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第九話 DAY2 始まりの場所への避航



◯7月4日07:30(+25時間)


 瞼の裏がうっすら紅くなる。


 砂粒が頬を削り、海岸線を削る。


 僅かに空いた視界には湾曲した水平線が白く揺らめく。


 反対側には朝日に照らされた裸体がある。


 今日は裸体が近くにあることを感謝し、いまだに裸体であることに絶望する。


 あぁ、昨日の記憶はある。

 一昨日の記憶は未だ大海に投げ捨てられている。

 サルベージの見込みはない。


 現実は直視できなければ、未来の展望もない。


 布団がわりにしていた防弾チョッキに身を包む。

 防御力が上がったようだ。


 横に転がる拳銃と小銃を装着する。

 攻撃力が上がったようだ。


 俊敏性と尊厳へのブースト効果は期待できない。


  「おはようございます。バンバ班長とカジタニ海曹はよく眠れましたか?」


 バンバさんが用意してくれてた出自不明な朝食用のレーションを済ませ、昨夜に銃口を突きつけられた川で顔を洗い、防弾チョッキという一張羅を身につけて2人に問いかける。


 良き指揮官というのは、部下の体調を把握して、適切に指示することにあると気怠げな指導官が言っていた気がする。


 いつも朝起きると部屋の前で、"おっ!今日も逃げなかったな。毎日無益な朝を迎える気持ちはどうだ"と点呼中の同期に話しかけてくるイマイチキャラが見えてこない指導官から半年以上教育を受けていたが、必ず同期みんなの体調も聞いてきてたので重要なんだろう。


 防弾チョッキしか来ていない半裸の男2人、それも本当に部下なのか怪しい銃を携行する自称隊員に意味のわからない問いかけを行い、僕の立場を危うくする理由もないので普通に体調を気遣う良き上司を演出する。


 「阿川隊長、おはようございます!思ってたよりよく眠れて身体は回復しました。」


 そうやって答える彼は、僕の新たな部下のカジタニくん。


 裸で大地に寝転がっていたのにイビキをかけるほど熟睡できるのは非常に羨ましい。

 僕なんかはちょっとした音にいちいち反応してしまったので思ってたより寝れてない。


 彼は僕に防弾チョッキを届けてくれた善良な隊員なので我が隊への加入を心の中で許可する。


 「おはようございます。俺も問題ないです。隊長こそ二日酔いとか筋肉痛は治りましたか?」


 そう聞いてくるのは歴戦の戦士を体現するバンバ班長だ。

 僕の親ほどの年齢だが僕より階級は低いらしく、僕を隊長と慕ってくれる。


 果たして本当に慕っているのかと言われると疑問が残るが、ウチは階級社会なので僕を上司として見てくれる。


 なので、丁寧な敬語を使っているのに一人称が俺であることを指摘するつもりもないし、気にも留めない。

 僕も指導官からは「僕」って一人称を使わんといた方がええよーってよく言われてたし。


 「少し首の痛みが残ってますが行軍の問題はなさそうです。早速ですが、今日の作戦会議を行います。座ってください。」


 そう言うと2人は綺麗な砂浜に胡座をかく。


 「とりあえず、元いた場所に戻りましょう。お二人が隠したとおっしゃる僕の靴とか回収したいです。そこから民家を探してどうにか原隊に連絡を取るという方針で考えているのですが、何かご意見はありますか?」


 そう聞きながらバンバ班長に目を配る。

 是非ともベテランの意見を聞きたいところだ。


 「行動範囲と時間をあらかじめ決めるべきでしょう。阿川隊長と梶谷海曹は陸戦や行軍の経験はどれほどありますか?それ次第で野営までの行動計画を決めたいです。」


 なるほど、バンバさんの意見は合理的だ。


ちなみに僕なんて2週間も陸戦の教務を受けていない。


なんたって、陸戦教育期間の直前で骨折して、ひたすら分解整備した2週間だった。座学でなんとなくは知ってはいるが、行軍訓練も救護車でみんなの後ろを追いかけ、戦闘訓練では動けないと言うことで指揮所で大将役という大役を拝命し、ひたすらモニターを眺めただけだ。


