天井の顔
これは、当時高校2年生だったAさん(女性)が体験した話である。
Aさんは成績こそ平均的だが、授業にはあまり集中しないタイプだった。退屈なときは決まって天井を見上げる。
その学校の天井は独特で、模様が人の顔に見えたり、動物に見えたりする。星座を探すように形を見つけるのが、Aさんの密かな楽しみだった。
ある日、いつものように天井を眺めていると、前の席のKくんの上にある“人の顔に見える模様”が目に入った。
いつもより輪郭がはっきりしているような、少し浮き上がっているような気がした。
しかし、そろそろ当てられる順番が回ってきそうだったため、その日は天井を見るのをやめた。
数日後、ふとその模様のことを思い出し、授業中にKくんの頭上を見上げた。
その瞬間、Aさんは声を上げそうになるほどギョッとしたという。
模様は、もはや模様ではなかった。
白い天井に灰色の模様――のはずが、そこには正気のない肌色の輪郭があり、長い髪まで見える。
目は閉じられ、まるで死んだ人の顔のようだった。
Aさんは咄嗟に目をそらし、その日はもう天井を見ることができなかった。
それからしばらく、天井の顔が頭から離れなかったが、怖くて視線を上げられなかった。
やがてテスト期間に入り、勉強に追われるうちにその顔のことも徐々に忘れていった。
テストが終わり、結果の返却も一通り済んだころ。授業が通常運転に戻り、退屈したAさんは、つい天井を見てしまった。
そこには、目を見開き、真っ直ぐにKくんを見つめる女の顔があった。
口が動いている。何かをブツブツ呟いている。あまりの光景に、Aさんは目を離せなかった。
見ているうちに、女の顔は天井からボコッと盛り上がり、立体的になっていく。
声は聞こえないが、確かに喋っている。しかし、周りを見てみると、Aさん以外の生徒は誰も気づいていない。黙々とノートを書いている。
もう一度天井を見ると、黒々とした目がAさんを捉えていた。女はニヤッと笑い、今度ははっきりした声で言った。
「お前も道連れだ」
「……Aさん、Aさん」
先生が名前を呼ぶ声で、Aさんはハッとした。
寝ていた? 夢?
恐る恐る天井を見ると、そこにはただ顔に見えるだけの模様があるだけだった。
「Aさん、顔青いよ。大丈夫? 保健室行く?」
先生に言われ、Aさんは保健室へ向かった。立ち上がるとふらついた。
休んでも体調は戻らず、その日は早退することになった。帰り道、ふらつきながら横断歩道を渡っていると、信号無視の車が突っ込んできた。
バンッ――。
衝撃を感じたのが最後だった。
目を覚ますと病院のベッドの上だった。幸い命に別状はなく、右足の脛を骨折した程度で済んだ。
一週間ほどで退院し、学校に戻ると、Aさんの前の席―― Kくんの机の上に花瓶と花が置かれていた。
何事かと思い友達に聞くと、Aさんが事故に遭ったその日、 Kくんが自宅で首を吊って亡くなっていたという。
Kくんはクラスの中でもおとなしい男子生徒だったが、いじめられているわけでもなく、トラブルの噂なども聞いたことがなかった。Aさんが事故に遭う前のKくんの様子も特に不自然なところもなく、本当に突然のことだったそうだ。
その話を聞いた瞬間、Aさんの脳裏に天井の顔がよぎった。あれは夢だと思っていたが、女の声だけは忘れられなかった。
Aさんが天井の模様と夢の話を友達にすると、後日、情報通の同級生がこう教えてくれた。
「20年くらい前、この学校でいじめを苦に屋上から飛び降りた女子生徒がいるらしいよ。その子をいじめてた生徒が座ってた席、Kくんの席だったって」
その噂は瞬く間に学校中に広まった。
20年前に自殺した女子生徒が地縛霊となり、いじめた生徒が座っていた席を呪っている―― Kくんの自殺もそのせいだ、と。
女子生徒の自殺が本当かどうかも、Aさんが見た天井の顔がその子なのかも、 Kくんが自殺した理由も、真実は何もわからない。
ただ一つ確かなことは、Aさんが通っていた学校の2年生のとある教室の天井には、今も変わらず“顔に見える模様”が残っているということだけだ。




