16
コーヒーカップをちらりと見た私に彼女が気づいた。
そして、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「こんな薬は効きません。私の口の中のナノマシンが全て無害な成分に分解してしまったから」
私は驚いた。
あまりに驚いて、口がぽかんと開いてしまった。
今、彼女は何と言ったのか?
ナノ…何だって?
「この世界の松岡七奈さんが、この場所で消息を絶つのは分かってましたが、まさか連続猟奇殺人犯の手にかけられてたなんて」
私は彼女が言っている意味が分からず混乱した。
もしや彼女は、あまりの恐怖で頭がおかしくなってしまったのだろうか?
それで意味の分からない言葉を喋りだした?
「そうですね」
彼女が眉間にしわを寄せた。
「あなたにも理解できるように説明してあげましょうか?」
彼女は私の眼を見つめ、両手を広げた。
「実は世界はひとつではありません。いくつもの世界が重なり合って、そう、さっきあなたは下劣な殺人を果物の飴に例えましたが、これは言うなればケーキのミルフィーユのようなものです。薄い壁を隔てて何万、何十万、何億、何兆という世界が連なっている。それは、ある世界での選択がAなら違う世界での選択はB、そしてもうひとつではC、というふうに無限に枝分かれして作られた世界なのです」
彼女はそこで、にやりと笑った。




