詐欺とメロンソーダ
ジスランが魔物討伐へ出かけて四日が経った。そんななか、私はというと――。
「見てマガリー! こんなにたくさん!」
「わあ、とっても立派なお芋ですね! リアナ様!」
芋掘りをしていた。
さつま芋を収穫したかったがこの世界にまださつま芋はなかったため、ちょうど収穫時期だったじゃがいもを今日は朝から掘り起こしている。
「あとはきのこも見に行かないと。一昨日飢えたきゅうりとバジルの水やりもして、その後はカミルとまた料理の研究……」
カミルというのはこの屋敷を代表する料理人だ。最近あるお願いを聞いてもらうために仲良くなって、毎晩私の料理研究に付き合ってもらっている。
「リアナ様、大忙しですね。最初に畑作業をするって言った時は驚きましたが」
公爵の趣味で屋敷の敷地内には立派な畑があり、いくつか野菜も植えられていた。その情報を聞きつけ、私はすぐさま畑へと向かい、料理に使えそうな野菜を吟味して自ら収穫し、ついには種まで植え始めたのだ。まさにジスが言っていたように、〝好き放題〟しまくっていた。
最初は『ご令嬢がそんなこと!』と侍女たちに止められたが、実家ではよくやっていた。なんせお金がそんなにないから家庭菜園は生きるために必須だし、使用人の数も多くなければ社交の場に出るお金もなく、とにかく暇だったからだ。今ではすっかり、侍女たちに馴染んで作業をこなしている。
……青い空の下、うっすら汗をかいてのんびりした時間。優雅に動く雲みたいに、私の気分も心地よい。
「そういえば、カミルとはなにを作っているのですか?」
「うーん。まだ秘密! でも、マガリーも食べたことのないような料理よ」
「なんと! それは楽しみです」
私がカミルにしているあるお願い。それは、この屋敷にある材料を使って日本食を作ることだった。
こんなことを思いついたきっかけは、書庫室でのジスの話。ジスはニナが言っていた日本食にすごく興味を持っていて、ニナに手料理を食べられる日を今もなお楽しみにしていた。その夢を、どんな形でもいいから叶えてあげたいと思った。
ニナとして料理を振る舞うことはもうできない。けど、リアナとしてならできる。
この世界に日本食の文化は当然ない。だから私は似たようなものでもいいから、なにか作ってあげたいと思った。そして魔物討伐で疲れた身体を癒してほしいと……とにかく、ジスに喜んでもらうためだ。
ある程度メニューは決まってきている。明後日ジスが帰ってくるまでに、なんとか間に合わせないと。
「よし! マガリー、芋掘り再開よ!」
「はいっ!」
両手を土まみれにしながら、私はその後も芋掘りを続けた。
***
昼食を食べ終えまた畑のほうに戻っていると、大きな木の下で腕立て伏せをしているロイドを発見した。
ロイドといえば、魔物討伐に同行できずここ三日はずっとご機嫌斜めだった。そろそろ血の気も引いた頃だろうし、話しかけても大丈夫かしら。
「ローイードー……って、きゃああっ!」
忍び足で近づきながら声をかけると、目の前のロイドの姿を見て両手で顔を覆った。
「うるさいな。なんだよ。鍛錬の邪魔すんな」
不機嫌そうな声が聞こえるが、そんなことより。
「なんで上半身裸なの!?」
「暑いからだよ。……なにそんな焦ってんだ?」
自慢ではないが、前世でも今世でも私は恋愛経験がないのだ。もちろん、こんな近くで大人の男性の上裸を見ることなど、それこそゲームの中でしかなかった。
――ものすごい筋肉! 脱ぐとこんなに逞しかったの?
騎士なのだから当たり前だろうけど、実際見ると迫力がすごい。目を背けたいのに逸らすことができず、指の隙間から見てしまう。
「ロ、ロイドって、すっごく男らしいのね。なんだか照れちゃう」
「……はっ? バ、バカじゃねーの! こんくらい普通だっての」
私の照れが伝染したのか、ロイドまで顔を赤くしている。
「大体、ジスランはもっとすごいぜ」
「えっ! あんなに細いのに!?」
正直、ロイドほど逞しくはなさそうに思っていた。どちらかというと細いような……。細マッチョっていうやつだろうか。儚げな見た目をしておいて急に男らしさを出してくるなんて、さすが前世で推しただけある。
「それでなに? お前、俺の身体見に来たわけ?」
「人を変態みたいな言い方しないでよ。……これ、差し入れしようと思ったの」
私はさっき出来上がったばかりの試作品のメロンソーダをロイドに渡す。いつも温かい紅茶ばかり飲んでいたから、こういうのが飲みたくてたまらなかったのよね。
メロンシロップを作るのは思ったよりたいへんだったけど、炭酸水と混ぜたら案外すぐに作ることができた。
「……なんだこれ。不味そうな色」
得体のしれない緑色の飲み物にロイドは眉をひそめる。だが、私の視線を感じて覚悟を決めたのか、渋々メロンソーダに口をつけた。
「……なんだこれ。美味い」
さっきと真逆の感想に、おもわず笑ってしまいそうになる。
「でしょう? よかった! 運動後は紅茶より、すっきりした飲み物がいいわよね」
「つーかお前、ジスラン不在中にこんなもん作ってたのか?」
「ええ。だって、ジスラン様が好きにしていいって言ったから。……あ! そういえば私、ロイドに聞きたいことがあったの」
顔を見てそのことを思い出し、私はロイドが腕立て伏せをしていた日陰に座った。すると、ロイドも仕方なさそうに隣に腰掛ける。
「あのね、〝ニナ詐欺〟ってよくあるの?」
「ニナ詐欺? ……あー。ニナのふりをしてジスランに取り入ろうとするやつのことか。今まで何人も見てきたぜ」
ぽりぽりと後ろ頭を掻きながら、ロイドはどこか遠いところを見ている。ニナのふりをした人物が現れた時、たいへんな思いでもしたのだろうか。
「馬鹿だよな。もともといないやつになりきれるわけないのに。お前、絶対にやるなよ。〝俺の大事な人を侮辱した〟って、やばいぐらいキレるからな」
ロイドが言うには、怒り方は冷静だけどそれがよけいに怖くて、ロイドですら震えあがったとか。ジスが怒っているところって前世では想像がつかなかったけど、不愛想なジスを見た今ならなんとなくつく。たしかに怖そう。
「まぁ、お前がニナなわけないか。ジスランの話だと、〝ニナは純粋で優しくて真っすぐな世界一かわいい女の子〟だもんな」
「あら、私のことじゃない?」
「冗談やめろよ。お前はただの変人。からかいがいはあるけどな」
そう言って、ロイドは楽しそうにけらけらと笑っていた。
――口は悪いけど、笑顔は可愛いのよね。なんだかんだいいやつそうだし。今だって嬉しそうにメロンソーダ飲んじゃって。
「はぁ。それにしても美味いなこれ。また持ってこいよ」
……今度はバニラアイスも乗せて、メロンクリームソーダにしてあげよう。