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偽りの愛なんていらない

「リアナ、一緒にお茶でもどうだろうか」


 ジスが帰ってきた次の日の昼下がり。ジスからの二度目の予想外の誘いに、私は目を丸くした。


「は、はい。よろこんで!」

「じゃあ、テラスのほうへ。既に準備はさせてある」

「ありがとうございます」


 促されるまま、私はジスと一緒にテラスへ向かう。


「きゃあっ! ジスラン様がリアナ様をお茶にお誘いしているわっ!」

「さっき執事に用意させてたのは、リアナ様とのものだったのね」

「やっぱりジスラン様に春がきたのよ!」


 相変わらず、それを目撃した侍女たちの声は大きくて。

 ジスは今回はなにも言わなかったが、大きなため息をついているのだけは、後ろから見ていてもわかった。


 案内されたテラスに着くと、紅茶だけでなくお菓子もたくさん用意されていた。マカロン、マドレーヌ、アーモンドクッキー。どれも美味しそうで目移りしそうだ。

 執事はそれぞれのティーカップに紅茶を注ぎ終えると、事前にジスから指示されていたのか、そそくさとその場から退場した。


 それからしばらく、向かい合って無言でお茶を飲むっていう謎の時間が続いた。

 呼び出しておいてなにも話さないってどういうこと? でも――お茶を飲んでるジスも絵になる。これをこんな特等席で眺められるだけで私は幸せ者だ。

 ……あ、そういえば私、ずっと気になっていることがあったんだ。

 ジスもなにか用事があって私を呼んだのだろうけど、なにも言ってこないし私から話してもいいだろうか。


「あの、ジスラン様。私たちの結婚についてのことなんですが、この婚約期間っていうのはいつまで設けられるんですか?」


 私は現在、ジスラン様の婚約者として公爵家に住まわせてもらっている。これは〝互いを知るための婚約期間を設けたあと、正式な結婚を〟という、クラルティ公爵家からの申し出だった。

 私としてはジスがニナとはべつの好きな人ができるまで、そばで見守ってあげたいと思っているし、ジスの理解者になってあげたいとも思っている。だからジスが許す限りは一緒にいるし、結婚だって、相手がジスなら喜んでする。ジスが私を愛していなくても、だ。もちろん、離縁したいと言われれば受け入れる。……そうなったら、実家に戻って就活開始ね。いっそ庶民になって日本食のお店でも開こうかしら。


「さあ? 元々この婚約期間中――いわばお試し期間っていうのは、相手の令嬢のために設けたものだから」

「……ジスラン様が相手を見定めるためじゃなく?」

「俺は相手が誰であろうが対応は変わらない。そもそもこの結婚も、うちからしたらただの世間体のためのもの。父上はさっさとほかの令嬢と結婚させて、俺に対するよくない噂やイメージを払拭したいんだろう。俺は心に決めた女性がいることと、今後愛することはないこと。このふたつを相手が承諾してくれれば誰でもいい。もちろん、父上が俺を後継者とするなら、後継者として最低限のことはする」

「それは妻と社交の場へ出たり、世継ぎを求められれば……そういったことはする、と?」


 なかなかに踏み込んだ質問ではあるが、もし結婚したら他人事ではないので聞いておいた。……ジスとこ、ここ、子作りなんて、私のほうができるかわからないけど。


「そういうことになるかな。……子作りに関しては、許されるなら養子でもいいかと俺は思ったりするが。全部踏まえた上で納得いく相手なんてなかなかいない。すぐ離縁になるくらいなら、婚約期間をじっくり設けたほうがいいっていう父上の意向もある。よほどうちの援助を必要とする家ならどんな条件でも呑みそうだが、父上はまだそれなりの貴族の妻を探しているみたいだから。それに……」


 ジスはカップを置いて、じっと私のほうを見つめた。


「そもそも一週間続いた婚約者、君が初めてだ」

「……へ?」

「だから期間がどれくらいかなんてわからない」


 すぐいなくなるってロイドも言ってたけど、みんなそんなに早く婚約解消していたの?


「わ、私の場合は、ちょうどジスラン様の出張期間と被ったからじゃあないですか? さすがに一日しかまともに顔を合わせないで婚約破棄なんてありえないですし……」

「いいや? 前も同じ例があったが、戻った時にはいなくなっていた。しかも、うちの金で散々高価なアクセサリーや化粧品を買うだけ買ってね」

「……それはちょっとひどいですね」


 私と同じように好きにしろと言われて、やけになって好きにした結果だろうか。貰えるものは貰っておく的な?


「いいや。それくらいいいんだ。俺が彼女たちにしていることのほうが、よっぽどひどい自覚がある。でも、俺の気持ちは変わらない。……嘘で愛しているふりをしたほうが、結果的に傷つける」

「……ジスラン様」

「偽りの愛は、いつか破滅を導く。だったら、愛などないと最初に言っておくべきだ」


 言われた方にとってはとても辛くて、冷たい言葉と思うけれど、あれはジスなりの優しさでもあったのだろうか。そんなこと言われたところで過去の婚約者たちは納得しないと思うが、ジスの言いたいことは少なくとも私には伝わった。……でも、ここまで言うってことは、ジス自身がなにか破滅した経験があったりするのかと、勝手に疑ってしまう。


「じゃあもし……もしジスラン様に新たな想い人ができた場合はどうしますか?」

「……俺に?」

「はい。可能性はゼロではありません。今後ジスラン様の心を奪う女性が、ニナのほかにも現れるかも――」

「ゼロだ。ありえない」


 私のそうであってほしいという願望は、ばっさりとジスに斬り捨てられてしまった。でも、ニナへの想いの強さをまた実感できて嬉しい気持ちもある。残念だけど嬉しい。これまた新感覚。


「俺はニナを愛してるんだ」

「うっ……は、はい。その通りでしたね」

「? どうして心臓を押さえてるんだ?」

「動悸が凄くて。お気になさらず」


 リアナ(私)に言ってるんじゃないとわかってても、結果的にニナはリアナ(私)だから、突然愛してるなんて言われたらきゅんきゅんを通り越してぎゅんぎゅんしてしまう……!


「次は俺から君に質問してもいいかな」

「はい。ど、どうぞ」


 やっと動悸が落ち着いてきた。平常心を取り戻すため、私は少しぬるくなった紅茶をぐびっと一気に飲み干す。


「昨日君が作ってくれた日本食、とてもよかった。だけど、メニューで引っかかることがあって」

「……メニュー? なにか嫌いなものでもありましたか?」


 ジスの食の好みやアレルギーついては、事前にカミルと打ち合わせしたはずだけれど……。


「そうじゃない。……全部、ニナが好物だと言っていたものばかりだった。たしかに君に日本食の話はしたが、昨日のメニューには君に話していない日本食もあった。それに豚肉を揚げたものにチーズを組み合わせるのは最高の贅沢だとニナは言っていたが、それも君には言っていないと思うんだが……」


 え! そうだったっけ!

 あの時はジスの惚気を聞くのが幸せすぎて、そこまで内容をしっかり覚えていなかった。ただいくつか日本食をジスが私に紹介していたから、私が日本食を作ってもそんなに怪しまれないだろうと思ったけど、もしかして私……やらかした!?

 無意識に好物を作って、無意識にジスに話した思い出の品を作ってしまったのかもしれない。どうしよう。なんて言い訳をすればいいの。


「もしかしてリアナ、君は……」


 びくりと身体も心臓も跳ねる。どうしよう、気づかれ――。


「ニナの関係者、なのか?」

「……うん?」



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