要は経験ゼロである。


 「僕はないですね。なんなら銃もろくに持ったことないです。」


 「私は一応立入検査課程を出てますが、それだけです。」


 我が隊員のカジタニくんも素人らしい。ここはベテランのバンバ班長に詳細プランをお任せしたい。


 「僕とカジタニくんは、ズブの素人らしいのでバンバさんに詳細プランとかはお任せします。」


 「了解いたしました。」


 バンバさんの了解は頼もしい。

 フネの2段ベッドに帰るまでは、是非ともバンバさんの後ろにピッタリくっ付きたい。


 ゲイ的な意味ではないが。


 「それでは、細かく休憩は挟むので15時までに元いた場所まで戻りましょう。体力的なところもあると思いますので、到着後の捜索は私が単独でできる限りはしておきます。安心して寝たいので。」


 「了解です。」


 バンバさんの発言に了承する。


 これで次に進める。

 水は空きの酒瓶に詰めれるだけ詰めて十分確保した。


 あぁ、早く靴が欲しい。

 できればパンツも。

 それも3枚ほど。


 ただ、パンツについては望みが薄い。

 カジタニくん曰く燃やしたらしい。


 海岸に流れ着いたのであろうビニール袋に水の入った酒瓶と残りの食糧を詰め込み出発する。


 バンバさんとカジタニくんが何か言いたげな感じでこちらを見てくる。


 あ、そうだった!


 「では、バンバ班長先導のもと、元いた場所に戻る。かかれ!」


 3尉に昇任して半年、部隊配属約1ヶ月の新人幹部を多めに見てくれる職場で助かった。


ーーーーー


◯7月4日12:00(+30時間)


