手に余るだろう?
手続きは滞りなく、すんなりと完了した。
家族全員で話し合った結果、瀬名はグループホームという認知症の方々が住まう施設へ入所することになった。
もちろん、瀬名は嫌がったし、駿平も俊也も心の底から賛成したわけではない。
けれど、そうするしかないのだ。
瀬名は、まず仕事をやめなければならない。そうなると、学校のある駿平と、今まで以上に稼がなければいけなくなった俊也は当然の如く日中、家にいることができない。デイサービスやホームヘルパーといった、日中、他の人に瀬名の世話をしてもらうことも考えたが、瀬名自身がそれを嫌がったのだ。
デイサービスは日中、老人たちが集まり、楽しく過ごす場所だが、そこで行われるレクリエーション等は老人向けのものだ。実際に見学にも行ったが、瀬名は「楽しくない」と一刀両断。こんな場所に行きたくないと断じた。
そして、ホームヘルパーは、家に人を入れたくないという理由で却下された。母親の遺言だったらしく、家の一切を取り仕切ってきた瀬名にとって、家族以外の人間に家の中のモノを触れられるのは我慢ならないらしい。
それならば、いっそ個室が持てる分、グループホームのような施設に入った方がマシと瀬名は言った。
「まったく、悪いこと続きだな。さすがの私もどう声をかけて良いのか分からん」
「……」
それでも、駿平は毎日学校に出ていた。
とはいえ、通常通りに、とはいかなかった。ふとした拍子に瀬名のことが思い出されてしまい、時には涙さえ出てくる始末。先生方やクラスの皆には迷惑をかけていた。
「ただ、他人事のようですまないが、不幸中の幸いだったな。君の母上がグループホームに勤めていた、ということは」
「……ですね」
現在、三時間目をサボって屋上で黒鳥と談笑している。
もともとなのか、黒鳥は授業をサボることに抵抗感がないらしく、こうして駿平に付き添うことがここ数日多かった。
日陰に陣取り、二人仲良く腰を下ろしている。
「そうでもなければすんなり入所できなかっただろう?」
「はい」
そうなのだ。
駿平の母親がグループホームに勤めていたということが今回は有利に働いた。
詳しいことは分からないが、瀬名の年齢では公共の介護保険に入ることができないのだそうだ。そのため、本来必要なはずのグループホームへの入所資格が認められていない。
しかし、母親の勤務先であった『グループホームかみくさ』の管理人、大浦康弘が事情を知ってお金さえちゃんと払ってくれればと申し出てくれたのだ。専門医に認知症だと認められていることと、お金を払うことを条件に瀬名のグループホーム入りが可能となった。
駿平はそれを、自分とは無関係のことのように見ていた。悲しんでいるはずの心が、どうしてか、上手く表へ出てこなかった。ふとした拍子に出てくることはあるのだが、しっかり泣いてもいないし、落ち込んでもいない。こうして、黒鳥と普通に会話しているのが良い例だった。自分でも少し不思議に思ったが、無視していた。
「さて、そんな駿平君に一つ提案があるのだが」
何の前置きもなく、黒鳥がそう切り出す。
「なんですか?」
顔を上げて黒鳥の表情を確認する。と、
「う……」
嫌な予感が這い上がってきた。
ニヤニヤと良からぬことを企んでいるとしか思えない表情を浮かべていた。
「まあ、アレだ。これも他人事のようで申し訳ないが、君の生活能力はゼロに等しいだろう? 現在、家にいらっしゃるお父上が東京に戻ってしまったら君は生活できなくなる」
「ゼロではないと思いますけどね」
反発してみるが、ほとんど意味がないことくらい分かってる。
黒鳥の言うように、そこが一番の問題なのだ。
家のローンや電気、ガス代の管理は父親がどうにかするとしても、駿平自身の食事や洗濯、その他もろもろのことはどうしようもないのだ。高校、大学生ならまだしも、中学生に一人暮らしなど無茶振りもいいところだ。学校の勉強だってあるし、瀬名だって放っておくわけにはいかない。父親が東京にいる以上、様子を見に行く役目は駿平になるだろう。
そんなあれこれを見透かしているように、黒鳥はニヤニヤ笑う。
こういう時、どうしてこの人が黒鳥と呼ばれているのか、改めて実感する。
「ふむ、確かにゼロというのは言いすぎかもしれんが、炊事、洗濯、掃除、育児と、君には手に余るだろう?」
「育児はありません」
駿平の突っ込みを軽く無視して黒鳥は言う。
綺麗な黒髪を手ですいて、ニヤリと笑う。
それはもう、物凄く楽しそうに、提案する。
「駿平君、一週間くらい、私の家に来ないか?」




