好き放題した結果
それからあれよあれよと時は過ぎ、ジスが帰ってくる日になった。
門の前に馬車が到着し、いちばん最初にジスが降りてくる。
「おかえりなさいジスラン様。お怪我がなくてよかったです」
「……ああ。出迎えなどべつにいらなかったのに」
ジスはちらりと横目で私を見ると、それだけ言ってすぐに通り過ぎていく。少ししか見えなかったが、さすがにジスの表情から疲労感が読み取れた。
「あの、ジスラン様!」
ジスの背中を追いかけて声をかけると、ジスは無表情でこちらを振り向いた。書庫室でニナの話をしていた時はあんなに楽しそうだったのに――やっぱりジスは、ニナの話を聞いてくれるってところ以外では、私に興味はまったくないのだろう。
「呼び止めてごめんなさい。伝えたいことがありまして」
「どうした」
「今日は私から、一週間業務を頑張られたジスラン様にちょっとしたプレゼントがございます」
帰ってきたら真っ先に、このちょっとしたサプライズを伝えたいと思っていた。どんな反応をするか想像つかなかったが、目の前のジスは思っていたよりも数倍反応が薄い。というか、もはや無のままである。ひとりでにこにこしている私との温度差がすごい。
「いらない。そういうの。俺のためになにかをするとか、今後はしないでいい。言っただろう。俺のことを気にするなと」
「……」
私はにこにこの笑顔を張り付けたまま、なにも答えられなくなる。
ジスが私に興味がないのはわかっているが、私からジスに興味を持ったり、婚約者らしいことをするのも許されないのだろうか。ジスからすると、お返しできないからされても困るってことなんだろうけど。
近くで一緒に出迎えをしていたマガリー含む、この一週間で仲良くなった侍女たちの緊張感がこちらにも伝わってくる。厨房では今もなお、カミルが頑張ってくれているのだ。ここで私が引き下がるわけにはいかない。
「……それでは、言い方を変えさせていただきます」
「……?」
「私が一週間好き放題した結果をごらんいただいても?」
えへへと緩んだ顔を見せ、首を傾げてジスを見つめた。
「好き放題した結果……?」
まったくピンときていないようで、ジスの頭上にハテナが浮かんでいるのが見える。よし、今がチャンス! 相手がなにかを考えている時はスピードと勢いで押し切れば成功率アップよ! これは昔商談が得意だったリアナの祖父に伝授されたものだ。当たり前に何回もこんな技が通用するわけもなく、家の経営は結果傾いたんだけどね。
「とりあえず、晩餐さえ一緒にとってくれればいいんです!」
「晩餐? 今日は疲れたからひとりでゆっくり――」
「では、お待ちしていますね! それでは~!」
私はもうひとつの祖父の最終奥義、〝相手の答えを聞き怖る前に逃亡〟を使ってその場をやり過ごした。
なんだかんだ、ジスは優しい。嫌々来てくれるはず。私はその可能性にかけることにした。
結果――思った通り、ジスは食堂にやって来た。少し面倒くさそうにしていたが、内心はかなり面倒くさがっていると思う。これでも態度に出ないよう配慮してくれているのだろうと勝手に思った。
「ジスラン様、来てくださってありがとうございます」
「……それで? 晩餐で君が好き放題した結果のなにがわかるんだ?」
「ふふ。もうすぐわかりますよ。少し待っててください」
ジスを残して、私は厨房へ向かった。
カミルが既に食事をトレーに乗せてくれており、私はそれを受け取った。カミルと一緒に作った日本食の晩餐からは、食欲を掻き立てるように湯気が出ていて、私の空腹感までも刺激する。
――ああ、久しぶりの日本食!
一足先に公爵とロイドに食べてもらって味は確認済みだ。あとは、ジスが喜んでくれるといいなぁ……。
「お待たせしました」
ジスが座っているテーブルの前にトレーを置く。私のぶんは、マガリーが一緒に運んでくれた。
「……これは」
並べられた食事を見た瞬間、ジスの目つきが変わった。面倒くさそうな表情も一変し、驚きと好奇心が溢れ出ている。
「この前、ジスラン様が私に教えてくれたでしょう? ニナが住んでいた国〝日本食〟のことを」
「それを、君が再現したってことか……?」
「はい。この一週間でレシピを考えました」
用意したのは豚カツ、じゃがいもときのこの天ぷらに、サーモンの塩焼き。もうひとつ味噌汁を作りたかったけど、一週間じゃあ発酵しても間に合わないため、魚の出汁を使ったあっさりお吸い物。
完全再現は難しかったが、なんとかあるもので工夫をこらした。カミルもこんな料理を作るのは初めてだって楽しんでくれたし、カミルがいるからこの世界の人の味覚に合うように若干調整もしてくれてとても助かった。
そのままを食べてほしい気持ちもあったけど、なにより美味しく食べてもらうのがいちばんいい。ジスにも、日本食を好きなってもらいたかったから。……これは、前世のニナとしての私の願望だ。
「といっても、話を聞いたイメージで勝手に作ったので、別物かもしれませんが!」
大事なことを伝えるのを忘れていた。これはあくまで〝イメージで作った〟と。リアナが日本食に詳しかったらおかしいもの。
「ジスラン様が食べてみたいと仰っていたので、勝手ながら作らせていただきました。ニナの手料理ではないけれど……少しでも、ニナを近くに感じられたらなって」
本当は本人がこんなに近くにいるんだけどね。でも、それをジスに伝えられないから、料理で感じてもらえればいい。
「……ひとつ確認したいんだが」
「なんですか?」
「メニューは君が考えたのか?」
「? はい。そうです」
「……そうか」
ジスは黙ったまま、じっと料理を見つめていた。一向に食べ始めないジスを見て、私は焦りを覚え始める。
……まずい。よけいなお世話だったかしら。大事な思い出だったのに、出しゃばりすぎた?
でも、私だって前世からずっと、ジスに手料理を食べてほしかった。
不安なままジスの反応を待っていると、ジスはようやくフォークを手に取った。妙な緊張感が食堂内を包み、私は生唾をごくりと飲み込む。
ジスが豚カツをぱくりと食べる。今日は特別に、中にチーズも入っている。今回いちばんの自信作だ。公爵もロイドも絶品だと言ってくれた。
「……美味しい」
その一言が聞けて、私はほっと胸を撫でおろした。
食べてくれた安心、美味しかった安心、ここまで頑張ったことが、水の泡にならなかった安心が一気に押し寄せてくる。
「よかった! たくさん食べてくださいね」
「……ああ。すごいな。これが……」
ジスは満足げにもぐもぐと口を動かしている。わかりづらいが喜んでいるのが伝わってきて、今日の晩餐はこの世界に転生してからいちばん美味しく感じた。




