おさらいするよ
ゴールデンウィークに突入した。
世間では旅行だなんだとお祭り騒ぎになっているが、駿平は違う。
「こ、こんにちは」
大量に出た学校の課題をやたら勉強ができる黒鳥からサポートしてもらい、初日で全て終了させた。そのことは大浦家の皆さんは褒めてくれたものの、家事全般に関していえばまだダメだしされている。学校から解放されたことで昼も夜も関係なく料理やら掃除やら洗濯やらの指導をされている。
「大浦さん、その子は?」
「先日入所された前島さんの弟さんですよ」
が、四日目の今日だけは違った。
康弘がお姉さんの様子を見に来ないかと誘ってくれたのだ。
聞いたところによると瀬名の様子が少し変わったらしい。入所してから数日間は部屋に閉じこもってなかなか出てこないという状況が続いただけだったのだが、二日ほど前から「家に帰りたい」と言うようになったのだそうだ。夜にはグループホーム内をふらふらと動き回るような行動も見られたとのこと。
認知症の方によく見られる徘徊行為だ。どうして家に帰りたいのか、康弘さんや他の職員さんが聞いたのだが、瀬名は「よく分からない」と返答。
そこで、家族に会いたいのではないかと推測した康弘さんは絶賛家事特訓中の駿平をグループホームへと誘ったのだ。
「グループホームというのは、本来こういう施設みたいな場所じゃないからね。誤解しないように頼むよ」
「あ、はい」
それは、いつだったかに黒鳥からも説明されていた。
グループホームというのは、認知症を持つ高齢者が住まう場所なのだが、分類としては病院のような施設型ではなく、居宅の分類に入るのだ。単なる民家を改造してできものや、ぱっと見ただけではそれとは分からないような、ちょっと広めの家というものが多いとか。
康弘が管理するグループホームかみくさはマンションのような大きな建物の五階にある。駿平には名前すらよく理解できないが、他のいろいろな施設が併設されているため非常に大きい。
「認知症の方々は気持ちが落ち着ける場所にいるとあまり症状が出なくなる傾向があるからね。自分の家にいるような雰囲気を作ると良いんだよ」
康弘の説明を聞きながら、施設内を歩く。
正面玄関を入って、すぐ右に曲がると左にデイサービスという文字が映る。以前、瀬名をグループホームに入所させるか否かで悩んだ際、見学に来ている。「あまり症状が重くない人たちが集まって、日中楽しく過ごす施設」、という説明を受けた。
「駿平君、こっちだよ」
「はい」
そのデイサービスの向かいにあるエレベーターに乗り込み、五階へと向かう。
ものの数秒で五階へと到着。エレベーターから降りる。
「駿平君。家でも軽く説明したけど、もう一度、おさらいするよ」
エレベーターから降りてすぐ左。
十メートルほど先には『グループホームかみくさ』という看板がかかっている。目的地はすぐそこだ。
「グループホームは認知症があっても、身体にはそれほど……と言っても、駿平のような一般の人が言う『それほど』とは少し違うかもしれないけど、とにかく、見た目は元気そうな方が多い。でも、皆さん、認知症があるのは事実で、中には『え?』と思うような行動をしてしまう方もいる。駿平君は瀬名さんに会いにきただけだからそういった場面には遭遇しないかもしれないけど、もしも、そういう人を見つけたら、騒ぎ立てないですぐに職員に知らせて欲しい」
「ええと、その行動というのはなんですか?」
半分くらい、興味本位だった。いろいろなことを忘れてしまうという認知症の方々がどんな行動をするのか、ちょっと知りたいと思っただけだった。
でも、現実はそんなにあまくない。
康弘は、さらっと言う。さも当然のように。
「職員に知らせて欲しいレベルとなると、失禁とか、弄便とかかな。あ、ええと、分からないよね。失禁は、分かりやすく言えばお漏らしのこと、弄便というのは、便を手で触ってその辺の壁に擦り付けたりすることかな。認知症が進むと、自分が排便したのか分からなくなる方もいらっしゃってね。お尻の辺りが気持ち悪いな、と思って触るんだよ。そしたらもっと気持ち悪い感触が手に付くだろ? それをどうにかしようとどこかに擦り付けるっていうこと。
それと、誰もいないところに向かって喋っているような方がいるかもしれないけど、それは気にしなくていいよ。あと、ふらふら~っとどこへ行くわけでもなくうろうろしてるような方もそっとしておいていい。駿平君は瀬名さんに会うことだけを集中してて」
本当に、当然のように言うのだ。
ぺらぺらと、なんてことはないというように。
「けど、安心していいよ。徘徊は珍しいことじゃないけど、弄便はこのグループホームではそんなに見られる症状じゃないからね。いきなり出くわすってことはないと思う」




