なく、風蘭が話す。




「椿、『輝星』のことは知っているな?」


「国軍でしょ?誰でも知ってるわよ」


「『闇星』もまた、国軍だ」


「えぇ?!でも、そんな国軍聞いたこと・・・」


「なくて当然。『闇星』はたしかに国軍だけど、『国のため』の軍じゃないからね」




とうとう石榴が話を引き継いで話しはじめた。だが、椿は石榴の言った意味がわからず、首を傾げた。


石榴はそんな様子を笑い、言い加える。




「『輝星』は星華国を守るため、維持するためのいわば、『国のため』の軍。対して、『闇星』は国のためには動かない。星華国がどうなろうと動くことはない。『闇星』は『仕えるに足る王のため』の軍だからね」




そして、椿から風蘭に視線を戻し、さらに言う。


「牡丹王の頃より、『闇星』は仕えるに足る王のためだけに仕えて参りました。長らく『闇星』が王族の前に現われなかったのは、王族への裏切りではなく、仕えるに足る王がなかっただけのこと」


「ぶ、無礼な!!歴代の王を侮辱するのか?!」


「侮辱ではなく、真実を述べているだけのこと。王だからと何もかもが許されるかのように、認められるかのように、思い上がらないでくださいませ」




石榴の口調はからかうように軽く明るいが、その目は決して笑ってなどいない。


鋭く、風蘭を試すように射る。






王という立場に、地位に、思い上がる者に従う気はないと。


責務を果たさぬ王を守るつもりはないと。


石榴の視線はそう言っていた。






王という地位を使って好き放題の王政をとった、26代国王。


対し、王の果たすべき職務さえ放棄して、王政を執らなかった27代国王。




石榴の言いたいことはわかる。


風蘭は、そっとため息を吐いてから、石榴に問い掛けた。




「歴代の王たちに従わなかったことはもういい。だが、芍薬兄上・・・新王にも仕える気はないのか?」


「夏星州からの報告を聞く限り、その予定はございません。ただ」


挑むような目を、石榴は風蘭に向けて、声を落として続けた。




「風蘭公子、あなたが王となるなら話は別。あなたは王政に積極的で、民の生活にも関心がある。様子を見て、従うかどうかを決めても構いませんが?」


「またその話か」


心底うんざりした様子で、第3公子は首を横に振った。




「俺は王になる気はない。次代の王は芍薬兄上だ」


「ならば、『闇星』はまた沈黙を守りましょう」


「なぜだ?!兄上もよき王になられるはずだ」


「真にそうお思いですの?」




石榴に真っすぐに見つめられ、風蘭は思わず口を閉ざす。そんな彼の様子を嘲笑したのは、蚊帳の外のはずの椿だった。




「正直ねぇ、風蘭。そんな素直な反応したら、ばればれじゃない。そんなんで朝廷から執政官を追い出せるのかしら?」


「わ、悪かったな!!・・・・・・そういえば、石榴」


石榴と椿を交互に見ながら、彼は尋ねる。


「なぜ、王族に属するわけでもない椿の前で、『闇星』の話や、己の正体を話した?」


「それはすでにお察しの通りですわ、風蘭公子」


「それではやはり・・・・・・」


絶句する風蘭を見上げる椿の肩に、石榴がそっと手を置いた。






「えぇ、そうです。椿は『黒花』を継ぐ者です。あなたが王たる器におなりになった暁には、椿に『黒花』を譲ろうと思っておりましたのに」


「石榴姐さん?!『黒花』って・・・・・・?」






わけがわからないといった風の椿に、石榴は優しく微笑んだ。


「『闇星』を統率する者を『黒花』と呼ぶのさ。牡丹王が初代『黒花』に渡した『花』が黒い花だったからそう呼ばれていると言うね」


「でも、なんで女が頭領に・・・?」


「おや、意外だね、椿。あんたも男だ、女だとこだわるのかしら?」


くすっと笑う石榴に椿は顔を赤らめて反論した。


「そういうわけじゃ・・・・・・!!ただ、やっぱり力じゃ女は男に勝てないし」


「力だけじゃね。だけど、あんたには女でも男に決して負けない、あらゆる武術をたたき込んだつもりだけど?」


「もちろんよ、石榴姐さん。冬星州の男どもに負けたことなんて一度もないわ」


自信満々で言い切った椿に笑みを返してから、石榴は風蘭に向き直った。






「そんなわけでね、風蘭公子。『黒花』の後継はすでに決まっているのですよ。ただ仕える主君がいないだけで」


「だから・・・!!」


「少し、よろしいですか?」




再び加熱しそうな風蘭を押さえ、今まで沈黙を守っていた連翹が間に入った。そんな彼に視線を移し、石榴は魅惑的な視線を連翹に投げ掛けた。


「なんなりと、色男さん」


「・・・ご挨拶が遅れました。蜂豆 連翹と申します」


表情を変えずに、まずは淡々と自己紹介をしてから、彼は雅炭楼一の妓女に問い掛けた。




「今のあなたの口振りですと、歴代の『黒花』を名乗る者はみな女人ということですか?また、たとえいかに武術に秀でていようとも、女人が仮にも国軍である『闇星』の頭領であることで、軍の中の武人と諍いは起きませんか?」




