二人目の勇者(2)
ミリアは風呂に入ることになった。
彼女は食事も資料室でとっていたらしい。
一週間ぶりに中へ入る、と言っていたセナは、扉を開けるなり悲鳴を上げた。
これから寮の一員になる身として放っておけず、私はミリアが使った大量の食器を引き受けた。
セナは掃除のために別館に残り、私とガレウスは食堂へ移動した。
しばらく食器を洗い、洗い終えた頃にミリアが食堂に入ってきた。
服装がフード付きのパーカーに変わっている。髪も少しだけ湿っていた。
「洗ってくれたんだ、ありがと」
彼女はキッチンに立つ私を見てそういうと中央のテーブルに座った。
「…そのおっさん誰なの、用があるのはフランだけなんだけど」
端に座るガレウスを見る彼女の目は、先ほどの件もあってかなり冷たい。
「お前もまだ名乗ってないだろ。今のところ盗み聞きしてた臭い女としか思われてないぞ」
「ッ臭い臭い言うな!もう風呂に入ったんだから臭くない!」
ミリアが小柄なのもあって私には子供がいじめられてるように見えた、いたたまれなくなり口を挟む。
「この人は私の教育係のガレウスさんよ、昔は勇者パーティに所属していたらしいわ」ミリアの目の色が変わった。
「ガレウスって【不落】の?」
「そうだ、だからハインツを敬うなら俺も敬うべきだ」
にやにやしてガレウスが言った。なんて大人げない人なんだ。
「ガレウスさん、話が進まないので静かにしていて下さい」
少し場が静かになった。ミリアの前に座る。
「ミリアよ、いろいろ盗み聞きしてごめん。これからよろしく」
「こちらこそ」
じゃあ、と言って彼女はノートを広げた。
「本題に入るよ、なんでもいいから、フランのお父さんと師匠について教えて」
きらきらとした視線を向けられた。
無神経ともとれる彼女の態度が、私にはひたすら純粋で綺麗なものに感じられた。
ただ話せることが特にないのは変わらない、心苦しく思いながら父が8歳の時に死んだこと、ハインツさんは現役の時の話をしてくれなかった事を伝えた。
「そういうのは良いよ、多分私のほうが詳しいし」
彼女は何でもないことのように言った。
「好きなものとか、口癖とか、日課とかそういうのが知りたいの」
「そんなことが歴史と関係あるの?」
私がそう言うと、ミリアは一瞬きょとんとした顔をした。
それから何かに気づいたように小さく笑う。
「……あぁ、そっか。セナ姉がそう言ったんだ」
納得したようにうなずいた。
「セナ姉は誤解してるんだよ。私は歴史が好きなんじゃなくて歴史の穴埋めが好きなの」
「これまでやたら機密機密うるさかったでしょ。この国ってそういうのが多いの、で、皆が忘れた頃にこっそり記録を書き換えたり消したりしてるの」
陰謀論めいたセリフだが苦も無く受け止められた。
書類をサインしたとき、勇者のレベルについて国が嘘をついている事を知った。なら他に嘘をついていても別におかしくはない。
「私はその嘘を暴くのが好き、フランのお父さんの性格とか好きなものとかがわかれば記録の矛盾とかにも気づけるかもでしょ」
なるほど、と私がうなずくと、ミリアは得意げに鼻を鳴らした。
どうやら彼女にとって歴史は、出来事の記録ではなく謎解きの材料らしい。
だからこんなにも楽しそうなのだろう。
少し変わっているが嫌な感じはしなかった。
私は知っていることを一通り話した。日課や口癖、好物はもちろん、母への惚気や笑っちゃうような失敗談まで。ミリアは偶に吹き出しながら夢中でノートを埋めた。
昼頃になると、掃除を終えたセナが疲れた様子で合流した。
寮の案内の続きを済ませ、荷ほどきをしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。
気がつけば、もう就寝の時間だった。
勇者寮は2階と3階で女子と男子が分かれているそうで、私は2階の一室を割り当てられた。部屋数に余裕があるため個室だった。
月明りを背にして私は部屋を出た。
新しい環境に気が高ぶって眠れなかった。喉の渇きに促され、なるべく音を立てないように階段を下りる。
食堂に明りがついていた。油と香辛料の食欲をそそる匂いが漂っている。
コンロの前に少年が立っていた。朝にすれ違った、セナがカイと呼んでいた少年だ。
火にかけられたフライパンに大きな肉がのっている。
今帰ってきたばかりなのだろう。
軽く会釈をしてコップで水を汲む。余計な衝突は避けたかった。
カイが脈絡なく会話を始めた。
「俺とミリアは今年から勇者になった」
意図が分からず、とりあえず相槌を打つ。
「勇者候補から勇者になるのに試験はない、確認があるだけだ」
「すべての秘密を知らされた後に、勇者になるかどうか聞かれる」
フライパンを返しながら、淡々と続ける。
「あと二人、勇者になるはずだった」
勇者候補の選抜は8歳で受ける。それから7年訓練に明け暮れる。
それでも二人が諦めた。よほど碌でもない秘密なのだろう。
油が跳ねる音だけが響いている。
「【豊穣の勇者】が穀物地帯を解放するまで、勇者は今の倍くらいいた」
「飢饉の中で食うに困った子供が選抜に集められていたからだ」
少し間が置かれる。
「セナ姉もそうだった」
沈黙が続く。
「何が言いたいの?」
カイの目が細められた。
「あの人たちは使命を持っていた」
「選抜で落ちて、飢えて死んだ子供の代わりに」
カイは火を止め、ステーキを皿に移した。
「俺たちは恵まれたガキだ」
「使命の代わりに覚悟がいる」
瞳の中に非難するような怒りがあった。
「俺の同期には、憧れだけで来たやつが何人もいた」
「そういうやつは大体、途中で消える」
私は猛烈に反論をした、したと思う。
頭に血が上りすぎていていまいち釈然としない。
気付けばベットで天井を見ていた。
先週レオンと私闘をした。
彼のことが気にくわなかったからだ。
本当に、それだけだったのか。
8歳のころ、母に選抜に出ることを止められた。
私はどうしても諦められなくて、父の遺書にしたがって必死に努力してきた。
あの頃、どうして勇者になりたかったのか、うまく思い出せない。
目を閉じる。
カイの言葉が、頭の奥に残っていた。
覚悟がいる。
そんなことは知っている。




