28.逃亡 王太子殿下視点
私が19歳の時に、私の第一子であるアレクシ第一王子が生まれた。
ジネットが子供を出産するまでの間、私は父親としてジネットのもとを毎日訪れた。
その癖、ジネットはいつも傲慢で一方的な会話しかしないから疲れてしまうとアンネに愚痴をこぼしていた。
そんな私をアンネは嫌な顔ひとつせずに、いつも「リオ様がお側にいてくださるので、幸せです。」と嬉しそうに話してくれていた。
ジネットも毎日私が様子を見ることに満足をしていたようで、相変わらずの傲慢さはあるが、暗殺などの過激な行動もしていなかった。
ジネットのお腹が大きくなっても、私は自分の子供に対する嫌悪が変わる事はなかった。
愛するアンネを殺そうとしたジネットが憎い。
子供に罪は無いのに私とジネットの子供だという理由だけで、気持ちが悪くて仕方がない。
それでも、愛するアンネと一緒にいられる今までに無く平和で幸せな日々だった。
生まれた子供を見たら、自分の考えも変わるかと思ったが、ジネットそっくりの我が子を、更に気持ちが悪いと思うようになった。
我が子の誕生を喜ぶ気持ちには全くなれず、ようやくアンネとの間に子供を作れるという事を喜んだ。
「ご自分を責めないでくださいませ。リオ様。子供の為にここまで悩まれていて、十分立派な父親です。」
アンネはいつも優しく、とにかく愛おしい。
アンネさえいれば、他には何もいらない。
ジネットはアレクシ第一王子には、興味を示さなかった。
子供が生まれたら私が夜に来るようになると思ってたようで、夜に来ないことを怒った。
アレクシ第一王子誕生から2ヶ月が経ち、トリスタンが毒殺された。
トリスタンの死は悲しくて、申し訳ない気持ちが大きかったが、あんなに取り乱したアンネを見るのは初めてだった。
最初は現実を受け入れられなかった彼女は、トリスタンが死んだのだと受け入れると、自分が死ねば良かったと言い、そんなアンネを見るのが何より辛かった。
トリスタンがアンネに2人で逃げて平民になろうと言っていた事があると、初めて知った。
その時、アンネが逃げていたらトリスタンは死ななかったと思うと、申し訳なかった。
私はアンネにどれだけ辛い想いをさせるのだろう。
何度アンネを苦しめても、私はアンネを逃さない。
アンネがいない人生など考えられない。
それからアンネは食事も喉を通らず、体調を崩すようになり、トリスタンを思い出しては泣き、何度も吐いた。
『自分のせいでトリスタンが死んだ。』、『また自分のせいで誰かが死ぬのではないか。』と、アンネは自分自身を責めて苦しんでいた。
私はアンネに
「もう2度とこのような事は起こさない。」
と言ったが、自分でも説得力の無い言葉だなと感じていた。
私はもう何度も深くアンネを傷つけてきたのだから。
ジネットの指示でトリスタンが死んだのではと強く疑ったが、またもや勝ち誇ったように「証拠がありませんわ。」とジネットに言われて、殺意が湧いた。
トリスタンの死から2週間が経ち、少しでもアンネの気が紛れればと思い、デートに連れ出した。
久しぶりに見るアンネの笑顔は、驚くほど美しくて、可愛くて、見惚れてしまった。
あまりに嬉しくて涙が出て、デートに連れ出して良かったと浮かれた。
アンネの体調が悪くて辛そうにしているので、「無理はしなくていい」と言い、予定より早く帰り始めた。
体調が悪いのに連れ出して申し訳なかったと思いつつ、久しぶりにアンネの笑顔が見れた事に満足していた。
馬車に乗り込もうとアンネをエスコートしながら歩いてると、おもむろにアンネが私から離れて1人で歩き始めた。
こんな事は初めてで、どこへ行こうとしてるのかと不思議に思いながら
「…アンネ?」
と声をかけるが反応は無い。
次の瞬間、アンネの進行方向に馬車が近づいてきているのに気がついた。
「アンネリーナ様!」
「アンネ!止まれ!」
ロランと私が叫んだのは、ほとんど同時だった。
私は走り出した。
アンネが馬車に轢かれる瞬間は、時が止まったかのような錯覚に陥った。
アンネが私から離れて、馬車に轢かれるまでの間は、5秒も無いであろう一瞬の出来事だった。
馬車に乗っていた貴族は私の姿を見るなり平謝りしてきたが、飛び出したのはこちらなので、逆に「こちらこそ、申し訳ない」と謝った。
馬車にそこまでの速度は出ていなかった事が幸いして、医師の診断では命に別状は無いと言われて、心底安心した。
それでも、アンネが自ら死のうとした事に対するショックは大きかった。
「アンネリーナ王太子妃殿下のお命に別状は無いのですが…、強い衝撃でお腹のお子様は流れてしまうと思われます。」
「…お腹の…子?」
何を言われているのか、理解ができなかった。
侍女が
「アンネリーナ様がご気分が優れないのは、トリスタン様が亡くなったからだとずっと思っていたのです。月のものが来ていないのも、強いストレスのせいかと。」
