第76話 神殺し
「人使いが荒いでござるな」
北館の避難誘導を終えたシャドウのもとに届いた1通のメッセージ。確かに潜入していたエクステラの前でその能力を使っていたとはいえ、人間とティアマト、あまりにも質量が違いすぎる。はっきり言って成功するかもわからない。
「とはいえ、裏稼業をするよりかは気が楽でござるよ」
セラフィムが堕天使とティアマトの二大巨頭を抑えているこの状況。ヘイトを向けられていない自分らが目立つことなく動くには都合が良い。モンスターの死骸に隠れながら、できる限り近づき、作戦開始の時まで息を潜める。それは中央館の人命救助を行っていたサキやバリケードを守っていたEX-04たちも同じであった。全員が定位置に着いたところで、仕込みを終えたエクステラがひかりちゃんと合流する。
「ひかりちゃん、メッセージで伝えた通り、この作戦には奇しくも100年前と同じくEX-00とEX-01、二人の力が必要よ」
犠牲となった少女のことは『評議会』によって隠ぺいされたものの、朝鮮半島を消し炭にした事件そのものはダンジョン崩壊現象の悲惨さを伝えるものとして、100年間語られ続けてきた。その当時の記憶を失っているとはいえ、その事件を引き起こした当事者の一人であるひかりちゃんにとって、もう一度同じことをさせられるかもしれないという恐怖心はぬぐい切れないものだろう。
「はい、わかっています。だけど、カケルお兄ちゃんやアスカお姉ちゃんを守ることができるなら、この力を使ってください」
ひかりちゃんが剣の形態に変化し、それをエクステラが拾い上げる。本来、波長の合う人間しか扱えないEXナンバーだが、ステラの【浸食】によるハッキングで誤魔化しがきく。EX-08も剣形態に戻し、意識もステラに切り替える。
「作戦開始!」
「まずは拙者からでござるな!」
誰も気づかれずにティアマトの足元近くまでシャドウを素早く印を結び、術を発動する。それはみみみの目の前からサクラを祭壇まで移動させた影による輸送術。どっぷりと足元に広がる沼のような影に足を囚われたティアマトが近くにいたシャドウを見つけ、握りつぶそうとするも、セラフィムの剣技によって阻まれる。
「お前たちの相手はこの私だ!」
「その者は敵だぞ!」
「呉越同舟。初めて聞いたときはあり得ぬと思ったが、こういうことを言うのだろうな」
堕天使の指摘を一蹴し、ティアマトの腕を切り落とす。無論、すぐさま腕が再生するがシャドウの術が冠水するまでの時間は稼げる。ずぶずぶと沈んだティアマトの転移先は避難が完了した北館であった。陥没していた地面に埋め込まれていない分、その巨大さはひときわ目立つ。
「その程度の距離、何も変わらぬではないか」
「いいえ、変わるわ」「今度は私たちの出番です」
ステラによって二振りのEX-01がティアマトの背後にある空間を次元ごと十字に切り裂き、巨大なワープホールを出現させる。それは堕天使が移動する際にやっていた真似事。次元を裂くことができるステラとEX-01の組み合わせなら、疑似再現できる可能性は低いながらもあった。
(ステラ、後は任せろ)
人格をステラから信二に交代すると同時にEX-08をEX-02の銃形態に移行、それと同時にティアマトとその背後にあるワープホールに標準を定めて狙い撃つ。
「その程度の攻撃、いまさら何を!」
「【接続】発動」
ワープホールに向かった弾丸が事前に地面に埋め込んでおいた銃弾によって空中で固定。そして、その弾丸に引っ張られるかのようにティアマトが後ずさる。それに抵抗しようとティアマトだが、防衛に回っていたEX-04が地面に向けて己の力を放出する。
「儂の異能、【斥力】最大出力じゃ」
普段は防御に回している斥力の対象を地面に向けて、ティアマトと地面を反発。摩擦を実質ゼロにする。踏ん張ることができず背後にある弾丸に向かって滑っていくティアマト。ダメ押しと言わんばかりにサキがツタで作った巨大な拳で押し込んでいく。
「ぐううう、止められぬ……」
「何を考えているか分からないが、お前たちの好きなようにはさせるか!」
「堕天使、お前の相手は私だ!」
ティアマトを援護しようと背中を見せた堕天使をセラフィムが左半身を消し飛ばす。だが、右半身に有った本体がティアマトを見捨て、すぐさま手にしている剣でワープホールを作り出して逃げ出す。
