過去世
これは、Mさん(女性)が体験した話である。
Mさんは20代後半で結婚し、息子のKくんを授かった。
Kくんが3歳になる頃、奇妙な発言をするようになった。
「Kくん」
名前を呼ぶと、Kくんは首を横に振った。
「ちがうよ。ぼく、女の子だったんだよ」
最初、MさんはKくんの性自認が女性なのかと思った。しかし、Kくんが選ぶ服は車や恐竜のプリントばかりで、おもちゃもミニカーが大好き。
その発言以外に“女の子らしさ”を示すことはなかった。
それでもKくんは時折、自分は女の子だったと言い張った。
やがて、奇妙な発言は増えていった。
「ねえママ、ぼくはいつになったら学校に通えるの?」
Kくんはまだ3歳で、幼稚園に通い始めたばかりだ。
「学校はね、Kくんが6歳になったら行くんだよ」
そう言うと、Kくんはまた首を振った。
「違くて、ぼくはHっていう学校に行きたいの」
Mさんは驚いて固まった。
H高校は、Mさんが通っていた母校の名前だった。
もちろん、Kくんに母校の話をしたことはない。
ただ、家には卒業アルバムがあるので、遊んでいる時に偶然見たのかもしれない。
「……なんでその学校に行きたいの?」
恐る恐る聞くと、Kくんは「わからない」と答えた。
たまたま覚えた言葉を言ってみただけかもしれない。そう思い、Mさんは胸を撫で下ろした。
しかし数日後、また「H学校に行きたい」と言い出した。
理由を聞くと、今度は違う答えが返ってきた。
「おもしろい先生がいるから!」
「……どんな先生?」
「んーと……男の先生でね、いつも地球をもってて、いつも笑わせてくれるの!」
意味がわからず、Mさんはその時は聞き流した。
だが、何度も「H学校」と口にするKくんが気になり、久しぶりに卒業アルバムを開いた。
懐かしさを感じながらページをめくっていると、あるページで手が止まった。
教員紹介のページ。
そこには、地球儀を持ってニカッと笑う男性教員の写真があった。
――思い出した。
地理の担当で、いつも地球儀を持ち歩き、流行していた芸人のモノマネをして生徒を笑わせていた先生。その芸人の名前をあだ名で呼ばれ、慕われていた。
なぜKくんはこの先生を知っているのか。
アルバムを見たとしても、当時のエピソードまで知るはずがない。
Mさん自身も写真を見るまで忘れていたほどなのに、Kくんは「いつも笑わせてくれる」と言った。
全身に鳥肌が立ち、気味が悪くなった。
その後も奇妙な発言は続いた。
H高校の間取りや、当時の出来事――到底3歳の子が知るはずのないことを次々と話した。
「ねえママ。ぼくね、H学校でママとともだちだったんだよ」
「もうやめて!」
ある日、Mさんは耐えられず怒鳴ってしまった。
「Kくん、ふざけてるだけなんだよね?ママを困らせようとしてるだけなんでしょ?」
しゃがんで両肩を掴みながら問い詰めると、Kくんは静かに言った。
「ちがうよ。ぼくを困らせたのはママでしょ?」
「……え?」
「だってママが……私を屋上から突き落としたんでしょ」
そう言ったKくんの目は、忘れもしない――
あの日、屋上から落ちていった“彼女”の目だった。