私もアンネの体調不良は、トリスタンを失ったショックによるものだと、ずっと思っていた。
「でも、ここまで月のものが遅れて、吐き気が続くのではご懐妊されてるのでは無いかと思い、医師に診てもらおうとしていたところなのです。もっと早くに医師に診てもらえば変わっていたかもしれないのに、大変申し訳ございません。」
「いや、私も気がつかなかったのだ。自分を責めるな。それに、まさかアンネが自ら死のうとするとは思わなかった。」
本当にアンネが自ら死のうとする事を予想できなかっただろうか。
アンネは自分が死ねば良かったと言っていた。
眠っているアンネのお腹にそっと手を当てる。
ジネットとの子供の時は、一度もお腹に手を当てた事は無かったのに、アンネの子供だと思うと自然と触っていた。
お腹に触れた瞬間に、愛おしい気持ちが溢れる。
もう死んでしまっているであろう、愛おしい我が子を想い、泣いた。
涙が止まらない。
「アンネに子供ができた事は、他言無用だ。お腹に子供がいる事を知れば、アンネは我が子を殺してしまったと自分を責める。」
この時、私は判断を間違えたのだろうか。
アンネにお腹の子の事を言えば、逃げないでいてくれただろうか。
命に別状は無いと言われていても、アンネが目覚めるまで私は不安で仕方がなかった。
お腹の子供も、奇跡的に生きてくれているように、心から願った。
目覚めたアンネは泣きながら謝ったが、私も泣きながらアンネが生きてくれている事を喜んで、死なないように懇願した。
アンネは死のうと思っていたわけでは無いのに、衝動的になって馬車に轢かれたと言っていた。
アンネの傷は痛々しかったが、徐々に回復してきて、カウンセリングも受けるようになった。
アンネの生理が始まらない事から、もしかして子供が生きてくれているのではないかと期待が膨らんだ。
でも、既に亡くなっていたら、アンネを悲しませるだけだと思い、子供のことを伝える事はできなかった。
アンネを抱きしめる。
お腹の子も、アンネも心から愛おしい。
どちらも失いたくないと強く思う。
「愛してる、アンネ。」
「私も愛しています、リオ様。」
抱きしめながらキスをすると、これ以上無い幸福に包まれる。
ふと、アンネが泣いているのに気がつく。
どうして泣いているのかと聞くと
「幸せすぎて泣いてるのです。私はリオ様に出会えて、愛されて幸せなのです。」
と言われた。
言葉とは裏腹に悲しそうに泣くアンネを抱きしめる。
「私もアンネに会えて、愛してもらうことができて幸せだ。」
珍しくアンネからキスをしてきて、「抱いてくださいませ、リオ様。」と言ってきた。
私からでは無くアンネから求められたのは初めてで、私は舞い上がった。
トリスタンの死から1ヶ月近く、ずっと塞ぎ込んでいるアンネを、一度も抱いていなかった。
体調の悪いアンネを抱くのを我慢していた。
自殺未遂の傷もまだ完全には治っていない、体調も優れないアンネを抱くのは憚られて「しかし…アンネの体調は…」と言うと、またキスをされた。
「愛しています、リオ様。あなたとひとつになりたいのです。」
今度は深くキスをされて、ずっと我慢していた私の理性は一瞬にして飛んだ。
「アンネっ。愛してる。」
お腹に愛おしい私の子供がいるアンネを、優しく抱いた。
これ以上無いくらい最高に幸せだった。
自殺未遂から2週間が経っても子供が流れていない事に、お腹の子供は生きていてくれているのでは無いかと思うようになってきていた。
医師に相談してから、アンネにも子供のことを伝えようと思った。
次の日、突然アンネが姿を消した。
会議が終わり、アンネの部屋へ行くと、アンネがいない。
部屋はいつも通りで、部屋の前の扉にはいつも通りロランが護衛していたのに、アンネだけがいないのだ。
すぐにロランを問いただすと、「大変申し訳ございません、アンネリーナ王太子妃殿下逃亡の助力を致しました。裁きはいかようにも受けます。」
と言われて、頭を打たれたような衝撃を受けた。
「アンネはどこに行った!?」
「それは…分かりません。」
「分からないだと!?分からぬわけが無いだろう!」
すぐに他の護衛を呼び、「アンネを探せ!徹底的にだ!ロランを拘束しろ!」と命じた。
アンネは見つからず、気持ちばかりが焦る。
見つかったのはアンネが私と、家族、ロラン、友人へ向けで書いた手紙のみだった。
私の下を去ることが、申し訳ないが、私のことを愛している。
これ以上誰かを死なせたくない。
私の幸せを願ってる。
ロランの事は罪に問わないで欲しい。
と手紙に書かれていて、涙が止まらなかった。
体調の悪いアンネはそう遠くへは行けないはずだ。
絶対に見つかると自分に言い聞かす。
アンネが国外に行かないように、国境警備隊に命じた。
なぜ逃亡した?