「また逃げられたか」
「でもあれだけの重傷ならそう簡単には動けないはず。奴との決戦はしかるべき時に。今はティアマトが優先よ」
ステラたちによって作られたワープホールに押し込まれたティアマトが見た光景はどこかの南の島のようなサンサンと輝くビーチ。青い海には元気よく魚が飛び跳ね、海鳥がそれらを狙っているかのように空を飛んでいる。
「場所を変えたところで無意味よ。我を倒すことはで……」
ティアマトの言葉が詰まる。そう、目の前にいる魚も鳥からも生命エネルギーを吸収することができないのだ。さらに範囲を広げても吸収できる様子はない。
「何がどうなっている?」
「ここはダンジョンと呼ばれる異世界の中よ」
「ダンジョン……? 異世界だと??」
ティアマトの脳内に?マークが浮かび上がる。それは無理もない話だ。ダンジョンが出現したのは150年近く前、ティアマトから見れば遥か未来に出現したものなのだから、知る由は無い。
「ここにいる生物はダンジョンによって作られた生命体。貴女が生み出した生命じゃないわ。そして、ダンジョン内から異能や魔法で現実世界に干渉することは出来ない。つまり、このダンジョン内にいる限り、エナジードレインを行うことは出来ない=不死じゃないってことよ!」
「甘く見られたものだな、私はいくらでも我が子を生み出すことができるぞ」
ティアマトは自身の権能を使い、一瞬にして軽く100は超えるモンスター、いやさらに増え続けていく。浜辺を埋め尽くさんとばかりのモンスターたちに対峙するのは人型形態に戻ったひかりちゃんを含め数名のメンバーたち。だが、ひるむことなく目の前にいるモンスターに果敢に攻め込む。
「作戦通り、ティアマトは子供たちを出して不死性を継続したわ。本作戦は2ndフェーズに移行。決して海に向けて攻撃しないように注意して」
「これだけの数、適当に攻撃しても敵に当たるでござるよ」
「そうですよ」
シャドウが巨人たちの背後に回りこんでからの一刺し、怯んでいる間にひかりちゃんがその首を落とす。エクステラがガトリング砲で蹴散らし、撃ち漏らした敵をサキがヤシの木を操ってココナッツを砲弾のように飛ばしながら援護。相手からの反撃はEX-04が斥力フィールドを張って援護する。即席にもかかわらず、まるで何年もやって来たかのような連携だ。
「人もどきよ、持久戦にもつれ込むつもりか。だが、神と人。どちらが先に疲弊するかは明らかだ」
「そう言う割には何かに期待しているように見えるな」
「異星人、貴様……」
「ふっ、ただの独り言だ。気にしないでくれ」
「……世迷言を」
ティアマトが空中に描いた魔法陣から飛び出してくる魔法を、同じ量だけの魔法陣を描いて迎え撃つセラフィム。一見すれば、セラフィムがティアマトを抑えているように見えるが、逆もまた然り。エクステラたちの援護に回る余裕をなくすほどにはティアマトの攻撃は苛烈を増していた。
「覚悟はしていたけど、数が減るどころか増える一方ね」
「終わりの無い行進をしている気分じゃわい」
「策はあるでござろうな」
となれば、限界が先に来るのは数で押されながらも、ワープホールを守りながら戦っているエクステラたちだ。セラフィムが致命傷を負わせると周りのモンスターからエナジードレインをする関係上、動きが全体的に鈍くなるため倒しやすくはなる。だが、それ以上にネズミ算式に増えているのではないかと思うほどの増殖ペースにいつまで戦えば良いのかと焦り、不安が募る中、感知能力に長けたサキが異変に気付く。
「エクステラさん、海からモンスターがこちらに向かってやってきます。しかも、多い? もしかしてスタンピード!?」
「もしや……このワープホールはダンジョン入り口とは異なる場所にできたもの。つまり、ダンジョンから見れば一部が崩壊しているようなもの。そこにティアマトのような強力なモンスターが浅い層に出現すれば、ダンジョンはダンジョン崩壊現象が起こったと誤認し、スタンピードを発生させたのでは?」
「ティアマトの生み出したモンスターだけでも大変でござるのに……」
「何を言っているの? これが逆転の一手よ、セラフィム!」
「なるほど、そういうことか」
