第伍話 遠き思い出
世の中というものは泥にまみれている。いや、汚い欲望に満ち溢れているといった方がいいのだろう。裕福な者がいれば、逆に貧乏な者もいる。世の摂理だろう。
大きな街であればある程、それは顕著に現れる。金にものを言わせ、大きな屋敷や邸宅が立ち並ぶ貴族街。商店や宿屋などが立ち並び、冒険者や様々な人たちが行き来をする商店街。一般の人たちが多く住んでいる住宅街。そして、すべてを失った者や金のない者・親を失った子供等の日田達が住み、整理などされていない道がその姿をまざまざと曝しているスラム街。
そして、ここではそれが分りやすい形でその姿を見せていた。
帝都ヴァナグレア。帝国第一の都市にして、絶対の防御を誇る最強の城と最高クラスの文明を育む城下町。そこのスラム街にて二つの命がまさに尽きようとしていた。
「お姉ちゃん……、僕たち死ぬのかなぁ…………」
「分らないよ……。でも、捨てる神様はいても救ってくれる神様はいないんじゃないかな…………」
この姉弟は未来を諦めていた。そもそもスラム街で生きる者に未来などあってない様なものなのだが。
「そうかぁ……、じゃあ、僕達は死ぬんだね……」
「ええ……。死んだ後には身ぐるみも剥がされて何も残らないんじゃないかな…………?」
肉片一つ残るはずもない。スラム街では死んだ者は死体屋へと運ばれ売られはした金ともいえない金で引き取られるのだ。本当の意味で何一つ残らない。
少しづつ動かなくなる身体。完全に死を覚悟する。このスラム街で救いを求めるなど誰もがしない。むしろ、全員が全員救いを求めているのだから、救えるようなものなどいるはずもないのだ。
だが、そんな彼らに影が差す。
「お前ら、何をしている?」
その声は、倒れている姉弟に向けられていたのだが、彼らは気付かない。気付けるはずもない。今まさに死のうとしている者に声をかける者などいるはずないのだ。このスラム街ならば、死ぬまで待ってから行動するだろう。
「答えないか。仕方ない。お前らは使えそうだな。喜べ、救ってやる。立てるならばついてこい」
ようやく、その言葉が自分らに向けられていると姉弟は気付いた。
「で、ですが、もう立てる体力すらありません……」
「ふむ、では、担いでいってやるから、飯の美味い飯屋でも教えろ。食わせてやる」
「良いんですか……?」
「だから、言っただろう?お前らは使えそうだと。そうだな……。飯を食わせてやるから、忠誠を誓え。契約だ。従う限りはお前らを死なせてやらん」
「あ、あり……がとう……ございます……!」
「あり……がとう…………ございます…………、兄ちゃん……」
「クラインだ。もしくは、ご主人さま、クライン様とでも呼べ。今日からお前らは俺の従者だ」
「「!」」
驚きの余り声が出ない。目の前の青年は貴族か何かなのだろうか?姉弟は驚きを隠さない。
「俺は貴族なんかじゃない。ただの成り上がりだ。で、契約を結ぶか?」
「「はい!」」
「良かろう!ならば、飯屋を教えろ!」
青年クラインは薄汚れた服を着た二人の子供を担ぎ、商店街を目指した。
+++ † +++
むくりと体を起こす一人の青年。隣では、少女が寝ている。いや、見た目は少女なのだが、彼女はすでに長い時を生きている。青年も同じだ。
「懐かしい夢を見たな……。メリス姉さん……、主と初めて会ったとき僕らはスラムの浮浪児だった。そんな僕達を拾ってくれた主にはすごく感謝してるんだよね」
姉を起こさないようにベッドを下りる。仕事もあるし、寝ていられるわけでもない。だが、弟として、愛する姉にはぎりぎりまで安らぎを与えてあげたい。無理に起こさずとも、時間が来る前に起きるだろうしと、自分の身支度を始める。
先ほどの夢を思い返す。帝都のスラム。世界的にも有名なスラムで、一日で数十から数百の人間が入れ替わるとまで言われる場所。入れ替わるといっても、死んで消える者と金を失い彷徨い来る者の合計だ。
よく、あんな場所で何年も生き延びたと思っていた。時には、盗みを働いたし、殺しもしたことだってあった。
最後の瞬間はあっけないものだとも思った。死ぬときはどんな状況であれ、簡単に死ぬのだ。
だが、彼らは生き残ることができた。奇跡に近い確率だったのかもしれないが、生き延びたのだ。だからこそ、彼らは自分たちを救った主であるクラインに忠誠を誓った。どんな困難なことを言われても、必ず果たそうとする。彼らにとってクラインは絶対の存在でもあるのだ。
「ん、支度も終わったし、そろそろ時間だし、姉さんを起こそう」
姉を起こしに向かう。ベッドを見ると、起きる気配もなく寝ている姉がいた。
(姉さんがここまで寝坊するなんて久しぶりだな。って言っても一ヶ月に一度くらいは寝坊してるんだけど……)
「姉さん、朝だよ」
「ううん……、後、3日……」
「いやいや、それは寝過ぎだよ。いいから起きな、時間がなくなるよ?」
「それはだめ。起きる~……」
そうは言いつつも、起きる気配の全くない姉を見てため息をつく。
「はぁ、最後の手段だ。
姉さん、主が呼んでるよ」
「はい!今起きます!」
飛び起きるメリス。それを見て、頭を抱えるガルス。
「姉さん、おはよう」
「おはよう!ご主人様が呼んでいるって!?」
「嘘だよ。そろそろ時間だからね」
「え…………?」
と、時間を見て顔が蒼白になる。
「ギャーーーーーーーーーーーー!時間時間がーーーーーー!
何で起こしてくれなかったの!」
「いや、いつも自分で起きるし、いい寝顔を見せて寝てる姉さんを僕が起こせるとでも?」
「う……!その通りです……。って、こんなことしてる場合じゃない!急いで準備してくる!」
「全く、焦るとキャラが崩壊する姉さんは可愛いな」
そんなわけで、クラインの両腕である、姉・メイド長メリス=ヴォルフガングと弟・執事長ガルス=ヴォルフガングの朝は意外と平凡なのだった。
確かに魔王サイドの話といいました。だけど……、あれ?こんなほのぼのしてていいのかなぁ……。
とりあえず、次回は本筋に話を戻しつつ、話を進めていきたいと思います。




