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のみすけ白昼

 家事使用人に労働基準法は適用されない。故に、住み込みで働く我が家の使用人達の労働時間は一日八時間なんてとうに超えているのだが、その実、彼女達は終日働き続けているわけではない。

 その日のうちに、もしくは期間内にしなければならないことを終わらせてしまえば、あとは割と自由である。自由と言っても服装がメイド服とかなので、本当に何でもできるというわけではないけれど。内実がどうであれ建前上は勤務中であるから、私服に着替えるのは基本的に許可されていない。買い物は業者に家への運搬まで任せており、使用人達がわざわざ外に出る必要も無い。

 だから旗野を散歩の相手にした私も浅慮ではあったのだが、気付いていてなお何も言わなかった旗野を咎めても責められはすまい。

 秋葉原でも昔のイギリスでもないのに、このご時世にメイド服で街を闊歩できる彼女の神経が理解できない。いや、そもそも使用人にそんな服を着せている雇い主がおかしいと言えばおかしいのだが。

 彼女達の雇い主は私の父でもある。父は一代で現在の地位を確立させた一家の誇りだった。しかし同時に、使用人に着せる服が趣味丸出しという、一家の恥でもあった。誇りと埃をかけて『一家のほこり』と揶揄したのは母である。埃は言い過ぎだろうと思ったものだ。埃なんて、言い換えてしまえばゴミである。一家のゴミ、酷いではないか。

 そんな言われようの父が雇う人間は、これまた彼の趣味なのか、あるいは無意識に非凡な仲間を集めているのか、ことごとく普通とは外れている。旗野がその良い例だった。理由は言わずもがなだろう。

「お嬢様。顔が赤いようですが、熱中症ですか」

「暑かったんじゃなくて、ハズかったのよ……」

 顔が赤い理由など分かっているくせに、白々しい。まぁ、旗野がとぼけることなんて今に始まったものでもないけれど。

 旗野がメイド服を着ているということに私が気付いた後も、旗野自身が構わず歩いて行ってしまうので、結局そのまま散歩は続行された。周りの視線が気になってしょうがなかった。帽子があって良かったと思う。気休め程度でも、無いよりましだった。

 ダイニングの椅子に座り、パタパタと手で顔を扇ぐ。こんなことで熱が冷めるわけではないけれど、これも気休めである。

 それを見て旗野は、

「お茶でもお持ちしましょうか」

「その気遣いをもう少し外でも見せてほしかったわ」

 本当に。切に。

 しかし夏の時期なので、三十分にも満たない散歩でも喉は渇く。グチグチ文句を言うのは後にして、まずは飲み物を部屋に持って来てもらうことにしよう。

「では少々お待ち下さい」

 旗野はそう言うと、外出前と変わらない涼しげな顔でダイニングを出て行った。こことキッチンとは少し距離がある。

 年中長袖にロングスカートの彼女は、暑くなかったのだろうか。服装の自由が利く私より、よほど水分が必要な気がする。

 少しの間ぼうっと待っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。それに続いて「柳沢です」というくぐもった声。

「……? どうぞ」

「失礼します」

 ドアを開いて入って来たのは、名乗り通り、柳沢だった。そして彼女は、何故かピッチャーと瓶、グラスが二つ乗ったお盆を持っている。ピッチャーの中身は紅茶のようだった。瓶の方はよく分からない。ラベルが貼ってあるのは見えるのだが、その正面がちょうど裏側にあってものの判断がつかない。おそらく私の視界に入る範囲にも原材料などと共に品名が書いてあると思うのだが、柳沢が歩いていて揺れるので読み取れなかった。

「え、何、どういうこと?」

 謎の瓶はさておき、ピッチャーの中身については、持って来るのは旗野のはずである。柳沢には散歩のことを伝えていたので、気を利かせて持って来てくれたのだろうか。そうであるならば、もう少し時間が経つとこの部屋には必要以上の量の飲み物が運び込まれることになってしまう。旗野に伝えようにも、私は彼女が現在携帯電話を身につけているかどうかを知らない。