柘植のように冷たい物言いではないが、その淡々とした態度に、石榴はおもしろがるかのような視線を送った。


「女人が頭領であることによって、諍いが起こることはないね。絶対に」


「なぜ、そう言い切れるのです?」


「『闇星』は女人だけで形成された国軍だからだ」




連翹の問いに答えたのは、風蘭だった。


その答えに、連翹だけでなく椿も驚きで瞠目する。


言葉も出ないふたりに、石榴が誇らしげに説明する。




「『闇星』は牡丹王がこの国を建国されたときから王をお守りした国軍。女人であるがゆえにこそ、貴族の枠に縛られることなく、強者といえる者たちだけで形成されている」


「では・・・・・・『闇星』は国軍でありながら、11貴族で成り立っているわけではないのですか?!」






国を動かす、守るは11貴族のみに与えられた使命であり特権。


それが、王を守る闇の部隊が女人の軍であるだけでなく、11貴族でもないとなれば、連翹も驚かずにはいられない。






「貴族のお姫さまたちが軍で戦うなんてできるはずがないと思うわね。今も『闇星』は各州から選りすぐりの女人たちで軍をつくっていましてよ」


椿と連翹を交互に見ながら、石榴は説明した。






突然降り掛かった衝撃の事実の嵐に、誰もが沈黙した。


誰もが、今起こった会話を反芻しているかのような沈黙だった。






「おやおや、お揃いっすか」


いきなり勢い良く室の扉が開き、腹に響くようなでかい声が沈黙を破った。


まるで熊のような体格をした、突然登場したその男は、誰も彼に声をかけないことが不満そうに口を尖らせた。






「葬式みたいな雰囲気じゃねぇか。石榴、もっとちゃんともてなさねぇと、水陽で雅炭楼はたいしたことなかったって言いふらされるぜ?」


「瓶雪親分!!」


「お~椿。災難だったな。後宮ではしおらしい姫を演じられたか?」


椿があげた歓声に近い声に、瓶雪親分と呼ばれた男は破顔してそう言った。


「もちろんよ、完璧な姫を演じたつもりよ。帰り道の馬車で、あたしが姫じゃないってわかったときの風蘭の顔、親分にも見せたかったわ」


得意げに話す椿に豪快に笑った後、瓶雪親分と呼ばれた男は風蘭に平伏した。




「ようこそ冬星州に参られました、獅 風蘭公子。我輩は、冬星軍を統率する瓶雪一族の当主、瓶雪 黒灰と申します」


「・・・そうか。瓶雪一族が冬星軍を統率しているんだな。・・・・・・聞きたいことがある、瓶雪 黒灰殿」


「なんでございましょう」


「あなたは、『闇星』のことも『黒花』のことも知っているのか?」


風蘭に問われ、黒灰は石榴を見る。彼女がうなずくのを待ってから、彼は風蘭を見上げた。


「はい」


「椿が後継だということも?」


「存じ上げております」


「・・・・・・そうか」


ため息と共に風蘭はそう言うと、この室に集まる面々を見渡した。


石榴、椿、連翹、そして黒灰。


頭を無造作に掻くと、そのままどかっと床に座り込んだ。




「もう堅苦しいのはやめにしよう!!」




風蘭のその言葉に、みなが笑顔でうなずいた。それを確認し、風蘭は続ける。




「俺は、ここに2つの目的を持って来た。1つは、朝廷で突然死んだ、霜射民部長官の死について調べること。そして、もう1つは」






風蘭は、黒灰に向き直った。この室で、風蘭の次に権力があるのは黒灰だ。


「冬星州の財政苦を助けたい。民たちの貧困をなんとかしたいんだ」








真剣に見つめてくる公子のその瞳の力強さに、彼の本気具合が伝わってくる。黒灰は一瞬瞠目したが、すぐにそれを笑い飛ばした。


「ありがたい!!冬星州をお救いくださるか!!では、お手並み拝見といきましょうか」


「だが、俺ひとりでできることは限りがある。だから、みなにも手伝ってほしいし、知恵を借りたい」


そう言って頭を下げた第3公子に、今度はその場にいる全員が驚いて瞠目した。11貴族よりも地位が上にある王族たる獅一族の公子が、こうしてきちんとみなに頭を下げている。






