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竜は人を愛する夢をみる  作者: 木庭七虹
第五章 真実の宝冠
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6.心臓

 ドクン。

 と血が鳴る。

 ドクン。

 と血が騒ぐ。

 ドクン。

 と血が叫ぶ。

 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。

 目の前の男を殺す。

 それは素敵な誘惑だった。

 しかも、男が自らそれを望んでいる。

 ドクン。

 この男を殺し、この男がいなくなれば、クオンは吾を愛してくれるだろうか?

 ドクン。

 いや、愛されるかどうかよりも、今はまずクオンを助けねば。クオンは今、殺されようとしているらしい。死んでしまえば、愛し合うことは出来ない。どれほどレトが望んだところで、死人に愛を望むことは出来ない。

 ドクン。

 レトは腰に挟んでいた短剣を取り出した。武器庫から拝借したものだが、以前アガンを刺した銀の短剣によく似ている。だからこれを選んだのだ。

 アガンは、レトが抜いた短剣を見て微笑んだ。目を閉じ、顔を仰向ける。

 ドクン。

「そうだ、そいつを殺せ! 殺したら、体中を切り刻み、鍵を捜し出せ!」

 白金の髪の男がレトに命じる。

 ドクン。

 レトは、アガンに近付き、短剣をスッと前に出した。

 切っ先が、アガンの胸を裂く。

「アガーーーンっ!」

 クオンの悲鳴が、アガンの絶叫と重なる。

 ドクン。

 ドクン。

 レトは、傷口をさらに深くえぐり、手を突っ込んで、まだ拍動している心臓を掴みだした。

 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。

 ああ、なんて温かいのだろう!

 レトは、アガンの心臓をうっとりと眺めた。こぼれ落ちる血液を、反対の手ですくって舐める。

 ドクン。

 切れた動脈から何かがこぼれ落ちた。

 鍵だ。

 ドクン。

 レトは、深紅の鍵をてのひらで受けると、アガンの心臓を自分の胸に押し当てた。

 心臓は、ゆっくりとレトの胸に納まった。

 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。

 レトは、自分の胸の中の鼓動を聞いた。

 感情は心臓に宿っているという。

 レトは、心臓の叫びを聞いた。

 クオン――!

 この身を投げ出してでも、クオンを助けたい。

 クオンを愛している。

 他の何よりも、クオンを愛している。

 強く、強く愛している。

 心臓の叫びは、今やレトのものだった。

 レトの心は叫ぶ。クオンを助ける――!

「それは鍵だな? 鍵を寄越せ!」

 レメナス王が言う。

「クオンを離せ」

 レトは、鍵を右手で高く掲げてレメナス王に言った。

「よいか、クオンにこれ以上傷を負わせれば、この鍵は汝の手には入らない」

 レメナス王は、クオンの体を離すと、レトの動きを警戒するように見ながら、そろそろと横へ移動した。

 レトが、鍵を床に放る。王は、魔法を使って瞬時に移動し、鍵を手に入れた。

「約束通り、邪魔さえしなければ、お前を元の姿に戻してやる」

 レメナス王はそう言うと、紅玉で出来た扉の前へ行き、やはり紅玉で出来た鍵を差し込んだ。

 レトは、クオンに駆け寄って抱き上げた。

 クオンは怒りの表情で涙を流していた。あふれる涙をそのままに、レトの胸を拳で叩いた。

「よくも、アガンを、アガンを、アガンを……!」

 レトは、自分の胸を叩くクオンの腕を掴むと、強引に唇を重ねた。

 心臓から、想いがこぼれ出てくる。愛しい、愛しい、愛しい――

 クオンは身をよじってレトの唇から逃れ、憎しみの目をレトに向けた。だが、次の瞬間、目を見開くと同時に泣きそうな表情を浮かべてレトの目を覗き込んだ。

「お前のその瞳の色……」

 肩からこぼれるレトの髪を、クオンはそっとすくった。瑠璃色だった髪が、いつの間にか紫がかった銀色になっている。

「アガン……なのか……?」

 震える手が、レトの頬に触れる。

 心臓が、トクンと鳴り、そこから悦びが体中に広がる。

 レトはクオンを抱き締めた。クオンは拒むことなくレトの胸にすがりついた。

 自分の鼓動と、クオンの鼓動が重なるのを感じる。

 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。

 心臓からあふれる想い。


 愛している――


 心臓の鼓動が血液に伝わる。血液が歓喜を体中に伝える。

 その血の奔流の中で、レトは、ガーファフェリエと魔法使いとの間の約束の意味を知った。

 竜は二度と人を食べない――

 竜王の誓いは、人と争い、人に屈した結果ではなかった。

 心臓を持ち、心を持った竜王ガーファフェリエは、人を愛したのだ。人を食べずにはいられない己等の性質を嫌って、人と交わることのない絶海の孤島へと身を隠した。


「さあ、ノガルドの王よ、その頭に王の印たる冠を載せられよ」

 レメナス王の声がした。

 見ると、王が、己とそっくりな少年の頭に、金の宝冠を載せているところだった。

 白金の髪に宝冠が載る。

 しばしの沈黙ののち、クレモスは絶叫した。

 頭を抱えて首を激しく首を振りながら、体をねじり、上下に揺さぶる。

 尋常ではない姿に、レメナス王が押さえようと近付いたが、クレモスはレメナス王を殴り飛ばした。

 床に放り出されたレメナス王は怒りの表情で、クレモスに向かって魔法を放つ。しかし、クレモスの体は、魔法を受け付けなかった。

 人間のものとは思えない絶叫を繰り返し、円形の部屋の中をあちこち動き回る。

 そして、最後には、ダウルドの斧を拾うと、その刃を自分の首筋に当てて、一気に切り落とした。

 クレモスの胴から首が落ちる。

 どさりと重い音を立てて落ちた首から宝冠が外れ、レトの方へ転がってきた。

 レトは宝冠を掴むと、壁に魔法の通路を開けた。

 反対の手で、クオンをしっかりと抱き締めると、通路に飛び込む。背後で、レメナス王が何か叫んだようだが、すぐに通路を閉じたので、聴き取ることは出来なかった。


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