第八話 梶谷賢治
○7月4日00:00(+18時間)
腕時計を確認する。ちょうどデジタルの0が四つ並び、日付も4に変わった。
阿川隊長から申し継ぎを受けたが、することもないのでとりあえずトイレに行こうと思い、川に向かう。
川に向かったところでトイレなどないが、川辺に銃を置いて川の中に入る。
ひと通りスッキリしたので、河岸に戻り全裸のまま大の字で河原に寝っ転がる。
明日にはフネの上司が自分達を探しにきてくれるでしょと思い。星の数を数え始める。
星の綺麗だなー。こんなにゆっくり星見れる機会なんてそうそうないだろうなー。
そう、梶谷賢治は非常に楽観的である。
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○7月12日09:45(+267.7時間)
彼の名前は、梶谷賢治、23歳独身。
出身は福岡県で地元の公立高校を卒業。
家族構成は、家電量販店で働く父、スーパーのパートで働く母、美容師の専門学校に通う妹の3人
家族は地元で暮らしている為、佐世保に下宿をとって一人暮らしをしている。
配置は船務科ネットワーク員として通常は艦内にあるパソコンや通信機材の保守整備の業務に従事。非常時は現場応急班として火災の初期消火などに対応。戦闘時には艦内や艦外ネットワークの構築・維持・破壊を担当している。
趣味はPCゲームとプラモデルで船では仕事の時間以外はずっとパソコンゲームをしていて艦内の同部屋の先輩からはたまには運動しなさいとよく指導される。
高校3年生の時、特にやりたい仕事を考えていなかった彼は同じく自衛官であった叔父の勧めで入隊を決意。
入隊試験を受験し、自衛官曹候課程に合格。
パソコンが好きなこともあって5自衛隊の中で第一希望をサイバー自衛隊にしたところ、見事第3希望の海上自衛隊が彼を採用。
ちなみに第2希望は航空自衛隊。
高校卒業後、自衛隊に入隊し、着隊場所は長崎県佐世保市。
入隊後、初期教育課程として佐世保教育隊で4ヶ月教育を受ける。
佐世保教育隊を好成績で終業(89人中9番)。その後、佐世保を母港とするイージス護衛艦「はぐろ」に乗り組みを命じられ乗艦。船務科ネットワーク員に配属される。
配属されてからの2年弱の間は船乗りの見習いとして掃除・皿洗いの雑用から索の扱いや舷門当直業務等を習い、ネットワーク員の見習いとしてネットワークの再構成やパソコンの修理・プログラミングといった情シスとしての知識技能を高める。
その後、横須賀の第2術科学校と市ヶ谷の中央システム通信隊の中にある海士通信情報インフラ課程に入校を命じられ神奈川と東京に転勤。半年間海上自衛隊の通信インフラや各種システム、法令規則を学習し、無線利用のための資格の取得などに励み、課程を修業。学校での成績は32人中トップであり、ネットワークの専門家としての道を歩み始める。
半年間の海士課程を終え、再度佐世保に帰ってくる。次の配置として汎用護衛艦「あさひ」乗り組みを命ぜられる。
そして「あさひ」に着任すると同時に3等海曹に昇任。
以降、甲板係、安全係、艦橋交話員、行政文書係、立入検査隊、司令部勤務などいろいろな業務を経験しつつ、メインの業務であるパソコン関係の知識や資格も少しずつ増やした。中堅と言っていいほどに成長する。艦内ネットワークの中核になりつつあるがまだまだ知識と技能が足りていないので、先輩に教えられることも多い。
最近は課業終わりに、部内資格である情報保証のマークと民間の資格である情報セキュリティ管理士の資格試験のための勉強をしているものの、パソコンゲームにいつの間にか移行していることもしばしば見受けられる。
学校・部隊における分隊長や班長等の評価や面談での記録事項は以下の通りであった。
性格は温厚で楽観的。仕事仲間との融和を大切にしている。
