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三章 渦巻く暗躍 十話







10、旅路の果てに








夏星州から冬星州に近づけば近づくほど、村や町の貧困度合いが強くなっているように感じられた。


風蘭は、休息のために立ち寄る村や町の様子を、逐一観察し、人々に聞いて回った。彼は、王都である水陽の町しか知らない。


彼にとって、家も食物もない生活を送る人々にこんなにも出会うことは、衝撃以外のなにものでもなかった。






ある村に立ち寄ったとき、旅装束とはいえ上等な服装をした風蘭に、餓死寸前の子供がすがるように彼にしがみついた。


「お願い・・・・・・なにか、なにかお恵みを・・・・・・」


あいにくそのときは、連翹と柘植が宿を探しに風蘭の元を離れ、椿は暇つぶしに舞の練習をそこらでしていたため、風蘭はひとり取り残されていた。




ぎゅっと握り締める小さくて細い手を無理やりはがすわけにもいかず、風蘭は途方にくれる。


子供は、風蘭の服を握り締めるのが生き残るための最後の希望であるかのように、必死の形相で彼にしがみついている。




風蘭も、哀れな子供にしがみつかれて、それを無視するようなことはできない。荷物のほとんどを連翹に預けている彼は、手持ちにこれといったものを持っていなかったのだが、わずかばかりの小銭と、食べかけの乾芋があった。






「これだけで悪いが・・・・・・いいか?」


風蘭がそういい終わるよりも早く、子供はそれをむしりとるように奪い取り、小銭を懐に隠し、乾芋にかじりついた。その様子に、風蘭は呆気にとられたように放心していたが、それも一瞬のことだった。




気付けば、物乞いたちに囲まれていた。


「わたしにも・・・わたしにもお恵みを・・・」


「赤子のための乳が出ないのです・・・・・・どうか、お救いください」


「母ちゃんが病気なんだ・・・・・・薬を買うための銭を・・・・・・!!」




様々な物乞いが、それぞれの主張をしながら風蘭に詰め寄った。


「ま、待ってくれ、今、俺は何も持ってない・・・・・・!!」


「あの子供にはやれて、俺たちにはなにも与えてくれないのか・・・・・・!!それだけの上等な衣を着ているのに!!」


「そうじゃない、そうじゃ・・・・・・」


「風蘭!!!」




狼狽する風蘭のもとに、物乞いの者たちを掻き分けて、椿がかけつけた。


「ほら、あんたたち!!さっさと散りなさい!!さもないと役人を呼びつけるよ!!」


椿の一喝に、彼らはぶつぶつと文句を言いながらも散っていった。どの者もみな、恨めしそうに風蘭と椿を睨みながら。






「で?公子サマはなにをしたわけ?」


「なにって・・・・・・子供に小銭と乾芋をあげただけだ」


わけがわからない、といった風の風蘭に、椿はため息をついた。






「いい?これだけは覚えていてちょうだい。貧しい物乞いたちは、少しでも自分たちに恵みをくれそうな者を見逃さない。少しの隙も見逃さない。なんでもかんでも、与えれば解決するわけじゃない」






椿の言うことは、なんとなくわかったが、すべてを風蘭には理解することはできなかった。


貧しく飢えている者がいるのに、それに手を差し伸べるなと椿は言うのか。


乾芋ひとつあげることも、してはいけなかったというのか。




だが、今の風蘭には椿に反論できるだけの弁論がなかった。


「・・・・・・わかった、覚えておく」


それだけ、言った。








そんなこともあったせいで、きちんとお金を払っているとはいえ、その日暮らすのもやっとの村や町の宿屋で、風蘭たちのために出される食事を見ると、彼は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。






