第四十五章 いくつかの道
五月の終わりが近づいていた。
凌は部屋の机に書類を並べていた。
一枚目。
在留資格に関する資料。
二枚目。
介護の試験に関する書類。
三枚目。
五月一日に受けた農業の試験についての記録。
そのほかにも、組合とのやり取りや、会社との問題について書いたメモがあった。
机の上だけを見ると、まるで別々の人生が並んでいるようだった。
介護。
農業。
今の会社。
組合。
そして、その先。
凌は一枚ずつ手に取った。
介護については、すでに試験を受けていた。
日本語についても、以前より少しずつ分かるようになっている。
農業については、試験を受けた。
結果はまだ確認していない。
会社については、まだ終わっていない。
組合とのやり取りも続いている。
どれも途中だった。
以前の凌なら、途中であること自体が不安だった。
一つを選んで、そこに集中する。
それが普通だと思っていた。
しかし、今は少し違う。
一つしか道がなければ、その道が塞がったときに、すべてが止まる。
二つあれば、一つが止まっても、もう一つを考えられる。
三つあれば、さらに選択肢が増える。
もちろん、選択肢が増えれば簡単になるわけではない。
むしろ、考えることは増える。
それでも、何も選べない状態よりはいい。
凌はノートを開いた。
ページの中央に線を引いた。
左側に、
「今あるもの」
右側に、
「これから確認すること」
と書いた。
その下に、一つずつ書いていく。
介護。
農業。
会社。
在留資格。
生活。
日本語。
それぞれの項目の横に、分かっていることと分かっていないことを書いた。
しばらくすると、ページが文字で埋まっていった。
凌は手を止めた。
「まだ、こんなに分からないことがあるのか」
小さく呟いた。
しかし、不思議と以前ほど怖くなかった。
分からないことがある。
それなら、調べればいい。
確認できないことなら、確認できる人を探す。
今すぐ決められないことなら、決めるまでの時間を確保する。
それだけだった。
スマートフォンを見る。
新しいメッセージはなかった。
凌は画面を閉じた。
結果を待つ時間は、何度経験しても落ち着かない。
試験の結果もそうだった。
会社とのやり取りもそうだった。
組合からの返事もそうだった。
待っている間は、自分では動かせないことがある。
だからこそ、その間にできることを探す。
凌は日本語の教材を開いた。
一時間ほど勉強したあと、また机に戻った。
ノートの最後に、一行だけ書いた。
「まだ決めなくていい。」
その言葉を書いたあと、少し考えた。
そして、その下にもう一行加えた。
「決めるために、まず知る。」
窓の外は暗くなっていた。
凌は机の上の書類を一つずつ整理した。
今すぐ答えを出す必要はない。
ただ、知らないまま誰かに決められることだけは避けたかった。
それだけは、もう以前の自分には戻れないと思った。
凌は最後の一枚をファイルに入れた。
明日も、確認することがある。
それで十分だった。