仕事を真面目に取り組んでおり、仕事とプライベートをうまく区別しているので艦艇乗組適正良好である。
上司との関係も良好。上司からの命令も根拠に則っているかちゃんと確認してから取り組んでおり、自衛官としての勤務の仕方を理解している。後輩に対する教育や指導も適切であり、パワハラの傾向も認められない。
自分の専門分野には高い興味を持ち積極的に勉強しているが、火災浸水等の応急や立入検査などといった専門外の基礎に関しては余り知識を持っていない為、周りによるサポートが必要である。
艦内での仕事の時間以外はもっぱらパソコンゲームに打ち込んでおり、体力錬成をおろそかにしている為、健康と運動測定に置いては気をかけなければならない。
以上のことから僕が考えるに典型的な海上自衛官で模範的な部類に入るとは思う。
23歳になったばかりの彼は海上自衛隊に入隊して5年目であり。将来有望と言っていいだろう。
あんな事件があったにも関わらず、メンタル面においては変わりなく、日常生活への変化は認められない。仕事についても、一昨日梶谷くんへの事情聴取が終わり、昨日すでに職場に復帰している。ネットワーク員長に梶谷くんの様子を聞いたが、前と変わりなく、いつも通りの業務を実施しているとのことだ。
休暇の必要の有無を本人に確認した所、10日後には艦全体が2〜3週間程度の休暇に入る為、その際に他の乗員と同じぐらいの長期休暇を申請する予定ということで特段の対応は不要であった。
…なんで一緒に勤務して数ヶ月も経っていない僕が梶谷くんのことをこんなにも知ってるかって?そらー、この一連の事件が終わり艦に戻って、公務員らしく何回提出しても差し戻しを喰らう報告資料を作っているときに、僕の幹部としての権限を使って艦に保管されている彼の勤務記録や勤務成績、面談等記録、服務記録を閲覧したからだよ。
ちなみに自衛隊内の各学校での席次が記載されている勤務成績は本人も含めて指定された幹部を除いて閲覧不可なので、どんなに梶谷くんに聞かれても答えることはできない。
もちろん番場1曹の経歴も確認したけど、ほとんどが黒塗りか「秘密情報の為本部に移管済み」と書いてあり、彼の個人情報の請求には苦労した。やはり特別警備隊出身者は個人情報も秘匿されるらしく、所定の手続きを踏まない限り開示を全然してくれなかった。
艦で得られる個人情報では報告書類を完成できなかったので、本部に電話して番場1曹の情報を聞いたり、わざわざ広島や東京まで足を運んで資料を閲覧しなければならなかった。
またの機会があれば、番場さんの経歴も紹介したいと思う。
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○7月4日02:00(+20時間)
星を観察すること2時間、北極星を特定してちょっとした感動に浸る。
星を長時間観測するのは小学校の夜間学校以来で、ゆったりした時を過ごすことに満足する。
緊張感を持って現状把握に努めようとしている阿川隊長と番場班長には申し訳ないが、自分は沖縄の夜を満喫してしまっている。
艦での仕事をサボって、大地に寝転がり、心地よい南国の夜風に吹かれ、川のせせらぎを聴きつつ、綺麗な星空を眺めることができるのは、ちょっと嬉しい気分になる。
………流石に2時間も夜の見張りを星の観察に充てるのは良くない気がする。
残りの1時間は少しでも辺りの見回りをしようと思い、脱いで横に置いていた艦上安全靴を履く。靴下を含め、衣類は全て燃やし尽くしてしまったので安全靴に裸足を通す。
今日の昼間は、安全靴を裸足の直穿きで歩き回ったため靴づれが数箇所できてしまい歩くたびに痛む。
阿川隊長のように裸足の方がいいかもしれないが、番場班長は靴は絶対に履いた方がいいというので痛みに耐えながらも履く。