上空を位置取り、ティアマトの攻撃が地上に居るシャドウたちに当たらないように立ち回っていたセラフィムが海上側に回り、ティアマトの攻撃を誘う。ぎりぎりまで引き付けたセラフィムが避けたことで、ティアマトの魔法がサメモンスターの軍勢に当たる。本来の目標たるワープホールよりもヘイトを奪ったティアマトたちにその牙が向くのは当然だろう。
「なんだ、この者たちは!? 消えろ!」
ティアマトが弱いにもかかわらず、襲い掛かろうとするフライングシャークやサンダーシャークたちをブレス攻撃で一掃する。だが、これはスタンピード。一度の攻撃でその全て倒せるほど甘くはない。ティアマトのモンスターのように無限湧きでもしているかのように現れるモンスターがティアマトに攻撃を仕掛ける。
「虫のひと噛みにすらならぬというのに……」
たとえ人間でも仕事中に虫にたかられては、その手を止めて振り払ったり、叩いたりするだろう。それはティアマトも同じ。セラフィムとの戦闘に集中するどころではない。ティアマトのヘイトがサメたちに移ったとなれば、ティアマトが抑えていたセラフィムはフリーとなり、ティアマトが生み出したモンスターの掃討に移ることができる。
「一気にせん滅するぞ!」
セラフィムが長い呪文詠唱に入る。身の危険を感じたティアマトが止めようとするも、ジェットシャークたちによる突撃で体勢を崩され、それもかなわない。
「この雑魚が!」
ティアマトがキレ散らかすも、周りのサメたちは攻撃してくるティアマトだけを敵認定しており、エクステラたちには目もくれていない。そして、ティアマトが生み出したモンスターたちが彼女を守ろうとするも、スタンピードを起こしたモンスターとの戦いでは数のアドバンテージはとれていない。
「――救済の時は来たれり、メイド・イン・ヘブン!」
上空に広がる巨大魔法陣から石造りの門が現れ、そこから羽衣を着た女神が降臨する。女神が祈るかのように手を合わせると、光が降り注ぎ、ティアマトが生み出したモンスターにまとわりつく。すると、モンスターたちが浮かび上がって、ゲートの中へと吸い込まれていく。そして、女神が去っていくと同時にゲートが閉まり、その姿を消すのであった。
「馬鹿な、私の子たちが……」
「不死性が無くなった今がチャンスよ!」
一度にすべての子供たちを失ったことで呆然しているティアマトにエクステラの砲撃や飛ぶ斬撃、朧手裏剣が飛んでくる。攻撃が届く前にモンスターを生み出せば、不死性が復活するだろう。それができるだけの能力はある。
「……今回も私の負けか」
だが、ティアマトはそれをしなかった。足掻くのは神の矜持に反するのか、それとも母親として子供たちにみっともない姿を見せるわけにもいかなかったかのか、それは彼女自身しか分からない。
「エクステラと言ったな、我が子たちを頼んだぞ」
ティアマトは最後に言葉を残し、エクステラたちの攻撃をもろに受けて倒れる。神殺しを為したエクステラはほんの一瞬、目を閉じて黙とうをささげる。
(ティアマト、その期待に応えるのはあまりにも傲慢すぎるが……お前を失望させるような未来にならないよう約束はしよう)
目を開けると、生き残っているサメモンスターたちがこちらを見て、臨戦態勢に入っている。
「サキ、向こう側に戻ってティアマトを倒したことと動ける者から順にこちらに援軍を送るよう指示して!残りのメンバーはサメたちを迎撃!一匹たりとも外に逃さないように!」
サキが外に出ると、幸いにもティアマトが生み出したモンスターは消失しており、待機していた天使たちに声をかけていく。また、エナジードレインが無くなって、身動きが取れるようになったカケルたちも、ポーションを飲んで回復。疲労感はぬぐえないながらも、街の住民の救助とサメ討伐に分かれて、動き始める。
「ふう、これだけ長引くと老骨に響くわい」
「にひひひ、だったら僕たちの出番が必要だよね」
サメ討伐に参加した影山のゴーレムを利用し、シャドウが無数の影分身を作り出して、サメたちを圧倒していく。ティアマトとの戦いで消耗しているところに影山たちの追加増援組の到着、さらに智天使級二人による幻覚で同士討ちを始めているサメたちに逆転の目はなく、あっけないほどにスタンピードは鎮圧されるのであった。