 「時間になりましたし、大休憩と行きましょう。」


 数歩先で先導してくれるバンバさんから呼びかけられる。


 「了解です。」


 砂浜の上を歩き続け、思ってたより足腰にきていたのでだいぶ助かる。


 すぐに座り込んだカジタニくんを見てバンバさんが話しかける。


 「おい、梶谷!大丈夫か?」


 「休めると思って気が抜けちゃいました、すみません」


 「疲れたらすぐ言えよ、俺とお前じゃあ体力違うからな。もうちょっと後ろ気にしながら歩くわ。」


 「番場班長、ご配慮ありがとうございます。どれぐらいの休みになりそうですか?」


 「食事も軽く取りたいし、梶谷の疲労もやばそうやから90分ぐらい寝もうか。

 隊長、90分休みでいいですか?」


 「いいんですけど、僕たちが最初に遭難したって場所まではあとどれくらいですか?」


 「来た時から比べると10kmぐらいですので、3時間ぐらいはずです。」


 1時間半休んで3時間なら日が暮れるまでには到着する計算だ。


 「了解です。ゆっくり休みましょう。急いでませんし、安全と体力優先でお願いします。」


 「了解いたしました。」


 バンバさんが頷く。


 僕も日陰に腰を下ろす。


 おしゃべりすることなく歩き通して脚が痛い。砂浜を踏み込むので疲労が蓄積する。

 裸足だったため、足裏の限界が近い。


 「バンバさん、すみません。僕が裸足なのでもう少し休憩多めで午後からはお願いします。カジタニくんも体力がそこまで保たなさそうですし」


 「了解しました。もうちょっと細かく休みましょう。ギリギリ日が暮れない程度でもといたキャンプ地に戻れるようペースを配分しまし。」


 「ありがとうございます。」


 「食事が終わったら、お二人にストレッチとマッサージを教えますんで、体力をどうにか回復させましょう。梶谷海曹は仮眠もしたほうがいいかもしれません。」


 「了解です。」


 とりあえず、飯を用意しよう。

 昨日の晩と今日の朝飯を食べている時は特に気にしないようにしていたが、明らかに中国語で何か書かれたレトルトと缶詰がゴミみたいな袋に入ってる。

 この、「炒饭」って書いてあるレトルトパウチにする。

 残念ながら湯煎といった文明的利器を持ち合わせていないため封を切ってそのまま食す。


 予想していた通り、中身はチャーハンだったが、太陽光に温められ中途半端にぬるい。

 味は調味料と塩を踏んだインに使っているのかだいぶ濃い。

 色もダークブラウンで米に醤油が浸透しきっている。

 そして何より油がギットギトだ。これでもかってぐらいサラダ油に塗れで、浸しているという表現が正しいぐらいだ。

 まぁ、疲れ切っている体にはとっては身に染みる美味しさではある。体が塩分と油を欲しがっているほどには困憊していると気づく。

 レトルトパックの焼飯を平らげ、あらかじめ決めた分量の水分をとる。


 隣をみると、カジタニ君はゆっくりパックを啜っている。バンバさんは食べきったらしい。


 「阿川隊長はどうして自衛隊に入ったんですか?」


 自衛隊では定番の人と人とのコミュニケーションを円滑にし、互いの心のうちを開示することで信頼関係を築く質問だ。

 昼食後の話題としてはちょっとシリアスだが、飲みの席や暇すぎる当直中ではよく使う話題だ。


 「なんとなく国を護りたかったからですかねー」


  「本心は?」


 「本心はと言うと、合格した採用試験が自衛隊だけだったからですね。大学生時代はずっとスポーツに打ち込んでて勉強は全然してこなかった報いですね。一応体力には自信がありましたから。」


 似たような同期は多い、中途半端に意識高い連中は幹部候補生学校の途中で辞めた。

 酒の飲み過ぎで成績が悪すぎて、就活も疎かにしていたことは言う必要がないので黙っておく。

 アーチェリーは全国大会も出てたので、そこをこの組織が評価してくれたと信じたい。


 「そうなんですね、あんまり幹部の入隊理由とか聞いたことがなくて、思ってたより俺たち兵隊と一緒ですね。俺も最初はとりあえず公務員になればと思って受かったのがここだけでしたし。」


 「やりたいことない人にとって公務員だととりあえずお給料は安定するんで親が安心するんですよね。この年で思ってたより給料もらえて悪くはないかなと一昨日までは思ってました。」


 裸で行軍することが仕事のうちに入るとは募集事務所(ひとさらい)のパンフレットには絶対書いていなかった自信がある。


 「阿川さんはだいぶ若い幹部に見えるんですが、入隊して何年ですか?」


 「海自入隊からとすると1年目が終わったばかりですね。」


 学校が8ヶ月、艦艇実習が5ヶ月ぐらい、着任して1ヶ月経っただけなのでまだ2年目の若手ですと言って様々な責任逃れができる年齢だ。


 「入隊1年でこの災難はついてますね。」


 バンバさんが笑いながら同情してくれる。


 「ということは幹部候補生学校卒業して初めての配置ですか?」


 「そうですよ!まだ「あさひ」水雷士として着任して1ヶ月ですよ!」


 「え?じゃあ立入検査課程も行ってないってことですか?」


 「そんな課程あるんですか?」


 質問に質問で返してしまった。

 呆れと驚きに満ちた顔で僕を同情するのがわかる。

 僕だってそんな課程があるならそこを修業してから立入検査隊の隊長をするべきだろう。


 「船上での臨検に際して基本的な法解釈と小火器類の取扱法や人の制圧術とか習うところです。本当に出てないんですか?」


 「ないですね。幹候学校の授業で艦内編成されるとだけは習った気がします。あんまり学校の授業は覚えてないですが。」


 学校では外出許可日は必ず飲みまくってたので授業の内容は消え去っている。立入検査関連の法律なんて授業で言ってた記憶はない。


 「艦(フネ)の人事も酷いですね、研修も未了の入隊1年新人に立入検査の隊長を任せるなんて、艦に帰ったら砲雷長と水雷長相手に抗議しましょう。」


 「抗議するためにも是非僕たちを

この無人島サバイバルをリードしてください。」


 「もちろんですよ、若い連中のために道を整えるのは俺みたいにドロップアウトした老害だよ。」


 少し悲しそうな声で答える。


 「ドロップアウトしたんですか?艦で衛生員長してるじゃないですか。普段の勤務状況を知りませんが。」


 「昔、後輩が亡くなったんですよ。俺の責任じゃないって調査結果が出ましたけど、やっぱり自分を責めた時期も長くて…それで前線を辞退して医療部門に異動願を出したんです。」


 「そんなのドロップアウトとは言いませんよ。こうやって武器を手に取って僕たちをリードするのは素晴らしい先輩の行動ですよ。」


 「そう言ってくれるとおじさんは嬉しよ。」


 後輩を亡くすという経験がどんなものかはわからないが、僕に取って初めての部下であるこのふたりには最後までついてきてほしい。

 このサバイバル生活が終わったら色々彼等と飲み明かしたい。


 カジタニくんも食事を終えたところだ。


 「みんな食事も終わったところですし、ストレッチして体をほぐしてから仮眠を取りましょう。これで昨日からの疲労を軽減して今日の後半戦も乗り切りましょう。」


 バンバさんの提案にのる。カジタニ君も水を飲み込みながら頷く。


ーーーーー


◯7月4日15:20(+33時間)