「頭をあげてくださいな、公子さま。あなたの心意気はしかと受け取りました。『黒花』としてお手伝い申し上げるかはまだわかりかねますが、雅炭楼の石榴として、風蘭さまをお助けいたしましょう」


「石榴・・・・・・」


石榴のその言葉に、風蘭がほっとした表情を浮かべる。椿もとなりで深くうなずいて答えた。


「もちろん、石榴姐さんが協力するなら、あたしも協力するわ。冬星州のことだしね。州主よりも見込みはあるかも」


「なんだなんだ、椿は柘植のことが嫌いか?あれはあぁ見えて、思いやりのあるやつだぞ?」


「思いやり?!そんなものはついぞ感じませんでしたが?」


黒灰に向かって怪訝そうに言い放つ椿を、再び彼は笑い飛ばし、風蘭に向き直った。






「我輩も及ばずながらご助力いたしましょう。無論、柘植も同じ気持ちでありましょう」


「瓶雪殿と霜射州主は、仲がよろしいのか?」


「まぁ、幼馴染というものですな。武道学問、さまざまなことを共に競って学んでまいりましたので」


「なるほど」






風蘭はうなずき、そして傍らにじっと立ち控える連翹を見上げた。


彼は、ただ穏やかに笑っているだけだった。


「わたしはいつでもあなたの味方ですよ」


「失礼、風蘭公子。そちらの方は?」


黒灰の当然の問いかけに、風蘭はふと首をかしげる。


「瓶雪殿。朝廷にはあまり足をお運びではないか?」


「えぇ、申し訳ありませんが、あまり・・・・・・」


全く悪びれる様子もなく、黒灰はそう答えた。






所詮、彼らにとってそんなものなのだろう。今の朝廷という場は。






「これは蜂豆 連翹。俺の護衛だ。口は堅いし、俺もそして双大后も信頼を置いている人物だ。安心してくれていい」


「・・・・・・なるほど、11貴族の者ではないのですな・・・」


複雑な表情を浮かべる黒灰の視線が、連翹とぶつかる。


連翹は、迷いもなくまっすぐに黒灰を見返した。しばらく、ふたりが睨み合うように黙り込む。






「・・・なるほど、承知いたしました」


突然黒灰はそれだけ言うと、さっと立ち上がった。


「柘植より沙汰あるまでは、雅炭楼においでください。寒昌までは我輩がお送りいたしますゆえ」


「わかった」


最後にもう一度だけ黒灰は連翹に一瞥をくれると、風蘭に礼をして室を出て行った。






「おまえ、瓶雪殿に嫌われたかもな」


「それはひどく残念です」


からかうように見上げた風蘭に、連翹も落ち着いた笑みを返した。そんなふたりのやりとりを見ながら、石榴も立ち上がった。




「では、公子さま。わたくしも今宵の仕事がございますのでこれで失礼します。ここには椿を残しておきますので」


「え?!あたしも石榴姐さんと一緒に・・・・・・」


「命令ですよ、椿。そこでおもてなしなさい」


「・・・・・・かしこまりました」


ぴしゃりと石榴に言われ、しおしおと椿は引き下がった。石榴の剣幕に驚いた風蘭に、彼女は魅惑的な笑みを浮かべた後、一礼して室を立ち去った。






残されたのは風蘭、連翹、椿だけである。


「・・・・・・なんていうか、色々と驚いたな」


沈黙が耐え切れずに、風蘭がそう口火を切った。


「石榴が『闇星』の『黒花』だってことも、椿がその後継者だっていうのも」


「あたしなんか、『闇星』のこと今日初めて知ったのよ?なのにいきなり後継なんて・・・・・・」


「椿は、ずっと妓女でいたいのか?」


「そんなバカなわけないでしょ」


心底呆れた様子で、椿は風蘭にすぱっと言い放った。


「この国は誰も助けてなんかくれない。王も州主も、貧しい者や病人を助けてなんかくれない。信じられるのは自分だけ。だから、あたしはあたしの力で生きていけるように、妓女になったの。石榴姐さんのように、気高い妓女になるために」


「その石榴が、妓女の顔だけでなく、武人としての顔も持っていたってわけか」


「・・・・・・だったらあたしも目指すわ。同じ場所を。そのために、幼いころから武術を習ってきたのだと思えば、納得もするし」






ぐっと顔を上げた椿に、風蘭も頷く。


「俺も、ここでやるべきことをやる。ここにある気がするんだ、俺の『使命』が」


同じ歳の若者が互いを認め、うなずきあう。








風蘭は、直感で感じていた。


冬星州で、自らがなにか、変わっていくことになるであろう、ということを。




彼にとって、石榴と黒灰とのこの出会いが、その最初の布石となった。

















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