昼間の死に神
朝起きると、善継はいなかった。
それは、当たり前。黒兵衛とは違って、真っ当な生活をする者なのだから、働くために明け六つには出て行ったのだろう。
ふと記憶を遡れば、明け方に「帰りますね」と言われたような気もする。
もっともっと、博打や酒に嵌らせねばなるまい。もしくは、その好いているという女子に夢中にさせる、とか。
部屋には徳利と、何かの食べかす、それから布団が並んでいて。
ああ、顔を洗わねぇと、などぼんやり思いつつふと口にする。
「善継は、いってえ何が楽しくて生きてるんだか。ああ、化け物屋敷か」
生きる楽しみである化け物屋敷から、離れさせてしまって本当に良いのだろうか、とも迷う。
そもそも、何故、化け物屋敷から善継を引き離さなければならないのだろうか。
あれ程、天職と言える善継の職業はあるめぇと感じるのだ。青い目の噂がなくても善継を一目見れば「特別な運命を持つ人だ」と思いこむことができて、満足して帰ることができる。最初、感じたことだ。
「死に神、聞きたいことがある。昼間でも、おめぇいるのか?」
独り言のように呟いた。
呟いただけであって、登場を願ってはいないのに。
「昼間は忙しいよ、あたしゃ。手短にね」
死に神が現れた。布を被り、口元で片端を噛んでいる。
黒水晶のような輝きを見せる桃割れに、死の色のような黒い瞳。深淵に近いような瞳は吸い込まれそうな程に美しく。女にしては地味めの着物が体の線を強調している。
布で隠れた美貌と綺麗な髪を間近で見るのは初めてで、黒兵衛は思わず声を上げた。
声を上げると、死に神は面倒臭そうに、腕を組んで、袖の中に手を入れる。
悲鳴は長屋の者に聞かれているほど大きい声じゃなかったのが救いだ。
「何だい、いるかと聞かれたから、出てきたっていうのにさ。意気地無し」
黒兵衛をあざ笑うかのような声に、黒兵衛はようやく言葉が出てきた。
「だ、だからって、いきなり、俺の根城に来るこたぁねぇだろ!」
心臓が震え上がったのは、致し方ない。男の意地に懸けて、今のは忽然と現れたから声を上げたのだ、と黒兵衛は自分に言い聞かせる。
呼んだ癖に怯えるとは勝手な男だとでも言いたげな顔なので、言葉を実際に言われてしまう前に、黒兵衛は死に神に問いつめた。
「何でおめぇ、善継を化け物屋敷から離したいんだ?」
「――どうだっていいだろう」
死に神が瞳を揺らし、その中に悲しみ色を宿した。見逃さなかった黒兵衛は、妖しい、と何かある、と踏んで睨み付ける。
「何だ、お前、化け物屋敷があると相手にされないからか? お前、善継に惚れてるのか?」
「そのほうが、いっそ楽だね! 他人様に言えない事情だから、賭けなのに、それを暴くのか、あんたは? やれ、無粋だねぇ。追及するってんなら、賭け事は止めだ、止め」
「待った! 追及しねぇから、賭け事は続けさせてくれ!」
死に神の尋常ではない剣幕に黒兵衛は驚き、慌てて待ったを懸けた。死に神にはまだ待ったという言葉を聞き入れる余地があって、何とか黒兵衛は助かった。
死に神は、ふんと鼻を鳴らすと、消えていった。
まさか、昼間から死に神に会うとは思わなかった――黒兵衛はいきなり早まり出した鼓動に驚く。
ああ、怯えていたのか。
黒兵衛は、気付くのに時間が掛かった。いきなりではなかった、死に神が出てから鼓動は早まっていたということに気付かなかっただけだ。
あの世との繋がりを持つ死に神、あの世へと誘える瞳を持つ善継、二人の間には何があるのだろう、と黒兵衛は思案したが、良い考えは浮かばない。
それよりも、今日は何処かで盗みをしなくては、と頭を掻いた。