いや、むしろ逃げたく無い方が不思議なくらいだ。
私はどこまでアンネを苦しめるのだろう。
程なくして、シルヴァンが失踪していると報告を受けた。
「シルヴァン。。」
どうしようもない怒りと、悲しみに襲われた。
私も身分などいらないから、アンネのそばにいたい。
アンネはシルヴァンを愛している。
シルヴァンもアンネを愛している。
結局、アンネはシルヴァンを選ぶのか。
湧き上がる激しい嫉妬。
私がいなければ、アンネはこんなに何度も酷く苦しむこともなく、シルヴァンとずっと幸せに過ごすことができていたのだろうか。
少しでも手掛かりをと思い、牢屋に入れられているロランに会った。
「なぜ、アンネの逃亡を手助けした。」
「アンネリーナ様のお命を救うためです。私は何としてでも、アンネリーナ様をお守りしたかったのです。」
そう言うロランを、私はこれ以上責めることができなかった。
私の側にいたら、アンネはまた傷ついて、今度こそ死んでしてしまっていたかもしれないと思う。
生きてさえいてくれればいい。
頭の片隅で、そう思うことができた。
「ジネット王太子妃殿下もアンネリーナ王太子妃殿下逃亡の手助けをしました。ジネット王太子妃殿下が、シルヴァン様に『アンネリーナ様が大切であるならば、2人で逃げるべき、今度こそアンネリーナ様が死ぬ』と人伝に伝えたのです。シルヴァン様は、私にその事を伝えて、私は逃亡の手助けをしました。」
…ジネット、どこまでも忌々しい女だ。
幽閉されていても尚、暗躍している。
「ようやく売春婦が王宮からいなくなったのですね。嬉しいことですわ。私は逃げたがってる人を逃してあげただけなのですから、何も悪くはありませんわ。それよりも、これで心置きなくリオネル様と一緒に過ごせますね。」
と喜んでいるジネットを殴らなかった自分を褒めたいくらいだ。
それからしばらくして、ジネットについていた侍女から尋問の結果、トリスタン毒殺への関与の証言を得ることができた。
チャムリー伯爵は侍女を介してジネットの手先として動く代わりに、アレクシ第一王子とチャムリー伯爵家の間もない令嬢の婚約を認めるとの契約書が出てきた。
トリスタン殺害への関与の証拠も出て、チャムリー伯爵家は爵位を返上して平民となった。
流石に、父もジネットへの監視を強くして、二度と暗殺を企てたりできないようにした。
アレクシ第一王子がジネットといる事は悪影響しか無かったので、アレクシ第一王子はジネットと離れて暮らすようになった。
ジネットの父親であるスタンリー公爵がアレクシ第一王子を育てたいと申し出たので、アレクシ第一王子はスタンリー公爵家に住むことになった。
それ以降、私がジネットに会う事は二度となかった。
しかし、私の側妃のアンネは失踪、正妃のジネットは幽閉で、私の妃が実質的にいなくなり、貴族達は私の寵愛を得ようと躍起になった。
気に入られようとする令嬢達、娘を売り込もうと必死な貴族達のことは、鬱陶しく思うばかりだった。
私はアンネ以外誰も愛せないと言うのに、一夜の遊びだけでもいいと迫られても気持ちが悪いだけだ。
もちろん、アンネ以外誰にも興味を抱かなかったし、誰1人として私が相手にすることもなかった。
国中を探したが、アンネの行方は一向に分からず、時間ばかり過ぎる。
アンネの美貌はとても目立つのに見つからないのは、この国にはいないからでは無いだろうか。
捜索範囲を国外まで広げたが、なかなか見つからない。
アンネのいない日々は耐えられない。
「ニコラ、ロラン、私はアンネを手に入れて、2度と傷つけないだけの力が欲しい。協力しろ。」
私はこれ以上無いくらい優秀な2人に協力を依頼し、武力と外交を駆使して、もともと敵対していた周辺諸国を我が国の支配下に置き、国内の政治も改革して、産業も活発化させ、国は一気に豊かになった。