「なにをそんなにしょげてるわけ、風蘭?さっきのことを気にしてるの?」


むっつりしたまま食事をする風蘭に向かって、椿は呆れたように問い掛けた。


「こんなにも、貧困がひどいだなんて思わなかったんだ・・・」


その風蘭の元気のないつぶやきを椿は一笑した。




「そりゃぁ、後宮でぬくぬくと守られて育った公子サマが、こんなひどい暮らしを想像できるわけないじゃない」


「椿!!」


ふたりの会話を黙って聞いていた冬星州州主、霜射 柘植がたまりかねて椿を諫めた。






「なんでしょう、州主さま?本当のことを言って、なにかお気に障りました?」


椿はまったく臆することも悪怯れる様子もなく、ちらっと柘植に視線だけ送る。


だが次の瞬間、椿の視線が刃物のように鋭く冷たくなった。


「あぁ、そうか。州主さまもまた、貴族という地位に守られて、お暮らしでしたね」


椿と柘植の間で見えない火花が飛び散る。風蘭は、そんなふたりの様子を見守っているだけだ。




ふと、横でおとなしく座ったままの護衛に声をかけてみる。


「・・・連翹、おまえもこんな暮らしをしたことがあるのか?」


「・・・・・・そうですね、桔梗さまにお会いする少し前までは、わたしにも家と呼べる場所はありませんでした」


「春星州は冬星州よりも豊かだと聞いているぞ?それでもか?」


「そうですね。貧困の割合や度合いは、たしかに春星州よりも冬星州のほうがひどいですね」


「そうか・・・。どこの州にも、貧困はあるんだな・・・」


再びしょんぼりと肩を落とす風蘭に、柘植との不毛な睨み合いをあきらめた椿が呆れつつ彼を諭した。






「あのねぇ、何不自由なく豊かに暮らしている人間がいれば、その足元ではいつくばって生きている人間がいるのは道理でしょ?光があれば闇もある。朝があれば夜がある。富裕と貧困だって表裏一体なのよ」


「そりゃ・・・椿が言うことはわかるけど・・・」


「みんながみんな、幸せになる世界なんてないんだよ」


彼女の言葉に、はっと風蘭は顔を上げる。


「椿も・・・貧しい思いをしたのか?」




すると、椿は元気のない風蘭とは対照的に、からからと笑いながら告げた。


「貧しいのなんのって。あやうくあたしは家族のお食事にされるくらいに、食物に困った暮らしをしていたわよ」


「家族の食事?」


「あたしが餓死でもなんでもいいから死ぬことを願って、その死体を家族みんなで食べるってわけ」






なんでもないことのように話す椿の衝撃の告白に、風蘭は言葉も出ない。同時に、それを想像して胃からなにかが込み上げてくる気がしてきた。


「悪い・・・もう休む・・・・・・」




ろくに食事に手を付ける事無く宿に帰っていく風蘭の背中を見送った後、椿は連翹を見上げた。


「あたし、いじめすぎたかしら?」


「いいえ。坊っちゃんにこれだけはっきりと現実を示せるのは、あなただけだと思います。坊っちゃんの未来のためにも、冬星州の貧困具合を目の当たりにすることは必要なことだと思っておりますので」




