-08-
登校一日目です・・・
「うわ、ありゃあ、すげーヤバいヤツだ。」
イルマイネは、木箱の中を探る手を止め、思わずつぶやいた。
その視線の先には、ブンブンと木剣を振り回している魔族の少女の姿があった。
ヒト族基準なら、十歳ちょっとというところだろうか?
長寿の魔族の場合、見かけと実年齢がかけ離れていることが多いが、立ち居振る舞いを見る限りでは、誤差は数歳と言うところだろう。
少なくとも、イルマイネより年下と言うのは間違いない。
剣技は初級者の域をまったく抜けていないようだが、木剣とは言え、そこそこ長さのある得物の重さを苦にすることもなく、振りの速さだけ見れば、いっぱしの剣士並みだ。
(関わり合いにならねえように、しなくちゃな。)
この世界の魔族は、種族としては最強の一角だ。
一対一の戦いで、魔族とまともな勝負ができる種族は、そう多くはない。
ヒト族と魔族の力の差は圧倒的過ぎて、勝負以前の話になる。
そんな相手と関わり合うとなれば、それは、自滅をもたらすことになるだろう。
魔族の少女に対しては、なるべく背中を向けるように意識しつつ、イルマイネは、武具を探すことに集中した。
練習用なので、種類や大きさに関係なく、無造作に木箱に突っ込まれている、木製の武具たち。
木箱の底の方を探って、ようやく彼女は求めていた相棒を見つけ出した。
長さはイルマイネの背の高さを優に超え、刀身は、鍔の部分からほとんど同じ幅を保ったまま切っ先に向かい、先端近くで、ようやく一点に収束する。
通常、剣技には切る、叩く、受ける、突くなど様々な用法があるが、この剣は明らかに繊細な操作を拒否していた。
つまり、ただひたすらに振り回し、力の限り叩きつけることに特化した剣であり、それこそが正に、彼女の求めていた相棒だった。
「よしっと。」
納得が声に出たのと、目前で自分を見つめる魔族の少女に気が付いたのが、ほぼ同時だった。
「ぅひやぁっ!」
言葉とも叫びともつかない声をあげて、思わず剣を振りかざしてしまうイルマイネに、魔族の少女がゆるりと近づく。
「女の子なのに、こんな大きな剣、振り回せるんですね。
すごいね!」
魔族のクセに、偉ぶった風もなく語りかけてくる少女に、イルマイネの緊張が、少し緩む。
「そういうあんたこそ、よくもそんな細腕で剣が振れるもんだ。」
口に出してしまった後から、いきなり馴れ馴れしく喋りすぎたかもしれないと思い、ドキドキしながら相手の表情を窺うイルマイネ。
だが、魔族の少女は口元に笑みを浮かべつつ、
「わたしはパナコ。
あなたの、お名前は?」
「イルマイネだ。」
「イルマイネさんですかぁ・・・」
もしかすると、友達になれるかもしれない・・・と、淡い期待に自然と口元がほころぶパナコだったが、その表情を間近に見たイルマイネの背筋には、ゾクリと悪寒が奔っていた。
「武器を選んだら、近くにいる人と軽く組み手をしてもらいます。
武器に慣れる必要があるので、最初から本気を出さないようにしてくださいね~。
鐘が鳴ったら、相手を替えてください。
武器が合わなかったら、途中で交換しても構いません。
相手が見つからない時には、わたしか、イドゥーン先生のところまで来てください。
それでは・・・始め!」
ゆるふわ美女先生の掛け声と同時に、パナコとイルマイネがパッと身を翻して、少し距離を取った。
(リーグさんと戦った時と違って、何か、身体と精神がちゃんと噛み合ってる気がする。)
あの時はまだ、自分の身体が、まるで借り物のように、しっくりとこない感触だった。
それから数日が経過して、ようやく心身が馴染んできたのか、あるいは単純に魔族の身体を動かすことに慣れてきただけなのか、今は自分の意志通りに手足が動いてくれそうな気がしている。
「行くぜッ!」
先に仕掛けてきたのは、イルマイネだった。
予想通り、真っすぐに飛び込んできて、ブンと音をたてて大剣を横なぎにする。
いたって真剣な表情を見る限りでは、イルマイネは、本気を出すなという、ゆるふわ美女先生の言葉など、すっかり脳裏から消し飛んでいるようだ。
(当たったら、痛いかな?
でも、リーグさんと比べたら、全然見えるし・・・)
剣の大きさと膂力任せの、大味なイルマイネの剣技だ。
しかも、空振りばかりしているので、体力の消耗も激しいようだ。
程なく肩で息をし始めたイルマイネとは対照に、最小限の動きだけで回避しているパナコの疲労は、ほとんど皆無と言って良い。
「逃げ回ってばかりいないで、少しは打ち合えよッ!」
このままでは埒が明かないと見たのか、イルマイネは剣を構えたままの体勢で体当たりを仕掛けてくる。
「分かった!」
足を止めて、迎えうつパナコ。
ガツン!と、鈍い音をたてて、二人の木剣がぶつかりあった。
作者から一言:イルマイネの見た目は、女ガッツという感じ。