ちなみに阿川隊長の足は思ってたよりも大きく、自分と番場班長の靴がどうしても入らなかったので裸足で我慢していただいている。
昨日、自分と番場班長の寝ていたところに阿川隊長の物らしい靴があったので、今日の朝皆が起きたらそこに向かう予定だ。そこにはヘルメットと持ちきれなかった食料とかもあるので回収しに行かないといけない。
食料については比較的余裕があるが、明日からは本格的な捜索活動とサバイバル生活を始めるとの方針らしい。
特殊部隊あがりの番場班長がいるので心配はないが、自分はついていくためにしっかり休まないといけない。体力も人より低いし。
それにしても2日の朝の隊長と班長の獅子奮迅の活躍には感動した。
立入検査における自分の役割は、母艦指揮所との通信要員として常に隊長のすぐ近くに立っておくことが主だ。なので、小火器射撃の訓練は年に一回すれば許してもらえるので、あんまり得意ではない。
そんな自分は立入を行った大型漁船での銃撃戦では初撃で倒れて何もできなかった。
言い訳なら色々ある。漁船側が素直に停船要求に従ったので撃ってくることはないという上の分析を信じてしまったこと。手にはトランシーバーを握っていたこと。ただのネットインフラエンジニアに銃を持たせること自体がおかしいこと。漁船の乗組員がいきなり撃ってきたこと。まだまだ言い訳は出てきそうだが、自分はあの場には相応しくなかっと思う。
あれは凄惨な、そして劇場版の動きだった。
船上での戦闘はところどころ覚えている。
教範通りに、隊長と班長の3人で不審船の船橋にあがり、船長に対する検査の開始を通達。船舶証書・航海日誌・船員名簿等の提出を請求したところ船長は素直に応じてくれた。
船長は見た感じ支那系という感じだったが、非常に綺麗なクイーンズ英語を使っていた。
ただの漁船にしては綺麗すぎる英語だったが、私はそこまで英語に詳しくないので、隊長と船長の会話はきちんと聞き取れなかった。
見た感じ普通の漁船に乗り込んだ感じはしたが、漁船に似つかわしくないスーツ姿の男も数名いた気がする。
阿川隊長が航海日誌に手を取り、ページをめくったところで、私は倒れ込んだ。
何がどうなったか全く分からないが、左脇腹に大きな衝撃を受け痛みに悶絶し床に這いつくばるしかなかった。
そんな自分に比べて隊長と班長の反撃は凄かった。自分がが倒れるや否や、班長は自分を撃ってきたスーツ姿の男を即座に射殺。
隊長も同時に頭部への銃撃を喰い倒れ込んだ感じに見えたが、伏せた状態から周囲への反撃を開始。
敵味方問わず血が流れる阿鼻叫喚の船橋に上がってくる敵兵が昇ってきたところで意識が一時遠のいた。
このあとは、船に揺られながらどうにか自分が操船し、酒を片手にビーチングしたことを朧げながらに覚えている。
なぜ酒瓶片手に操船していたかと言われると、隊長からもらったモノだったと思う。
あの船内という狭い環境の咄嗟戦闘において、腹部への射撃を受けただけで済み、今こうやって満点の星空を満喫できるのは運が良すぎる気がする。
普段からあさひ艦内神社に小銭を投げ込んでいただけはあるのかな、帰ったら財布の中身を全て投げ込もう。
もうそろそろ、ワッチの交代の時間だし、天然のプラネタリウムとはおさらばし、番場班長と交代して寝たい。
声けるまでもなく、班長が起き上がる。
「梶谷海曹、おはよう。今何時だ?」
「番場班長、02:40です。」
「夜間歩哨中の異状はなかったか?」
「特に何もありませんでした。」
「了解、ならばもう寝ろ。明日は7時には出発だ。それまでゆっくり体を休めろ。」
「了解いたしました。よろしくお願いします。」
私は阿川隊長の邪魔をしないよう眠りについた。
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