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たとえ記憶が消えたって  作者: 彩坂初雪
お姉ちゃん、黒鳥
19/84

私の名前は

 嫌な予感的中。

「いやいやいやいや、ちょっと待ってください。それは黒鳥さんのご家族に迷惑でしょう。それに、黒鳥さんの家に行ったところで問題が解決するわけでは――」

「ん? だから、私の家でそういった家事全般を教えてやろうと言っているのだ。ちなみに、家族の許可なら既に取っている。心配するな」

 無駄に手際が良いですね。

「いえ、大丈夫ですから。あと、黒鳥さんと帰っても一緒とか、精神的にもたなそうなんで遠慮します」

 この人は、絶対バスタオル一枚で浴室から出てくる。その後、駿平に「現役女子中学生の裸を見たいだろう?」、とか言ってからかうのだ。そういう危険を孕んだ人だ。こんな人の家に一週間もいるとか、まだ自分の作るマズイ飯を食べてた方がマシな気がする。

 だが、そんな駿平の反発をものともしない切り札を黒鳥は持っていた。

「ああ、ついでに、君のお父上からの了承ももらってるよ?」

「ちょっと待て!」

「なんだい?」

「うちの父親とどういう繋がりがあるんだあんたは。どうしてそんなことが気軽にできる?」

 ここまでくるといくらなんでもおかしい。

 黒鳥の勝手な提案なら冗談だと流せるが、親まで巻き込めるのはどういうことなのか。黒鳥の親もオーケーしているようだし、常識的に考えて、おかしいだろう。中学生の娘がいる家庭に他人の子供、それも男を泊まらせるなんて、どうなっているんだろうか。

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「なにをです?」

「私の名前。あと、親の職業とか」

 きょとんとした様子で、黒鳥が言う。

「聞いてませんけど?」



「私の名前は大浦響子(きょうこ)。君の姉上が入るグループホームの管理者、大浦康弘の娘だよ」



 黒鳥はさらっと、なんでもないような顔でそう言った。

 不意打ちもいいところだった。

「ほら、言ってただろ? 私の父親がそういう関連の仕事をしてるって。それがグループホームの管理者ってこと」

 それは、聞き覚えがあった。

 瀬名を病院に連れて行った方が良いと助言してくれた時に、確かに聞いた。

「ま、さすがに、父から聞いた時は驚いたがね。まさか君の姉上が父の管理してるグループホームに入所することになるとは……」

 一人でうんうん頷いているが、駿平にはそんな余裕はない。

「君の父上と話がつけられたのもそういうことだ。大歓迎、というわけではなさそうだったが、君の母上が大層、うちの父を良く言っていたそうでな。大浦さんの家なら安心して預けられますと言われたよ」

「……」

 人生というのは、どこでどう狂うか分からない。

 人生というのは、どこでどんな出会いがあるのか分からない。

 そんなことを、駿平はこの年齢にして悟った。

「で、どうする? いろはちゃんの情報とかも、家に来ればゆっくり話せると思うよ? いきなりここで答えを出せとは言わないけれど、父上が帰るのはそんなに遅くないのだろう?」

 遅くないどころではない。

 瀬名の入所が決まり、そのお金も払わなければならなくなった俊也は数日後には東京へ行ってしまう。

 駿平だけの問題ではない。家事やらなにやらの勉強をしながらではとてもじゃないが瀬名の様子を見に行くことなどできないだろう。いろはのことだってそうだ。瀬名がこんなことになってしまって、気になってはいるものの、どうにかしようと思う気力さえなくなっている。

 大浦家にいれば、その問題は、解決される。瀬名の様子は大浦康弘に聞けばすぐに分かるだろうし、いろはのことも黒鳥が情報をくれるだろう。しかも今後必要になるであろう生活全般の家事スキルを見に付けさせてくれるというのだ。

 悪い話では、ない。

 駿平は大きく深呼吸をしてから、黒鳥と向かい合う。

「黒鳥さ……えと、大浦さん?」

「いや、黒鳥でいいよ。自分の名前が嫌いというわけじゃないが、いきなり呼び方を変えられると気持ち悪い」

「それじゃ、黒鳥さん」

「うん」



「俺の前で、全裸にならないのであれば、よろしくお願いします」



 黒鳥の答えは簡潔だった。



「あ、それは約束できない」


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