「旗野がご主人様に呼ばれてしまいましたので、わたしが代わりに……」

 柳沢は苦笑しながら言った。混乱させてすみません、と言っているかのような顔である。

「あぁ、そういうことね」

 なるほど。流石の旗野でも、雇い主に呼ばれたとあれば無視はできまい。いや、仕事はきちんとこなすタイプなので、元より業務上の某であったら誰からの呼びかけであろうと無視はしないか。そこら辺の分別はついている。

 お盆をテーブルに置いて紅茶を注いでいる柳沢も、そういう意味では旗野と同じだった。旗野の業務時の態度はともかく、二人とも仕事そのものに対しては真面目である。

 柳沢は、旗野ほど仕事が早いわけではないけれど、その分一つ一つが丁寧で質が高い。旗野は旗野で、柳沢より質は劣るが、それでも雑というのではなく、一定以上の出来ではあった。全体的に見れば、能力の差はさほど無いように思う。事実、私は双方の仕事に不満など無かった。

「どうぞ、お召し上がり下さい」

 紅茶入りのグラスをスッと滑らせてこちらに寄越し、柳沢は瓶にも手を掛けた。グラスが二つあるということは、瓶の方は柳沢が飲むということなのだろう。私は瓶の正体が気になり、受け取った紅茶を一口飲んで尋ねてみた。

「その瓶は何?」

「これですか? これはですね……」

 柳沢は続きを言わず、エプロンから栓抜きを取り出して瓶の蓋にあてがった。

 プシュッ。

 栓抜きの取っ手が持ち上がると、瓶は小気味良い音を立てた。その後に、身が熱くなるような匂いがほんのりと漂ってくる。

「はっ、ぽう、しゅ、……です。ふふっ」

 水滴に覆われた瓶のなだらかな表面に頬をつけ、上機嫌にラベルの正面を見せてきた。……うん、発泡酒である。お酒の種類など私には分からないのだが、飲む本人が言っているのだからそうなのだろう。

 柳沢は無類の酒好きだった。毎日仕事が終わると自室で飲んでいるらしい。

 らしい、というのは、私が直接見たわけではなく、彼女と相部屋の吉野というメイドが嘆いていたからである。飲酒を強要されることは無いが、絡まれるのが鬱陶しいのだそうだ。飲む量も半端でなく、缶を六本も開けてしまうようで、いつか身体を壊すのではないかと心配もしていた。

 そんな同僚の嘆きを余所に、柳沢は嬉々とした表情で発泡酒を自分のグラスに注いでいる。目の前の瓶に缶六本以上の量が入るとは思えないので、一本まるまる空けることはできるのだろうが、彼女はここで全てを飲むつもりなのだろうか。そして、酔って絡む相手は選択の余地無く私しかいない。

 旗野、早く来て。

 こんなことを思うのは初めてだと思う。少なくとも、そうそう思うことではなかった。

「お散歩の方はいかがでした?」

 私の隣に座り、発泡酒を呷って訊いてくる柳沢の様子を、私は戦々恐々と眺める。今はまだ平気だが、いつ頃から酔いが回り始めるだろう。

「旗野がメイド服でなければ、まあまあだったわ」

「あら、旗野と一緒だったんですか」

「あぁ、これは言ってなかったっけ」

 言わなかったというより、言えなかったというのが正しい。その時は私も一人で出掛ける気でいたのだから。

「あの子、よくこんな格好で……」

 柳沢は自分のロングスカートを軽くつまみ上げ、呆れた声を上げる。

 柳沢は旗野より年上だった。しかし年上と言っても、二十代半ばの人間を『あの子』と呼ぶような年の差ではない。二、三歳ほどの違いである。

「顔色一つ変えないのよ」

「もともと表情豊かな方でもないですからねぇ」

 そう言いながら、グラスの中身を飲みきる前に発泡酒を注ぎ足している。私のグラスが空くとこちらには紅茶を注ごうとしたが、何杯も飲むほど喉が渇いていたわけではないので断った。「注いだのをそのまま持って来た方が良かったですね」と言う柳沢の言葉を聞いて、やはり旗野は水分を欲していて、自分の飲む分も持って来ていたのかもしれないとも思った。お盆の上のものを旗野が用意したのか柳沢が用意したのか分からないし、私が二杯以上飲むと思っていた可能性もあるので、断定はできないけれど。いや、お酒があるということは、用意したのは柳沢なのか。