支配下に置いた国には、今まで通り自国の国王による統治を認めつつ、その国の政治の改革もして、支配下に置かれた国も豊かになっていった。
とにかくアンネと、アンネと私の子供に会いたい。
必ず見つける。
アンネが馬車に轢かれる瞬間の夢を見ては、アンネは生きているのかと不安に思った。
私を愛してると幸せそうに微笑むアンネ、私と愛し合う淫らなアンネの夢を見ると、幸せな気持ちになった。
シルヴァンとアンネが結ばれる夢を見ると、嫉妬で狂いそうになった。
今頃アンネはシルヴァンと…と考えると、胸が張り裂けそうに痛い。
この手にアンネと、アンネと私の子供を抱きしめたい。
アンネさえいれば他には何もいらないのに、アンネだけが手に入らない。
父も、スタンリー公爵家も、私に意見を言えなくなるくらいまで、力をつけた。
ニコラは宰相に、ロランは将軍になった。
ジネットそっくりのアレクシ第一王子に父親として接しようとする度に、ジネットの事を思い出して、酷い嫌悪感に襲われた。
相手は罪のない自分の子供だと分かっているのに、嫌悪感しか抱くことができないでいた。
まだ見たことすら無い、生きているかも分からないアンネと私の子供は愛おしくて、会いたくて堪らないのに。
アンネの逃亡からあと2ヶ月で4年が経つ頃、その知らせは突然やってきた。
「アンネリーナ王太子妃殿下が、シーモア王国で見つかりました。」
「それは誠か!?」
「はい、シーモア王国ではエマという偽名を使っていますが、アンネリーナ王太子妃殿下で間違いがありません。シルヴァン様もモリスという偽名で一緒におります。」
アンネとシルヴァンは会社を設立し、今では巨大な事業をいくつも手がけているらしい。
改めてアンネの優秀さを実感した。
アンネの功績、一目見たら忘れない美貌はシーモア王国で有名になったことにより、遠く離れた我が国でもアンネの所在を知る事ができた。
「アンネリーナ王太子妃殿下には3歳5ヶ月の男の子と、1歳6ヶ月の女の子がおりますが、3歳5ヶ月の男の子は時期からしてリオネル王太子殿下のお子様で間違いありません。アレクシ第一王子殿下は4歳3ヶ月ですので、10ヶ月歳の離れた腹違いの兄弟となります。1歳6ヶ月の女の子は、シルヴァン様との子でしょう。」
私とアンネの子供が元気に成長してくれている事を、心の底から喜んだ。
シルヴァンとの間に子供がいる事に、嫉妬したが、アンネの子供なら可愛いだろうと思った。
「シーモア王国では、アンネリーナ王太子妃殿下とシルヴァン様は、仲のいいおしどり夫婦で、理想の夫婦だと有名なようです。特にアンネリーナ王太子妃殿下は、絶世の美女と評判で、あちらの王太子殿下ですら、シルヴァン様と離縁させて側妃にと望んでいるようです。アンネリーナ王太子妃殿下がシルヴァン様と離縁をしたくないと言って、王太子殿下の求婚を断り続けているのは、あちらでは有名な話だとか。」
シーモア王国の王太子がアンネリーナを望んでると聞いて、焦りが出てくる。
大至急、アレクシ王国へ親書を送り、お忍びで訪問したい事を伝えた。
その返事を待つ暇も惜しんで出立の準備をして、返事が来る前に出立した。
私が不在でも大丈夫なように仕事をして、ニコラとロランをはじめとした非常に優秀な臣下に不在の間の指示を出した。
一刻も早くアンネに会いたい。
シーモア王国へ向かっている途中で、シーモア王国はリオネル王太子殿下を歓迎するとの返事を受け取った。
ついにアンネと、アンネと私の子供に会える。
その一心で私は、アンネに会いにシーモア王国へ馬に乗り、駆け抜け、シーモア王国へ向かった。
シーモア王国へはどんなに馬を飛ばして急いでも片道1カ月かかり、一刻も早くアンネに会いたいというはやる気持ちを抑えられない。
シルヴァンを愛するアンネに、嫌がられたらと思うと、怖い。
でも、アンネがどんなに嫌がり、私から逃げようとしても、愛するアンネを逃してあげられない。




