お仕事があるので
「じゃあ、そろそろ部屋出る? 夕食の準備、するんだろ?」
「そだね。いろはちゃんが来れないならそうしよっか」
瀬名が立ち上がるのを待って、駿平は一緒に部屋を出る。
認知症を持っている人は、なにをしていたか忘れてしまうため、順序立ててモノを行えなくなるが、全てを忘れてしまうわけではない。昔していたことは身体が覚えているし、小学校の頃のことなどははっきり記憶している。誰かが次になにをすればいいのか教えれば、できることは多いのだ。
いろはが来る時は夕食作りには参加せず、三人で談笑しているのだが、駿平かいろはどちらかがいない時は出るようにしている。日中、瀬名は一人になるのだから、他の利用者とも交流をもっていた方が良い。
「ドア閉まった?」
「大丈夫」
二人で部屋を出て、グループホームの住人が集まるリビングへ向かう。
すると――
「すまんな。この姿になったからには手加減などできないのだ!」
まだやってるよ。
桜色の髪の毛をした少女、名前は黒花と言っただろうか。彼女は無表情の棒読みで、利用者たちの相手をし続けていた。
「そんな攻撃が私に通ると思うのか!」
ここまで来ると、逆に感心する。
「ねえ、あの人だれ?」
瀬名も興味を持ったのか、目をきらきらさせて尋ねてくる。
「ええと、今日からここに入ることになった方のお孫さんみたいだよ」
「へえ~」
なんだかな、と思ってふと視線を少女の方へ戻すと、一瞬、疲れた表情をしたように見えた。誰も気付いていないようなので、気のせいかとも思った。周りに陣取っている皆さんは「もっともっと」と少女に先を促している。
「……あ」
二分ほど観察していると、やはり、一瞬だったがどこか疲労感漂う表情をした。
「これは……」
駿平は少女の気持ちを察する。
認知症のある高齢者と一時間以上コミュニケーションを取るというのは精神的にかなり疲れる。認知症が進行するとほんの数十秒前に聞いたことを忘れてしまうのだ。何度も何度も同じことを繰り返し聞かれたり、聞かされたりする。駿平や康弘のように、認知症という症状を理解していて、なおかつ毎日のように接していると感覚が鈍るが、慣れないとその辛さは半端なものではない。
ため息を吐き、駿平はある行動に出る。
「姉ちゃん、今日は皆さんと食事作りしてね」
「え? あ、うん」
戸惑う瀬名をその場に残して、駿平は「もっともっと」といつまで経っても終わらない利用者のお願いに答え続けている少女の下へ行く。
「皆さん、お楽しみ中のところ申し訳ないんですが、この子にちょっとしてもらいたいお仕事があるので借りてっていいですか?」
そして、少女の横に立って、利用者に呼びかける。
すると、「おお、そうかね」「あら、大変なのね~」と満場一致でオーケーしてくれた。さすが、伊達に歳を取ってない。仕事であればしょうがないと笑顔で許可してくれる。
「ほら、行くよ」
「あの……?」
「いいから」
駿平は少女の手を引っ張ってそこから抜け出す。
そのままグループホームを出て屋上へ向かう。
屋上のドアを開けると、気持ちの良い風が出迎えてくれた。
少女をちょうど日陰になっているところまで案内して、改めて向き直る。
「えっと、いきなり連れ出してごめん。でも、疲れてるように見えたし、気晴らしも必要かなって思って」
駿平が言うと、そこで初めて意図を理解したのか、少女は肩の力を抜いた。