 しばらくの間、柳沢は話しながら飲み、私は応えながらそれを眺めていた。満杯だった発泡酒がどんどん減っていく。中身は六分の一ほどになっていた。

「それで吉野ったら間違えてわたしのお酒飲んじゃってー」

 同じ部屋で生活をしていると相手のプライベートな部分もよく見るようで、吉野の部屋での様子についての話題が豊富だった。七割方が彼女関連の話である。あえてそういう話を選んでいるのか、吉野の素がそうなのか、吉野が醜態を晒すものが多い。前者なら嫌がらせである。

 この事実を吉野が後で知ったとしたら、どうなるだろう。柳沢に数倍返しならまだ良いが、下手をすれば私に飛び火しかねない。それが懸念の種だった。

 対して、安心したのは柳沢がさほど酔っていないことだ。もっと手がつかない感じになるのかと思っていたが、案外お酒というのは、瓶一本程度では酔わないものなのかもしれない。お酒の種類にもよるだろうけれど。

「あ……、無くなっちゃった……」

 若干口調が退行しているような気がするが、大した問題ではないだろう。どちらかというと、とても悲しそうな顔の方が気になる。飲み物が無くなっただけとは思えない悲しみぶりだった。

「また夜にでも飲めば良いじゃない」

 そうすると吉野の負担が増えてしまうのかもしれないが、そんなことは私の知ったことではない。私は旗野の相手で十分忙しいのだ。酔った柳沢よりよほどたちが悪いのを相手取らなければならない。

「そう、ですねぇ……」

 依然としてしょんぼりとはしているが、言葉を聞くに納得してくれたのだろう。たとえ納得していなくとも、理解はしてくれたはずである。

 柳沢はピッチャーやらグラスやらをお盆に乗せて立ち上がった。そして、持って来たものを片付けて自分の部屋にでも戻るのかと思っていた私に向けて、

「ちょっとエタノールかなんか探して来まぁす」

「待ちなさい」

 前言撤回、納得はおろか理解もしていなかった。あと、確実に酔っている。

 酔った時の彼女を、いつもの柳沢だと思ってはいけない。いつだったか吉野が言っていたことを思い出した。確かにこれはそう思った方が良いかもしれない。平生の柳沢であれば、私の言うことに素直に従ったはずだ。

「エタノールってあれよね、消毒液よね」

「消毒液によく使われてますねぇ」

「……飲んじゃ駄目でしょう」

「毒を消すんですよー? いけるいける」

 きっといけない。調べたことなどないけれど、身体を壊す気がする。下手をすれば死ぬような気さえする。断固として止めなければなるまい。そう考えると、自然とこめかみに手が伸びた。

「そんなことするくらいなら、お酒を買いに行った方が良いんじゃない?」

 一応、説得を試みる。

「やですよぉ、こんな格好で」

 柳沢はメイド服に視線を向けて首を振った。命を危険に晒すよりましだと私は思うのだが、柳沢とは価値観が違うらしい。

「旗野遅いですねぇ」

 酔っているからだろう、柳沢は突然に話題を変えた。エタノールは諦めたのか――と思ったが、棚の引き出しを開け始めたので、諦める気はさらさらないようだ。消毒液があるのは確かキッチンだったと思うのだが、柳沢に効率良く探し当てられても困るので黙っておく。若しくは、あわよくば酒瓶でもあれば、と探しているのかもしれない。そうだとしても見つけた時に止めれば良い。どちらにせよ、今は何も言わないのが吉である。

「暇だ暇だって言ってたんだからちょうど良いわ」

 父に呼ばれたらしいけれど、勤務中は本来仕事をするべきなのだから、心配などする必要は無い。柳沢が若干暴走気味なので、早く終えて来てほしくはあるけれど。来なくてもいいときには来るのに、来てほしいときには来ないというのは、なんとも旗野らしい意地の悪さであった。

 柳沢は私の答えに満足できなかったのか、少し唇を尖らせて言う。

「寂しくないんですかー?」

 ……?

