奏黒花
「……疲れた」
腰を下ろして少女はうな垂れた。
無表情で棒読みだったが、本心からの言葉だろう。
「俺は前島駿平。姉がここに入居してて、割と毎日来てる。君は?」
一応、名前は康弘から聞いていたが、改めて自己紹介。
少女はゆっくりと顔を上げてお返しにと自己紹介を始める。
「奏黒花。出身は北海道。年齢は十五歳。おばあちゃんが認知症と診断されたのだけど、近くに入れる施設がなくて困ってた。ちょうど父の仕事の都合でこっちに来るっていうから一緒に来た。当分はここで住む予定。一人暮らしは不可能。以前、カレーを作ろうとして家を破壊したことがある。高校は上草第一高校に転入する。こちらでの交友関係は皆無。髪の毛の色がピンクなのはなんとなく染めたくなったから。深い理由はない。推測するのはご自由に。身長は百五十四センチ。体重は秘密。でも、そんなに重くない。バストは七十八、ウエストは――」
「ストオオオオォォップ!」
女の子にとって、明らかにトップシークレットの部類に入りそうなことをさらっと言いかけたぞこの子。
「どうして?」
しかも、自覚がない。
「いや、どうしてと言われても……。とにかく、奏さんのことはよく分かったから、自己紹介はここでストップ。それでいい?」
これ以上続けられると駿平の方が精神衛生上よろしくない。
有無を言わさぬ口調で言うと、
「……人生の命題ね」
「……」
「現世の命題?」
「言い換えなくていいから! ていうか、なにがそんなに重大な問題なの!」
強めに突っ込むと、桜色の髪を揺らして首を傾げている。
なんなんだこの子は。
「それで、奏さんは――」
「黒花」
「んん?」
「黒花でいい」
本当に、なんなんでしょうか。
苗字で呼ばれるのが嫌いという人もいるだろうから、名前で呼ぶのは構わないのだけれども、しかし、棒読みの無表情で言われると反応しにくい。ほとんど強制的に呼べと言われているような気になってしまう。
「ええと、じゃあ黒花さん?」
「さんも余計」
「……」
「ちゃんも駄目だよ?」
「うん、そうだろうね」
諦めて、名前を呼び捨てする。
「黒花」
「なに?」
駿平の人生の中で同い年の女子の名前を呼び捨てで呼んだことなどいろはを抜けば数えるほどしかない。自分で言っていて猛烈な違和感を感じるが、気にしていたら会話が進まない。
「黒花は、今日、一人で来たの?」
「違う」
「そうなんだ」
「……」
「……」
「違うわよ?」
単純明快で結構。だが普通、違うと答えたなら誰と一緒に来たとか言ってくれるものだと思うだろう。何故、質問にしか答えてくれないんだ。
「じゃあ、誰と来たの?」
「両親」
「なるほど」
「……」
「……」
「父親と母親ね」
「言われなくても分かるよ」
いや、だから、普通、そこまで答えたらグループホームに居た時、どうして一人だったのか、とか、今も一人の理由とか教えてくれても良いんじゃないかな。
「じゃあ、その一緒に来てるご両親は今どこに?」
「事務所」
「そうなんだ」
「……」
「……」
「事務所よ?」
事務所でなにをしてるんでしょうか。
「……」
会ってまだほんの数分しか経っていないが、黒花が自分達の言う『普通』からは大きくはみ出していることがよく分かった。
駿平はふうと息を吐き出し、黒花のペースに合わせて会話することにする。幸い、普段から認知症の方々を相手にしているため、コミュニケーション力はそれなりに磨かれている。合わせようと思えば簡単に合わせられる。
「そういえば、さっき黒花は上草一校に転入するって言ってたけど、それっていつから?」
「たぶん、来週」
「十五歳ってことは、学年は一年生だよね?」
「うん」
「じゃあ、もしクラス一緒になったらよろしく。俺も上草一校の一年だからさ」
笑顔で手を差し出すと、黒花は不思議そうに見つめて動かなくなる。
「握手」
駿平が言うと、「ああ、なるほど」というように黒花も手を伸ばす。
黒花の手はひんやりとしていて、少し冷たかった。




