もし、大切な誰かが
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ほんの数分間の再会をとてもじゃないが、嬉しいとは思えなかった。
大浦家に戻ってからも、駿平はぐったりとしていた。
「別に構わないけれど、どうして私の部屋に来ている? そのうち全裸になるぞ?」
「……」
「これは重症だな」
さすがの大浦家の女性陣も、そんな駿平に家事の訓練をさせることはなかった。
駿平は黒鳥の部屋で座り込んでいた。
「まったく。どうせならベッドに座ればいいものを……」
「……」
床に座ったまま動かない駿平に、黒鳥が気を遣うが、駿平にはそんな言葉も右から左へ素通りした。
瀬名のあの態度は、何度思い返しても瀬名本人だとは思えない。瀬名は責任感が強く、決して罪を人に押し付けたりはしない性格だ。ミスがあっても、自分がふがいないせいだと思い、酒に頼ったことすらあった。
それなのに、職員さんの事情を少しも考えようとせず、ひたすら自分の正当性を訴えてきた。最後には「駿平はわたしの味方だよね!」と対抗勢力でも作ろうかという勢いで迫ってきた。
最近、駿平の周りでいろいろな人がどんどん変っているが、あの変わり方はおかしい。いろはがグレたのだってちゃんとした理由があった。しかも、この間話した感触では根っこの部分では変わっていない。けれど、瀬名は違う。心の底から、そうだと思い込んでいる。自分は正しいのだと信じている。
心のどこかで、たとえグループホームなんてところに入ろうとも、瀬名は瀬名なんだと勝手に勘違いしていた。
あんな風に、変わってしまうなんて、思っていなかった。
「黒鳥さん」
「ん?」
会話することを諦めて、ノートパソコンに向かっていた黒鳥が驚いた表情を向けてくる。
「黒鳥さんは、もし、大切な誰かが理解不能なくらいに変わり果ててしまったとしたら、どうしますか?」
「……なかなか難しい質問だね」
そう言いつつ、黒鳥はふむ、と顎に手をあてて考え込む。
おそらくは、駿平がどうしてこんなに落ち込んでいるのか、察しているのだろう。
「……」
どんな答えがくるだろうか。
たとえ変わってしまっても、大切にしたいと思うだろうか。
それとも、見限ってしまうのだろうか。
もう一人の姉である黒鳥の回答は、駿平の指標になる気がした。
二分ほど、黒鳥は黙って、口を開く。
「分からん!」
それはもう、清々しいほどの回答放棄だった。
「分からんって……」
期待していた駿平は落胆する。
「だってなー、そんなことを聞かれても想像するしかできないだろう? そりゃ、想像上では、どんなに変わっても心の底から大切にしたいと思える人が相手なら大事にしてあげたいと思うよ? でも、そんなの自分が体験してみなきゃ分からないよ」
「……」
再び、駿平が落ち込んだのを見て、黒鳥は「でも」と付け足す。
「家族なら、話は別だけどね」
「え?」
「あ、この場合の家族っていうのは血の繋がりのあるなしは関係ない。単純に、家族だと思えるくらい大切な人かどうかって意味だよ。家族っていうのは最初から迷惑をかけて、迷惑をかけられるものだよ。相手がどんなに変わろうと、もともとがそういう関係なんだから、気にする必要なんかないだろう?」
最後に、「あれ? これだとさっきの言葉と矛盾するか?」と一人で首を傾げてみせる。
「……」
家族、か。
駿平にとっての家族というのはなかなか線引きができない。
瀬名や俊也は、もちろん、まんま家族だ。でも、目の前にいる黒鳥はどうだろうか。家族なんて思ったことは一度もないけれど、常日頃からもう一人のお姉ちゃんだと感じている。いろはだってそうだ。幼馴染というくくりは確かに存在するけれど、あるいは誰よりも互いのことを知っているのではないだろうか。そんな人間のことを家族と思ってはいけないはずがない。現在、お世話になっている大浦家の皆さんだってそうだ。赤の他人ではある。けれども、この家に居心地の良さを感じているかと聞かれれば、当然イエスと答える。第二の家、と言っても過言ではないかもしれない。
そして、その人たちが、変わってしまったら……。
「黒鳥さん」
「よし、駿平君も一緒に脱ごう!」
「シリアスな空気が台無しだ!」
「なんだ? 答えが出たような顔をしたからふざけてみただけなんだが。違ったか?」
「……」
当たってはいるけど、無性に腹が立つ。
「じゃあ、ほら、脱ぐんだ!」
「嫌ですよ!」
「じゃあ、私が脱ぐ!」
「脱がせるか!」
と、そんな駿平の言葉を無視して黒鳥はぽいぽいと服を脱ぎ始める。
今日の黒鳥は真っ黒のワンピースを着ていたので、それを脱ぐと真っ白い肌が――
「部屋に帰ります!」
自分の顔が火照っているのを感じながら、黒鳥の部屋から逃げ出す。
「……」
ドアの前でふう、と一息つく。
「家族なら、ちょっと変わっても、大切にしたいと思う」
自分に言い聞かせるように呟く。
瀬名の変貌ぶりには驚いてしまったけれど、もしかしたらなにか対応策があるかもしれない。上辺だけを見て変わってしまったと距離を取ったら、どうにもならない。いろはのことで、それはもう学んでいる。
もう一度、その場で深呼吸をして、部屋へと――
「駿平君! これが私のおっぱいだ!」
「抱きつくなっ!」
「柔らかいだろう?」
「そうですけど! やめてください!」
力ずくでなんとか振り払って、あてがわれた部屋へと戻る。
そこで、笑みを零した。
「ありがとう。黒鳥姉ちゃん」




