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浅草の日常

 善継は客寄せの呼び込みを、「毎度おなじみ」の変わり映えのない言葉で、両手を口に添え、大声で歩く皆々様に立って掛けていた。


 浅草は今日も元気に人々が交差したり、ばったりとぶつかって互いに苦笑したりしていた。もしくは男同士なら喧嘩の売買だ。



 お代はタダ。見せ物をする芸人たちも、歩く人々を善継のように招こうと、呼び込みをしている。立ち止まり、一瞬ちらっと見てから別の見せ物に行く者もいれば、止まったまま感心し、興味深く近寄って人垣を作る者もいる。


 浅草はやはり、一流の芸人が揃う。小豆芸に、猿回し。どれもが完璧で、客の呼び込みも得意。あいにく善継は、捻くれた呼び込みしかできない。


「呪われて死にたい人は、いませんか」などと座長が聞いていたら、ぶん殴られるような呼び込みだ。

 だから春が工夫した呼び込みの台詞を口にする。




「満月の呪いに打ち勝つ、伊達男はおらんかねー、睨まれても、生き延びることができたら、未来永劫、江戸っ子の伝説になりますよう」


 この呼び込みで、人が確かに賑わった。挑戦したがりの傾奇者が多くて、善継は「皆怖い者知らずだなぁ」と、改めて江戸っ子の勇気に感服させられる。

 言葉とは不思議だ。

 同じ者を見る羽目になるのに、言い方一つで客足が違う。



 お向かいには甘味屋があって、女たちや、旅の途中の富山の薬売りが、団子や心太を食べている。焼きたての団子だ。香りがぷわーと漂ってきて、善継は腹が減り、がっくり項垂れた。

 毎度毎度、あの甘味屋が恨めしい。食べることができなければ意味はないのに、美味しさを匂いで教えようとするなんて、卑怯だ。鰻や泥鰌の匂いで飯を食ったほうが、何層倍もマシである。



 すると一人、髷を結った男性が、丑の方角からやってきた。善継から見て、右斜め、といったところか。

 目隠し越しでも判る、黒兵衛だ。いつもの浅草で見慣れるようになった人だ。距離は、半町の余。

 まだ黒兵衛が気付くか気付かないか、微妙な距離で、見せ物小屋の合間に人の交差する道があるのだが、それでも気付く自分は、相当に目が良い、と善継は呆れつつ、視力に自画自賛した。

 呪われてる癖に、視力がいいだなんて、変すぎる。ゆったりと、小豆芸の音頭に合わせるようにやってくる黒兵衛は、一歩一歩の歩幅が大きい。



 外は夏の暑さは抜けきって、すっかり辺りは紅葉している。そんな中でも、水芸などは寒くならないから、不思議だ。寧ろ、雨乞いの儀式にさえ見える。

 赤い葉が水の涼しさに下りてきて、はらはらと綺麗だ。水芸は紅葉した樹の近くで演じてるので、とても風情を感じた。

 夏ではなく、もう秋なのだ、と自覚する。自覚しても、夏の夢からは覚めることができない。



 善継は夕方に水芸の芸人が演じるのを見るのが好きだった。

 夕陽に綺麗に反射し、夕暮れを水で操り、まるで蜜柑か熟柿のような色合いで、次々と動く水芸に心から感動する。

 今は昼間だから、あいにく透明のまま。善継のように、密かに黄昏時の神秘さを知っている者は、こっそりと夕方に見に来ている。



 猿回しは、小猿がとても可愛い。だが、時折は人に怒ったように飛びつこうとするので、その度に猿回しをする芸人が、小猿と繋がった鎖を引っ張る。

 小猿がぎゃああと悲鳴を上げれば、皆が驚く。ところが、芸人の巧いところは「こら、駄目でしょ」と叱って、小猿に「どうも相すみませんでした」みたいな動きをさせるところだ。



 悲鳴も、たちまち笑い声に変わる。

 浅草は、芸人の宝箱。

 黒兵衛も思ったらしい。水芸を見てから、善継を目指しているのか、いないのか、ふらついた足取りで、酒瓶を片手に歩いてくる。

 熱を酒から手に入れたいみたいだ。呑んでる黒兵衛は見せ物小屋を指さし、げらげらと笑った。完璧に酔い潰れている。



 善継は悟るなり、黒兵衛がふらついていた場所に目を遣った。

 どこもかしこも、何かの芸をしていた場所である。昔、案内したときの道の通りに、やって来たようだ。



 黒兵衛の動作の一つ一つが、何かを懐かしむ――否、新しいことを発見するように見物し、笑っていた。黒兵衛は快活に笑って、今までで一番の笑顔を見せていた。


 もっとも、大体の見せ物は移動して、この旅団もそろそろ移動をいつにしようか悩んでいる頃合いだったのだが。浅草は本当に金の出入りが激しい。座長としては、なるべくココにいたいようだ。




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