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それ、呪われています

江戸を舞台にした、少し怖くてよく笑う怪異ラブコメディです。

時代考証よりも、読みやすさを優先しています

「ハリマさま。それ、呪われてます」


ひとりの娘が、毅然とした顔で主人に告げた。


「へ?」


男は間の抜けた声を返した。


その手には、高価そうな絵皿が一枚載っている。


「前にも言いましたよね。安い物には手を出すなって」


「い、いや、しかし、お前……ただの皿だぞ? この前の人形とは訳が違う」


「そうですね。お皿ですね。呪われていますが」


「なぜ、そう言い切れるんだ……」


「ハリマさまは、どうしてそう毎回きっちり呪物を引いてくるんですか? そちらの方が、よほど呪われていますよ」


「だ、だって、この絵柄を見てみろ! それが十枚揃いでこの値だぞ? 普通は買うだろ?」


「はぁ……」


娘は心底あきれたように、深いため息をついた。


「この前の人形の時も、まったく同じことを言っていましたよね」


「……」


「ハリマさまは頭“だけ”は良いんですから、その変な収集癖、いい加減どうにかしてください」


「……はい」


男――播磨は、渋々と皿を木箱へ戻した。


木箱の蓋には、いつ書かれたのかも分からないほど掠れた文字が残されている。


『十枚絵皿』


娘――お菊は、その文字を指先でなぞった。


「十枚絵皿……」


しばらく木箱を見つめたあと、お菊は厳しい表情で播磨を見る。


「ハリマさま。この木箱は絶対に開けないでくださいね。嫌な予感がします」


「ええっ!? こんなに素晴らしい模様の絵皿なのに!?」


播磨はあからさまに嫌そうな顔をした。


「呪われてるって言いましたよね!」


「わ、分かったよ……」


播磨は不満そうにしながらも、木箱を紐で固く結んだ。


「できれば、それを買った店へ返してきてください。タダでもいいので」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、お菊さん! いくらなんでも、そこまでは……」


播磨は慌てて木箱を背後へ隠した。


「ふぅ……分かりました。ハリマさまがそこまでこだわるなら、こうしましょう」


お菊は播磨の机へ勝手に座ると、紙を広げて何かを書き始めた。


「これを貼っておきます」


『解放厳禁』


そう書かれた紙を、木箱の蓋へしっかりと貼り付ける。


「……」


「では、私は仕事がありますので、これで」


「……」


「何か?」


「いや……これでは中の皿を鑑賞できないなぁ、と」


「ええ。それが嫌なら、返却するしかありませんよ。むしろ、そちらをおすすめします」


「わ、分かりました……」


播磨は項垂れながら返事をした。


「では、失礼します」


「あ、ああ……」


お菊は丁寧に頭を下げると、部屋をあとにした。


ひとり残された播磨は、机の上に置かれた木箱をじっと見つめる。


「本当に呪われてるのかな……」


そして、お菊の姿が見えなくなったのを確かめると、そっと木箱へ手を伸ばした。


「私がいない時に、勝手に木箱へ触らないでくださいね」


障子の隙間から、お菊の目がぎらりと光った。


「ひぃぃぃっ! お菊さん、怖いって!」


播磨は慌てて木箱から飛び退いた。



日も暮れ始め、屋敷の行燈にも次々と火が灯されていた。


台所では、女中たちが夕餉の支度に追われている。


煮物の匂いと炊きたての飯の湯気が立ち込める中、お菊も忙しく立ち働いていた。


「お菊ちゃん。そっちの煮物、見てちょうだい」


「はーい」


年配の女中に声を掛けられ、お菊は鍋の前へ移動する。


蓋を開けて中を確かめ、煮崩れしないよう手際よく鍋を動かした。


「ご隠居様の分を運んできますね」


別の女中から声が飛ぶ。


「お願い! お菊ちゃんは播磨様のところへ持っていってね!」


「分かりました」


お菊は播磨のために用意された御膳を持ち、屋敷の奥へと向かった。


     ※


「失礼します。お食事の用意が整いました」


お菊は部屋の前で廊下に座り、障子の向こうへ丁寧に声を掛けた。


「っ! わ、分かった! そ、そこに置いておいてくれ!」


中から返ってきたのは、明らかに慌てた播磨の声だった。


お菊の眉がぴくりと動く。


次の瞬間――


バンッ!


「うわぁっ!」


お菊は一切ためらうことなく、勢いよく障子を開いた。


「何をしているんです? ハリマさま」


「お、お、お、お前!」


播磨は机の上にあった何かを、慌てて懐へ隠した。


「主人の部屋を、か、勝手に開けるな!」


いかにも今思いついたような言葉だった。


お菊は御膳を持ったまま、にこりと笑う。


「何をしているのか、と聞いているんですが?」


「べ、別に何も!」


お菊は笑顔を崩さず、空いた手を差し出した。


「……?」


「懐にしまった物を、こちらへ」


播磨の肩がびくりと揺れた。


「ち、違うんだ! これは……」


「さあ、こちらに」


笑顔は微動だにしない。


しばらく抵抗していた播磨だったが、やがて観念したように肩を落とした。


そして懐から一枚の紙を取り出し、お菊の手へ載せる。


『解放厳禁』


紙には、そう書かれていた。


しかし、先ほどお菊が書いたものとは、微妙に筆跡が違っている。


「まあ!」


お菊はさらに笑みを深めた。


「筆跡まで私の字に似せて! 私に隠れてこっそり木箱を開けるために、随分と必死なんですね!」


「ち、違うんだ! 私は万が一、紙が破れた時のために予備を――」


お菊は何も答えなかった。


黙って立ち上がると、そのまま部屋を出ていく。


御膳も一緒に持ったまま。


「……お菊?」


お菊は廊下を歩きながら、台所へ向かって大きな声を上げた。


「播磨様は、晩御飯はいらないそうでーす!」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」


播磨は慌てて廊下へ飛び出した。


しかし、そこにお菊の姿はもうなかった。


     ※


その夜。


屋敷の者たちが寝静まった頃、播磨は空腹に耐えかねて目を覚ました。


「腹減った……」


夕餉を取り上げられてから、何も口にしていない。


布団の中でしばらく我慢していたものの、腹の虫は遠慮なく鳴き続けていた。


「仕方ない。台所で何か探すか……」


播磨はそっと部屋を抜け出した。


誰にも見つからないよう足音を忍ばせ、暗い廊下を進んでいく。


ところが、昨晩お菊に御膳を下げられた辺りまで来たところで、播磨は足を止めた。


廊下の隅に、一枚の皿が置かれている。


その上には、握り飯が二つ載せられていた。


「……」


播磨は辺りを見回した。


当然、誰の姿もない。


それでも、これを用意したのが誰なのかはすぐに分かった。


播磨は皿の前へしゃがむと、握り飯を一つ手に取った。


「まったく……」


小さく笑い、そのまま一口かじる。


「美味い」


夜の静かな廊下で、播磨はお菊の握った飯をゆっくりと味わった。



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