そして立ち上がると、冬星州州主である柘植に一礼した。


「わたしは坊っちゃんの護衛ですので、わたしも失礼いたします」


「・・・・・・あぁ」






風蘭も連翹もいなくなり、最悪なことに、その場には椿と柘植だけが残った。彼女は一刻も早くこの場から立ち去るためにも、食べることに集中することにした。




「・・・あの、連翹という男。11貴族でもないのに、なぜ桔梗さまに拾われ、ましてや王族のそばにいることができたのだろうか」


「・・・さぁ?ただの一介の妓女が、貴族の姫のふりして後宮にもぐりこむことだってできるんです、なんだってありなのでは?」


目もあわせないで、椿は柘植に言い放った。


彼女の辛辣な嫌味に、柘植はじろっとにらむことはしたが、それ以上なにか言うこともなく、ふたりは黙々と食事をすませた。








例のごとく、風蘭は次の日の出立を拒んだ。


彼は立ち寄る村や町をとことん調べないと、前に進みたがらないのだ。村人たちに向き合い、貧困に向き合い、彼らの言い分を風蘭はひとりひとりじっくりと聞いて回った。




「風蘭!!いい加減にしなさいよ!!いったい冬星州まで何日かけるつもり?!」


その日の朝、とうとう堪忍袋の緒が切れた椿が風蘭に抗議した。




「でも椿、俺はもっと困っている人々の声を聞かなきゃならないんだ。それに、ひとつでも多くの宿屋で泊まって宿代を支払えば、それでその宿屋だって少しは潤うだろ?」


「もっともらしいこと言っているけどね、風蘭」


椿は、ぴしゃりと彼に現実を突き付けた。


「その宿代はどこから出てると思っているわけ?あたしたち国民の税金なんだけど」




椿が告げた真実に、風蘭の目がみるみる見開かれていく。そして、ばっとその場から立ち上がると、あせったようすで椿たちに言った。




「すまない。先を急ごう。早く冬星州へ行かなくては」


突然火が点いたように身仕度を始めた風蘭に、椿は呆気にとられていた。


いったいどこがおもしろいのか、連翹が笑いをこらえながら椿に近づいてきた。


「坊っちゃんはひとつ思い込んでしまうと、周りが見えなくなってしまうんですよね。ご忠告、ありがとうございます」


「で、そんな『坊ちゃん』をあなたがお守りをしているわけ?」


「いえ、わたしは坊っちゃんが好きだからそばにいるだけです」


にっこり笑ってそう言うと、彼は主人の荷造りを手伝い始めた。


「ふぅん・・・・・・」


柘植に影響を受けたわけではないが、椿もなんとなく雲のようなつかみ所のない連翹の正体が気になった。








風蘭の心変わりのおかげで、その後の旅は順調だった。


風蘭の想像どおり、彼らの旅路を阻むような賊に襲われることもなかった。治安の悪い冬星州に向かっているというのに、だ。




「早く雅炭楼に帰りたいな。石榴姐さんに会いたいや」


「石榴姐さん?」


「あたしが小さいときに死にそうだったところを助けてくれた命の恩人だよ。雅炭楼っていう星華国一の妓楼の妓女なんだ」


「妓楼・・・・・・」




話には聞いたことがある。


女人が、まるで物のようにお金で売買されているようなところだ。




「ちょっと!!なにか誤解してない?」


眉間に皺を寄せる風蘭に、椿が傷ついたように抗議した。


「あたしたち妓女は、身も心も男に捧げるような安っぽい存在じゃないんだよ。妓女には妓女の誇りがある。誤解してもらっちゃ困る」


「妓女の誇り?だが、身体を売って金を得るんだろう?そこに何の誇りがあるんだ?」


「ずいぶんな物言いじゃない?国民の税金ふんだくって、それでもたいして国のために仕事もしないで、自分達の一族のことばかりにかまけている連中の持っている誇りよりは、よっぽど価値ある誇りを持っているわよ。少なくても、男ひとりを満足させてるんだからね」




