ストップだ
◆
結論から言うと、わけが分からないという一言に尽きる。
駿平といろはが黒花を視界に収めると同時に黒花の方もこちらに気付いた。自転車で爆走してくる人間がいれば誰だって気がつくだろう。
しかし、驚愕したのはその後だ。
黒花が近くにいた男子二名と何事か言葉を交わしたかと思ったら男子二名は脱兎の如く逃げ出した。一方、黒花自身はその場に残り、向かってくる駿平といろはをじっと見つめている。
この黒花の行動を端的に表現するなら、『仲間を逃がした』ということになる。
自分がその場に残り、害のありそうな人間の相手をする。そして、その間に他の二人を逃がした、と。
どうして黒花がそんな行動をとるのか考える間もなく、黒花のすぐ目の前に到着する。
「黒花」
荒くなった息を整えて、駿平は黒花の名を呼ぶ。
「なに?」
悪びれる風もなく、普段と全く変わらない調子で返してくる。
どこから質問すれば良いのか分からない。
今目の前で起こった現象を聞くべきなのか、それともあの男子二名とはどういう関係なのかを先に問うべきなのか、それとも――
「黒花。今、なにしてたの?」
駿平が最初の一言を決めかねている間にいろはが行動を起こす。
纏っている雰囲気がいつもと違う。
真剣で、威圧感すら感じられる。
これは、不良時代のいろはだ。
「人生の命題ね」
だが、黒花はそんなことは気にしない。あくまでマイペースに、誤魔化そうとする。
「黒花」
「なに?」
「もう一度聞くけど、あの男子二人と、なにをしてたの?」
次、ふざけた答えを返したらビンタが飛ぶかもしれない。
「別に。話してただけ」
「話してた? なにを?」
「いろはには関係ないわ」
黒花はしれっと返答する。
「……」
「……」
真っ向から睨みあう。
いろはは鋭く、尖った目つきだ。獲物を狙う肉食獣のような、凶暴な視線を送る。
対して黒花は、無表情だからこそ不気味な怖さがある。いろはの視線にも堪えている様子は見られない。
「駿平、いろは、私からも質問よ」
奥が見えない真っ黒な瞳を向けて、黒花が問うてくる。
「どうして、ここが分かったの?」
「……」
「……」
詰まる。
ルイのおかげと答えるのは簡単だが、そう答えて良いものか。駿平やいろはをルイが監視していた時とは違う。黒花にとっては、なんの利益もないことなのだ。
「黒花、質問してるのはこっちだよ」
いろはが強引に話を戻そうとするが、
「私の質問に答えてくれないなら、私も答えない」
無表情でも機嫌が悪いのは分かる。取り付く島もない。
「……」
「……」
両者とも、沈黙する。
緊迫した空気が場を満たし、どちらも譲らないという気持ちが手に取るように分かった。放っておいたらこのまま何時間でもこの状態が続きそうだ。
これでは、埒が明かない。
駿平は睨みあう二人の間に手を差し出す。
「駿平?」
「……?」
「二人とも、ストップだ。黒花、いろはが怒ってる理由は分かるか?」
「……」
無言で首を横に振る。
「いろは、黒花がどうして答えようとしないか分かるか?」
「知らない」
ぷいっと顔を背ける。
やれやれとため息をつきつつ、提案する。
「黒花、そっちの質問にもちゃんと答えるから、こっちの質問にも答えてくれ。それいいな?」
駿平とて、内心穏やかではなかった。
これまで、散々自分たちのアタックを拒否し続けてきた黒花が、あろうことかあの男子二名を庇うような行動をとったのだ。いろはが怒るのも無理ないと思う。
ただ、それ以上に、どうしてそんなことになったのかを知りたかった。
認知症を持つ人と向き合う上では表面上に現れる症状より、それが何故起こるのかを知る必要がある。それと同じで、黒花がどうしてこんな行動に出たのか、理解したいと思った。




