何度でも
無事に今世でジスと結ばれてから、いろんなことが変わった。
まず最初に気になるところは、ジスが二番街の魔女に払った代償について。想いが通じ合った書庫室の帰り道、代償があることを思い出した私が焦ってジスに聞くと、返って来たのは予想だにしない言葉だった。
『〝今度、アナタの弟に会わせてもらえるかい?〟って。魔女、ロイドに一目ぼれしたらしいぞ』
ジスは『ロイドには最後まで感謝しないとな』とも言っていた。取り返しのつかないとんでもない代償って噂は、どうやら嘘だったようだ。ジスの噂が嘘なのと同じように。やっぱり、噂っていうものは当てにならない。ロイドはロイドで絶対嫌がるかと思っていたのに、魔女の力を利用して剣技のパワーアップを狙っていた。今度三人で魔女のもとを訪ねることになったが、果たしてどうなるのやら。既に心配だ。
もうひとつの大きな進歩は、ジスがクラルティ公爵と本音をぶつけ合ったこと。
私と向き合ったことで、ジスはもうひとり向き合わなければならない大事な人の存在に気づいたらしい。
元公爵夫人と離縁してから、ずっとジスが思い悩んでいたことを公爵に告げると、公爵は「そんなこと思ってない」と、カラッとした笑顔を見せたという。
ジスが家族を崩壊させたとも、可哀想だから次期公爵にするわけでもなんでもなく、公爵自身がジスを跡継ぎにしたいのだと、面と向かってきっぱり宣言してくれたようだ。そして今でも変わらず、ジスは大事な我が子だと思っていることも。
元公爵夫人に金銭援助をしていたことについても誤解があり、元夫人が公爵に対して脅迫行為をしていたと明らかになった。ジスの出生を世間にバラすとか、ほとんどがジス関連だったみたい。公爵はジスを守るために金銭を渡していたが、領地を奪い返さないことに関しては、やはり情が残っていたと認めたという。
だが、その件もすんなりと解決した。
ジスが遂にニナへの想いを終わらせたと聞いた公爵はひどく感動し、自分も過去に引きずられることをやめたのだ。
元夫人と不貞相手に与えた領地を奪い返し、ふたりは領主としての権限をなくした。それだけでなく、まともに領主としての仕事をしていないことが明らかになり、領地そのものから追放されることになった。お金を食いつぶしていたふたりは相当困っていたが、きっと元夫人の実家に泣きつくのだろうと公爵は苦笑していた。落ち着いたらこの領地はメルシエ伯爵家に管理を任せたいと言ってくれたが……うちの両親、経営大丈夫かしら。ジスもついているから、なんとかなる気もするけど心配だ。
そして私とジスは、正式に結婚することが決まった。
この噂もあっという間に広がって、ふたりで社交場に出る機会も増えたが、みんなジスの溺愛っぷりに驚いているようだ。
公爵も含め、みんなはジスの妄想病が治ったと思っているみたいだけど――いつか、異世界と繋がる物や魔法は存在するってことを世界に証明できたらいいな、なんて思ったりする。ジスにそれを言うと、「その事実も体験も、俺たちだけの宝物にしたいから別にいい」なんてキザなことを言われて、また胸がぎゅんっとした。
最後に私個人のことでいうと――なぜか、ジスを一途に思い続けた令嬢として、世間で評価されていた。一途な愛が奇跡を呼び、婚約者の奇病を治したって話は勝手に記事にもされたほどだ。
「一途なのはジスなのにね……」
昼下がり。私はジスとお茶をしながら例の記事が載っている新聞を読んでいた。
書庫室で私がニナとバレて以来、話し方が戻らなかったため、今ではこれが通常運転になっている。周囲からは仲が深まったと思われただけで、違和感を持たれることもなかった。
「それに、奇病って。失礼しちゃうわ」
「べつになんでもいい。世間からどう思われたって。それより……」
ジスは新聞を私の手から奪うと、そのままばさりと後ろに捨てた。ああ、せっかくマガリーに頼んで持ってきてもらったのに!
「俺といるのにほかのものを見るとか、許せないな」
私の顎を指でくいっと上げると、ジスは無理矢理自分の方へ向かせる。そこには意地悪な笑みを浮かべたジスがいた。何度もこの笑顔を見ているのに、何度見たってときめくのは、ジスがかっこよすぎるせい。
「ジスは新聞にもやきもちをやくの?」
「当たり前だ。リアナの視界に入る俺以外のもの全部に嫉妬する」
そう言っていつの間にか私の手を握ったかと思うと、手の甲に軽くキスをしてきた。……甘い。甘すぎる。テーブルに並ぶどのお菓子よりも。
「……〝俺は君を一生好きにならない〟って言ってたジスはどこに行ったのかしら」
照れ隠しも含め、冗談で過去の話をすれば、自信満々だったジスの表情が焦りに変わった。
「……一生かけて、その言葉の償いをさせてもらう」
「ふふ。気にしてないわ。その相手が前世の自分だったのには驚いたけど」
項垂れるジスを慰めるように、緩んだ手を私のほうからぎゅっと強く握り返した。
「……愛する人に触れられて、そばにいるって、こんなに幸せなんだな」
絡ませた指を愛おしげに見つめながら、ジスがぽつりと呟く。
――前世で私たちは、互いに触れることもできなかった。でも今はこうやって、同じ空の下で身体を寄せ合い、手を繋いでいる。
「はあ。幸せだ。なにげない日常に君がいるだけで」
「……私も」
「あ、そろそろ結婚式用のドレスを見に行かないとな。次は一緒に仕立て屋に行こう。この前のも似合っていたけど、結婚式のドレスはもっといいものを用意したい」
「この前のはニナに似合うと思ってたんでしょう? 今度はちゃんと、私に似合うやつを選んでほしいわ」
猫なで声で自分なりに可愛くおねだりしてみると、ジスの顔が唐突に真顔になる。……慣れてないおねだりなんてするんじゃなかった、と後悔した束の間。
「……え、あの水色のドレスは、最初からリアナに似合うと思っていたけど」
「……えっ!?」
「まさか気づいてなかったのか。だからあの時微妙な反応を……納得」
それじゃあ、あの時私に言ってくれた『似合ってる』って言葉は、リアナに宛てたものだったってこと? そんなの気づくわけないじゃない。まさかあの時点で、ジスの気持ちがそこまで私に向いていたとは思わなかったんだから。
「でも誤解が解けてよかった。これでわかったろう。俺は君が思ってるよりだいぶ前から、君を特別に感じていたってこと」
「……じゅうぶん伝わりました」
「この先、リアナがどんな姿になってどんな世界に行こうとも、俺は君を追いかけて、また何度も好きになるよ」
この生涯だけでは追いつきそうにないほどの愛情を、私も同じだけ返せたらいいな。なんて思いながら、私は静かに目を閉じた。
END
最後までお読みいただきありがとうございました!
時間があれば番外編や2章を書けたらいいなと思いつつ、一度ここで終わりです。