「……なんで?」

 何故旗野がいないだけで私が寂しがらなければならないのか。いつもちょっかいをかけてくるのは旗野の方である。暇な時ならまだしも、今この状況で寂しいなどということはない。

「だって、いつも一緒ですしー」

 なんとなく拗ねた感じだった。

「別にいつもじゃないわよ。旗野が絡んでくる時だけ」

 だけ、とは言ったが、そういう時が毎日のようにあるのだから、いつも一緒いると思われても仕方が無いのかもしれない。

「そうだとしても、そういう時が一番楽しそうですよー」

「そりゃ旗野は楽しいでしょうね」

 からかう本人すら楽しんでいなかったとしたら、何をしたいのか本気で分からない。

「お嬢様が、ですぅ」

 いやいやいや、どこをどう見たらそんな考えに至るのだろう。枕を投げるのがじゃれ合いにでも見えるのか。……見えなくはないな、枕投げというものもあるし。だが、見えるだけである。

「貴女にどう見えていても、事実は違うわ」

「わたしと話してる時より生き生きしてますー」

「落ち着いて話せないのよ、旗野相手だと。生き生きとはまた別」

「…………」

「…………」

 私も柳沢も主張を譲らないので、水掛け論になってきりがない。私は自分のことなので確信があってもおかしくないと思うけれど、柳沢がここまで自分の意見を信じ込める理由は一体何だろう。酔って自己主張が強くなっているのか。

「お嬢様の自覚が無いんですよぉ。他の人にも訊いてみて下さい。絶対わたしと同じこと言いますから」

 棚にはエタノールも酒瓶も無いと判断したらしい。柳沢は残念そうに私の隣に戻って来た。対して私はほっとしている。運動神経はある方だと自負しているが、日頃から家事という肉体労働をこなしている人間相手に取っ組み合いなどしたくない。

「紅茶で気を紛らわせてなさい。何も無いより良いでしょ」

 柳沢のグラスは発泡酒が入っていたものなので、私のグラスに紅茶を入れて渡した。柳沢がニヨッと笑う。

「間接キスですねぇ」

「頭から被せた方が酔い覚めるかしら」

 グラスを柳沢の頭の上へ持っていくと、本当にかけられると思ったのか、「ああっ、やめて下さい、服が……、服が……」と言って椅子ごと身を引いた。勿論かける気はないので、私は紅茶の入ったグラスをテーブルの柳沢に近い所へ置く。

「ありがとうございます……」

 そう言ってグラスに手を伸ばす柳沢だったが、それより先に横から紅茶を奪っていった手があった。その手は自らの口元にグラスを傾け、中身を体内へ注ぎ込ませている。

 いつの間にやら戻って来ていた旗野の手であった。

「あー、旗野だぁ」

「見事に羽目を外していますね、柳沢さん」

 やっほー、とでもいうように手を振る柳沢を、旗野は彼女の普段とのギャップに驚くこともなく見下ろしている。同僚なので、柳沢のこの姿は見慣れているのかもしれない。

「喉が渇いてたなら、ここに来る前に飲めば良かったじゃない」

 ピッチャーにはまだ紅茶が残っているので、もう一度注いで柳沢に渡せば特に問題は無いのだが、人に渡すつもりだったものを他の人に掻っ攫われることにいい気はしない。かと言って怒るほどのことでもないけれど。この程度で怒っていたら、旗野と会話などできない。

「来る前にも一杯飲んだのですが、急に飲みたくなりまして。……あぁ、一杯というのは『たくさん』という意味ではなく――」

「そっちの意味だったら貴方の健康状態を疑うわ」

 言うまでもないことを説明されそうだったので、途中で話をぶった切った。急に喉が渇いた云々はおそらく嘘だと思うが、追及はしない。問い詰めるまで理由を知りたいわけではないし、訊いたところでどうせなんとなくとかなのだろう。今の行動に大層な理由など見出せない。

