第四話:収容所(オリ)からの帰還 〜伝説の少女は、札束の海に沈む学園を見る〜
その女性は、ボロボロのドカジャンを羽織り、鋭い眼光で校門を睨みつけていた。
彼女の名は、《成田 闘争》――。
◇
一年前、故郷の農地解放を叫んで機動隊の壁に特攻し、公務執行妨害と建造物侵入で「お勤め」を果たしてきた、わが組織の伝説的先達である。
彼女が校門を潜るだけで、周囲の時価総額が数%下落するとまで囁かれた、歩く世界恐慌が帰ってきたのだ。
「……ふん。一年ぶりのシャバの空気は、いささか資本主義の敗臭が鼻につくな」
闘争先輩は、短く切り揃えた黒髪を乱暴に掻き揚げ、バリケードを突破する時のような足取りで校内に足を踏み入れようとした。……が、その足が、一歩目で止まった。
「……なん……だと……?私の視覚野が、ブルジョワジーの光学的嫌がらせを受けているのか……?」
先輩の眼前に広がっていたのは、彼女が愛した「泥と汗とインクの臭いがする聖域」ではなかった。
校庭には大理石の噴水が躍り、BGMには優雅なバイオリンの旋律。
生徒たちは、かつての「思想の強そうな安物のジャージ」ではなく、イタリア製シルクの制服を身に纏い、芝生の上でアフタヌーンティーを楽しんでいる。
「成田先輩ーーッ!!」
私が駆け寄ると、先輩は幽霊でも見るような目で私を見た。
「……革命か? その……手に持っている『ルビーが散りばめられた拡声器』は何だ。そしてその、一着でトラクターが三台買えそうな制服は……」
「これには深い、階級的な事情があるんです……!」
私が説明しようとした瞬間、背後からカーボン製の白ヘルを小脇に抱えた前進 ゲバラがやってきた。
「成田先輩! お勤めご苦労様です! ……あ、先輩、そのドカジャン、三井菱製の『全自動温度調節・防弾機能付きナノ繊維』のやつに着替えますか? 支給品ですよ」
「ゲバラ……貴様まで『敵』に下ったのか……」
闘争先輩の拳が震える。
「私が檻の中で、不味い飯を食いながら夢見た理想郷はどこへ行った! この学園は今や、ブルジョワジーの巨大な養豚場ではないか!」
「――実に鋭い分析だ。さすがは伝説の闘士だね」
その声と共に、校舎の屋上から三井菱 権力が、金色のヘリコプターから吊るされたブランコに乗って優雅に降りてきた。
「君が成田君か。君の『不当拘留』という名の稼働停止期間に対する逸失利益の補填として、君の故郷の農地に、世界最大の自動化農業プラントを建設しておいたよ。あと、君専用の『出所祝い・純金製バリケード』も校庭の隅に用意してある」
「……何だと? 貴様が、三井菱の……!」
闘争先輩が怒りに任せ、懐から使い古した鉄パイプを取り出した。
「資本の犬が、私の『闘争』を金で買えると思うなよ! 私の魂は、この鉄パイプと同じく、決して曲がることはな――」
カキィィィィィン!!
先輩が鉄パイプを地面に叩きつけようとした瞬間、待機していたSPが、スッと「ダイヤモンド・コーティングされた最高級シャンパン」を差し出した。
あまりの輝きに、先輩の網膜が資本の光で灼かれる。
「……成田先輩、気をつけて」
左門 左愛が、タブレットを操作しながら冷淡に告げる。
「そのシャンパンの栓を抜いた瞬間、あなたの地元の農地は『三井菱・成田国際オーガニック・リゾート』として完全民営化される契約書が、自動でクラウド署名されるわ」
「……っ、そんな……そんな姑息な真似を……っ」
闘争先輩は、震える手でシャンパンのボトルを握った。
怒り、屈辱、そして――一年間、檻の中で味わえなかった『圧倒的な豊穣』への誘惑。
「さあ、成田君。君の新しい『闘争』を始めよう。……三井菱の特別顧問(年収一億円)としてね」
「ふ……ふざけるな……っ! 私は……私は……」
闘争先輩の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「私は……こんなに『階級的に正しい香りのする酒』を、見たことがない……っ!!」
ポーン、と。
空高くシャンパンの栓が跳ね上がり、伝説の闘士・成田闘争は、その場で最高級のバブルの泡に溺れていった。
「成田先輩ーー!! 屈しないで、先輩の農地がリゾート施設になっちゃうーーッ!!」
万国の労働者よ、助けて。
私たちの最後の希望だった「不退転の先達」までもが、権力くんの「手厚い福利厚生」の前に、秒で陥落しちゃったみたいです…