 「バンバさんって職場では普段どんな感じですか?」


 隣を歩くカジタニくんに聞く。

 先ほどからカジタニくんは体力のギリギリで足を進めているらしく、彼の銃と食糧とかを代わりに僕がもっている。


 「私は、番場班長と分隊が、違うので普段何してるかは、わからないのですが、衛生員長ですよ、私たちの、体調を、管理してくれてます。出航中に、何かあったら、まず診てもらう人です。」


 「あんまり仕事で絡まないんですか?」


 「あ、はい、僕は、通信ネットワーク員なので、特に絡まないです。パソコンの設定とかで、救護室に、お邪魔したり、するぐらいですね。」


 なかなか彼の体力がキツそうだ。艦内SEの彼からしたら屋外の全裸行進はハードと見える。


 「バンバさん、ちょっと休憩にしましょう。


 大きい声で10mぐらい先を行くバンバさんを呼び止める。

 立ち止まってこちらを振り向いてくれる。


 「あと5分ぐらいで阿川隊長のヘルメットと靴を隠した場所につきます。梶谷海曹、あと5分行けますか?」


 「大丈夫です。」

 カジタニくんが頷く。


 「頑張れよ、本当に辛くなったら言えよ、俺たちいそいでないんだから。」


 「そうです。熱中症になってからでは回復まで時間がかかるので必ずしんどくなったら教えてください。


 3人で初夏のビーチを歩く。一日で1番暑いぐらいの時間だと思うが体感30度こえてないぐらいでまだマシと言ったところだ。

 なにより、あと5分で念願の靴が手に入る。もう少し頑張りたいところだ。

 かれこれ半日は歩いているはずなのに、全く人と会わない。無人島疑惑がますます強くなってくる。

 こんなに綺麗な海岸線が続くのに独り占めできることは。

 2年前の沖縄での卒業旅行では観光客の間をすり抜けながら歩いてたので、それに比べると長閑なサマーバカンスを過ごしているみたいでちょっとだけ楽しい。


 先行してるバンバさんが立ち止まって僕らを待ってくれている。


 「バンバさん、何かありましたか?」


 「ちょうどこの辺りに安全靴(アンゼンカ)と鉄帽(テッパチ)を隠したはずなので探しているところです。安全靴はあったのですがヘルメットは見つからなくて。」


 岩陰と木々の隙間に靴が置いてある。

 ようやく靴を手に入れた!

 靴を手に取り確認する。

 内側に縫い付けてある札には自分の名前と29.5cmと表記があり、確実に自分の官品だ。

 何より臭いが中途半端に臭い。 

 自分のものだとわかる。


 念願の足装備だ。

 石の上を歩き激痛に耐えずに済み、木々の棘が足裏に刺さり外す作業が消え、砂による傷口からの感染症に怯える必要がなくなり、地面の熱さを直に感じれなくなる夢の装備品だ。

 踏み込むことが怖かった一歩が自信のある闊歩へと変わる魔法のアイテムを直に身につける。

 なお、我が隊には靴下の配給はないらしい。こんな補給状況では塹壕戦を戦え抜けない。司令部に文句の一言でも言いたいところだが、うちの通信兵(カジタニくん)が丸裸なので諦める。


 「ここら辺にヘルメットと余りの食料を隠してたはずなんですけど見つからないですね。」


 少し離れたところで探しているカジタニくんが教えてくれる。


 「一緒に隠した食料がないのは厳しいですね。1週間以上のサバイバルをするなら食料の配分を見直さないといけないです。」


 バンバさんから悲しい報告が入る。これ以上食事制限をするとなると艦の食事が恋しくなる。


 カジタニくんが声を上げる。


 「隊長!班長!あっちに船があります!」


ーーーーー


装備品一覧


◯阿川隊長

防弾チョッキ、ドッグタグ、小銃、拳銃、食糧数日分、水数日分

安全靴←New


◯番場班長

ヘルメット、防弾チョッキ、安全靴、小銃、拳銃、腕時計、食糧数日分、水数日分


◯梶谷3曹

ヘルメット、防弾チョッキ、安全靴、小銃、拳銃、メガネ、腕時計

ようやくストーリーが始まります。

引き続きよろしくお願いします!

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