「旗野さぁ、エタノールってどこにあるか分かるー?」

「貴女も良い加減諦めなさいよ」

 奪われた本人もこのように全く気にしていないようだし、私がこれ以上何かを言うのもおかしな話である。

「エタノールとは?」

 急に何を、といった表情で旗野はこちらを見た。彼女がダイニングに来たのは、柳沢がエタノールを探し始めた後らしい。私と柳沢の話の内容はいつから聞いていたのだろうか。

「置いてある場所、教えないでね。飲もうとしてるから」

 聞かれていても大して問題はないと思うが、一応は柳沢に聞かれないように小声で話す。すると、酔った柳沢を見ても動じなかった旗野がついに呆れた声を出した。

「またですか」

「……また?」

「えぇ、前にもそういうようなことがありまして」

 今回だけではないのか……。エタノールはこの家から遠ざけた方が良いのかもしれない。いや、エタノールだけでなく摂取を推奨できないアルコール全般。

「しかし今回はまだ飲んでいないのが救いです」

 割と本気でアルコール排除計画を考える私に、旗野は事も無げにとんでもない爆弾を落としてくれた。

「え、待って。前は飲んだの?」

「流石にあの時は度肝を抜かれました」

 嘘でしょ……。

「ねぇ、はーたーのー」

 私の驚愕に気付く様子も無く、柳沢は旗野に無視されて若干不機嫌に呼び直している。

 正直、エタノールを飲むとか言っても、酔った勢いでさほど真剣には考えていないのだろうという予想があったのだが、これはいけない。本当に頭のネジが吹っ飛んでしまっているらしい。というか飲んで大丈夫だったのね……。

「旗野さーん? 聞こえてますかー?」

「聞こえていますが無視します」

「なんでぇー?」

 しかしまぁ、これは一体どう処理するべきか。柳沢を自室に放り込むのが良いのだろうが、今の彼女が素直に動いてくれるかどうか。

 私がそう思考を巡らせていることに気付いたのか、旗野は柳沢を適当にあしらいつつ、

「ご安心ください。この人、今はお嬢様が思っているほど酔っていません」

 エタノールを飲もうとしているのに、か。しかも、行動は旗野が目撃したという場面と同じである。

 何を根拠に、という顔を私はしていたのだろう。旗野は続けてこう言った。

「本当にエタノールを飲むほど酔っているときは、もっと顔が赤い上に言動も支離滅裂なので」

 それはかなりヤバい酔い方ではなかろうか。そんなものだと言われれば、お酒の知識に乏しい私は納得するしかないけれど。

「とにかく、ここはわたくしがどうにかしておきましょう」

 ピッチャーなどもこのままで良いので、と、柳沢をダイニングから押し出しながら、旗野自身も出て行こうとする。しかし全てを任せきりにするのも私の性に合わないので、

「テーブルにあるものぐらいは片付けておくわ」

 そう言うと、旗野は何故か感動した様子で、

「そうですか。実はこうなるようにわたくしが発泡酒を柳沢さんに渡したのですが、それでもお嬢様はわたくしを気遣って下さるのですね」

 聞いた瞬間、瓶やらピッチャーやらを片付ける手が、グラスを持ったところで止まった。

 二度目の爆弾投下。危うく今手に持っているものを旗野に投げつけるところである。しかし、それは流石に危ないと踏みとどまることができた。もし柳沢に当たってしまったらいけない。旗野については、どうせ避けると思うので考慮に入れなかった。むしろ旗野が避けるから柳沢が心配なのである。

「旗野……。貴女、最後の最後でとんでもないネタばらしをしてくれたわね」

 幾分か声が低くなっていたと思う。

「お楽しみいただけましたか」

「楽しめるわけないでしょう」

 このメイドは本当に人を騙すのが好きなようだ。特に私を。

 私の反応が思ったより弱くてつまらなかったのか、旗野はそれ以上からかうこと無く、今度こそ柳沢を連れてダイニングを出て行った。色々と言いたいことが私にもあったけれど、ここでわーわーと言い合うのも疲れる。黙って見送った。

 取り敢えず、テーブルを片付けていく。たとえ腹が立っていても、自分で言ってしまったことである。責任は果たすつもりだった。

 ただ。こぼれていた発泡酒を、お盆にあった、柳沢が持って来た時には見えなかったらしい布巾で拭きながら、後でこれを旗野に叩きつけてやろうとも思った。

柳沢の出番の大半が酔いどれ状態なので、彼女のキャラクターが飲んだくれみたいになってしまうのが少し心配です。普段はまともなんですよ。優しいお姉さんなんですよ。

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