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約束の向こう側  作者: 亀
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第六十四章 間にあるもの

林川は、前日に書いた二つの言葉を見ていた。


「物が余っている。」


「必要な物を買う余裕がない人もいる。」


二つの事実が同時に存在している。


では、その間には何があるのか。


林川は、紙の中央に大きく「間」と書いた。


その周りに、思いついた言葉を並べていく。


価格。


距離。


情報。


物流。


時間。


制度。


そして、最後に「所得」と書いた。


所得が低ければ、必要な物を買いにくくなる。


しかし、価格が下がれば、同じ所得でも買える物は増える。


物が近くにあれば、交通費や時間を減らせる。


情報があれば、安く買える場所や支援の方法を知ることができる。


つまり、単純に「お金がない」という一言だけでは説明できない。


林川は、そこで手を止めた。


自分も日本に来てから、何度か同じようなことを経験していた。


必要な物があっても、どこで買えばいいのか分からない。


安い店を知らなければ、同じ商品でも支払う金額が変わる。


電車で少し遠くへ行けば安く買えるとしても、そのための交通費と時間が必要になる。


「安い」というだけでは、人はそこへ行けない。


林川は、そのことを書いた。


――価格だけではなく、到達できるかどうか。


その言葉を見ながら、少し考えた。


社会の中には、すでにたくさんの物がある。


店にもある。


倉庫にもある。


家庭にもある。


それでも、必要な人のところへ届かない。


ならば、「不足している」という言葉にも、いくつかの意味があるのかもしれない。


物そのものが不足している。


お金が不足している。


情報が不足している。


時間が不足している。


移動手段が不足している。


それぞれ違う。


原因が違えば、対応も違う。


林川は、一つずつ線でつないだ。


物の不足

↓

供給を増やす


所得の不足

↓

所得を増やす・負担を減らす


情報の不足

↓

情報を届ける


移動の不足

↓

交通・物流を考える


時間の不足

↓

利用方法を柔軟にする


そこで、もう一つ気づいた。


全部を「支援」という言葉でまとめてしまうと、問題の違いが見えなくなる。


物を渡せば解決する問題もある。


しかし、毎月の生活費が足りない人に、一度だけ物を渡しても、それだけでは生活は変わらない。


逆に、所得を増やすことだけを考えても、生活に必要な物の価格が上がり続ければ、余裕は増えない。


林川は、ノートの端に書いた。


「短期。」


「中期。」


「長期。」


短期なら、今必要な生活を支える。


中期なら、収入や支出の構造を改善する。


長期なら、仕事や産業そのものを考える。


そこまで書いてから、林川はペンを置いた。


少し大きな話になってきた。


最初は、ただ捨てられる物をどうするかという疑問だった。


それが、生活費の話になった。


そして、所得の話になった。


さらに、仕事や企業の話までつながってきた。


林川は、少し不思議な気持ちになった。


一つの問題を掘っていくと、別の問題につながっていく。


けれど、そこで全部を一つの答えにまとめてしまうと、かえって現実から離れてしまう。


だから、分けて考える。


それぞれの問題を見て、それぞれの方法を考える。


そして、最後にどうつながるのかを見る。


林川は、以前の仕事を思い出した。


工程を一つずつ分けて確認し、それから全体を見る。


やはり、自分の考え方は簡単には変わらないらしい。


対象が工場から社会に変わっても、


「まず分ける。」


というところは同じだった。


林川は最後に、ページの下へ書いた。


――人の生活が苦しいとき、「何を渡すか」だけではなく、「なぜ苦しいのか」を見る。


その一行を見て、しばらく黙っていた。


まだ結論ではない。


ただ、少なくとも「物が余っているのに、なぜ生活が苦しい人がいるのか」という最初の疑問には、少しだけ道筋が見えてきた。


物と人の間には、価格がある。


所得がある。


情報がある。


物流がある。


制度がある。


そして、その全部の先に、生活している人がいる。


林川はノートを閉じた。


次は、所得についてもう少し具体的に考えてみることにした。

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