一気にまくしたてる椿の剣幕に風蘭は押されながらも、彼女の言うことにも妙に納得してしまう。


「それに。あたしたちは自分達を売ってるんじゃないの。売られてあげてるんだからね」






高慢な物言い。


だが、そう言った椿の表情は、すでに妓女のそれだった。艶めかしく自信に溢れたその態度に、王族の風蘭も圧倒されてしまう。




思わず、馬車の横をぴったりと馬を走らせている連翹に彼は尋ねてみた。


「なぁ、連翹、おまえ妓楼に行ったことあるか?」


「残念ながら、妓楼はありませんね。それに、春星州や夏星州の妓楼は、冬星州ほど華やかではないと聞きますよ」


「あら、連翹まで妓楼に行ったことないの?じゃぁ、雅炭楼に着いたら、あたしと石榴姐さんでもてなしてあげる」




馬車から身を乗り出しながら、椿は連翹に笑いかけながらそう言った。そして、前方を見渡した彼女の声が、馬車のなかに大きく響き渡った。




「氷硝が見えてきた!!」








氷硝。


椿が第二の人生を切り開いた町。星華国一といわれる遊郭。




風蘭たちは氷硝に入ると、椿が育った雅炭楼で馬車を止めた。


すでに陽は落ちかけており、夜の街、氷硝はすでに昼のような明るさと賑わいで風蘭たちを迎えた。






「ようこそおいでくださいました、風蘭公子」


雅炭楼の前では、今まで出会ったことのないほど、美しく妖艶な天女のような女が彼らを出迎えた。


「石榴、事情は文に書いた通りだ。わたしは先に寒昌に帰る」


「なんだ、霜射州主は共に泊まらないのか?」


柘植が石榴にかけた言葉に、風蘭が反応した。ひとり馬車に残った柘植は、風蘭の視線から上になりすぎぬように跪きながら答えた。




「ひとり先に寒昌へ帰還する無礼をお許しください。今回のことで、色々と片付けねばならない処理がございますので」


「そうか・・・そうだな。わかった、俺たちもあとから寒昌へ向かおう」


「いえ、公子さまをお迎えできる準備が整いましたら、こちらに迎えをよこしましょう」


「承知した。・・・・・・寒昌に着いた暁には、雲間姫の墓参りもさせてくれ」


風蘭の申し出に、柘植は虚をつかれた顔を見せたが、すぐにいつもの無表情に戻って一礼した。


「お心遣い、ありがとうございます」


「ご安心くださいな、州主さま。雅炭楼はどこよりも一番安全な場所ですから」




石榴がその妖艶な姿からは想像できないほど、ぴりりとした緊迫感と自信に溢れた声で、柘植に請け負った。


椿ですら見たことのない石榴の顔に、彼女は驚いていた。


「石榴姐さん・・・・・・?」


「頼んだぞ、石榴。・・・・・・椿、ご苦労だった」


それだけ言い残し、柘植は馬車の扉を閉め、走りだした。去っていく柘植に、椿は舌を出して見送った。






「ほら、椿。そんなところで遊んでいないで、早くお支度なさい」


いつもの最高の妓女たる石榴の様子に、椿はほっとしながら頷き、すぐに雅炭楼の中に入った。






残されたのは石榴と、妓楼初体験の風蘭と連翹である。


「ようこそ、かわいらしい公子さま」


「か、かわいらしい?!」


仰天する風蘭に、その妖艶なる美女は薄く笑い、彼らに門戸を開いた。


「大切なお客さまを室にご案内いたします」








少し大回りして、雅炭楼を案内されながら石榴が通した室は、後宮の風蘭の室よりも広く、煌びやかだった。


そして、いつのまにか、その室には妓女の着物を羽織った椿もいた。




真っ赤なツバキをあしらった、肌をぎりぎりまで露出させた誘惑的な着物を纏った椿は、クモマ草の衣を羽織っていた彼女と同一人物とは思えなかった。






「改めまして、初めてお目にかかります、風蘭公子さま。雅炭楼の妓女、椿にございます」


挨拶を終えた椿の横に石榴も座り、手をついて風蘭に頭を垂れた。


「ようこそおいでくださいました、風蘭公子さま。どうぞごゆるりとお寛ぎくださいませ」


「う、うむ・・・・・・」




完全にふたりの妓女に呑まれた風蘭は、そう返すだけでやっとだった。


そんな風蘭の様子に、石榴はくすりと笑ってから、口を開いた。






「先程、わたくしは雅炭楼の妓女の石榴とご挨拶いたしました」




声を落とし、風蘭に近寄りながら、石榴は言う。その瞳には鋭い光が宿っており、その表情も先程までの妖艶なる女人のそれではなく、まるでこれから戦いに挑む者のように険しかった。




「石榴・・・?」


「えぇそうです。わたくしは石榴です。この妓楼の中では」


「石榴姐さん?」




椿も、いつもと様子が違う石榴を再び見せられ、戸惑ったように声をかける。だが、彼女は風蘭だけを見つめて言葉を続ける。






「王族の方にならお話ししてもよいでしょう。椿の文から察するにも、あなたならこの国を変えていける王族に違いありません」


「なにを言っているんだ・・・?」




「風蘭公子さま。改めてご挨拶させていただきます」


石榴が再び礼をとった。だが、それは先程の礼ではなく、武人としての跪拝の礼だった。






「わたくしは、『闇星』の『黒花』にございます」


「・・・・・・なっ・・・『黒花』?!」




風蘭だけが驚きの声をあげる。




不敵な笑みを浮かべる石榴と、驚いたまま固まっている風蘭を交互に見たあと、助けを求めるように、椿は連翹を見上げた。


だが、彼もこの展開が飲み込めないのか、少し首を横に振っただけだった。






石榴と風蘭、ふたりの間だけに流れる緊張感に、誰も口をはさめずにいた。









だんだん、三章から話が重くなっていきますよ~…。


話が重くなるせいか、はたまた毎日が暑くなってきたからか、最近へばっている紫月です…。


感想等いただければ、それを活力に続きをがんばれますので、ぜひぜひよろしくお願いします~♪

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