第66話 海へ
虎西のスタンピードから1週間後、長かった夏休みももうすぐ終わるころ。信二たちはクラスメートたちと集まり、演劇の練習をしていた。白衣を着たカケルが囚われたみみみを助けようとするクラスメートの前に立ちふさがる。
「フハハハハハ、よく来たな探索者ども。儂の名はドクターK。この女を返して欲しくば、儂が開発したアニマル、天使たちを倒すがいい」
カケルの後ろからウルフたちがやってくる。頭の上には手作りのヘイローが飾られており、いかにも天使役といった感じだ。やられ役の生徒の振った剣が躱され、ウルフの体当たりで倒れ、動けるものが一人一人居なくなる。全員が倒れたところで、上空から黒いゴスロリを来た信二が降りてくる。
「悪はびこるところに裁きあり。エクステラ参上よ」
本番に近いということで、女子たちが気合を入れてメイクした結果、エクステラにそっくりな姿になった信二がそこにいた。本物と比べて、衣装映えしやすいようにややメイクが濃いが、暗めのステージでやるのであれば違和感はさほどないだろう。
そして、一通りの通しの練習が終わり、脚本家の古本もうんうんと頷く。
「みんな、お疲れ。信二君もこの前より上達したね~」
「うん、エクステラにしか見えなかったよ」
「(本人だからな)メイクすれば背格好近いアスカもそう見えるだろ」
「無理無理。ああいった自分に酔っているタイプの女って嫌いなのよね」
(そうなのか?)
【最初から美少女の演技満点出しているんですよ。酔っていると言われてもおかしくないのでは?】
(そうか……)
ナルシストな気質があったのかと少し凹むが、表には出さないようにしつつ、話を変えることにした。
「そうだ。皆で週末どこか遊びに行かないか? スタンピードのせいで観光どころじゃなかったからな」
「良いわね。せっかくの夏だし、海にでも行かない? どうせなら1泊2日とか2泊3日とかで。スタンピードの報酬もあるんだし」
「いいね、沖縄とか?」
「すまん、バイク買ったせいで金欠!できれば近場で」
「しょうがないわね~」
「ここから近い所となると、南雀にある朱雀浜海水浴場かな」
「恩に着るぜ。それにしても海か~きれいな姉ちゃんとかいるかもな」
「ナンパは良いが、変なトラブルを起こすなよ」
「ナンパしなければ良い問題よね~」
「分かっているって」
「決まりね。サキ、せっかくだし明日水着買いに行こう」
「うん。去年の水着、ちょっときつくなっていると思うから」
「なに? また胸大きくなったの? それとも見学が多かったからお腹周り~?」
「そ、それは言わない約束……」
皆で笑いながら、帰路に着いていく。その様子を後ろからシャドウが電柱の影から覗き、何か思うところでもあるかのように目を瞑ると、再び影の中へと潜るのであった。
太陽がサンサンと降り注ぎ、真夏の日差しの下、信二たちは水着に着替えて白い浜辺に立っていた。少し前にスタンピードが起きた影響なのか、学園都市外から来る観光客が激減し、親子連れやカップルがちらほらいる程度で夏休み中の海水浴場とは思えないほどに空いていた。
「パラソルはこのあたりで良いか」
「良いんじゃないか。シーズンなのに閑散としているし」
「こんなに空いているのは始めて見たよ」
「スタンピードの風評被害に加えて、ミスコンも無くなったとなればな」
「姉ちゃんいねえ~」
【美少女~】
「(ステラ、急に話しかけてくるな) ゆっくりできると思えば良いんじゃないか」
「お待たせ~」
水着に着替えてきたアスカとサキがやってくる。アスカは鍛え上げられた肉体をあまり見せたくないのか布面積の多いものを選んでいるが、サキは対照的に大胆なビキニを恥ずかし気に着ている。
「アスカちゃん、これやっぱり……」
「良いじゃない。自信もってカケルにドンと行きなさい」
【良いではないか。男妾の一人や二人。妾も応援しておるぞ】
「ピーちゃん、外で話したらダメだって!」
【これだけ疎らなら、妾と話しても気づかんよ】
「もう……カケル君、私の水着似合っているかな?」
「似合っているよ」
「そうそう。アスカが着たらバキバキの腹筋見えるもんな」
「リョウ、張っ倒すわよ!」
「そうだ。仮にも乙女なんだからな」
「誰が仮ですってえええ!」
「おっと、口が滑った」
「逃げろ~」
「こら、二人とも待ちなさい!」
三人が浜辺を走っていき、カケルとサキだけが残される。みみみは南雀にいたころの友人に会ってからの合流なので、しばらく来ない。つまり、この広い海水浴場で二人っきりだ。
「…………」
「…………」
【ええい、何か話さんかい!お主ら、付き合っているんじゃろ!】
「え、えっ~と、こういうとき何を話せば良いのか分からなくて……」
「う、うん……」
【この引っ込み思案の陰キャカップルが!こういう時はマリンスポーツに誘うとか、海の中に入って遊ぶだとか色々とあるじゃろ】
【こればかりはお兄ちゃんたちを擁護できません】
ピーちゃんが天使改め、恋のキューピッドにでもクラスチェンジでもするかのようにツッコミを入れていく。しかも、ひかりちゃんのお墨付きである。これは言われても仕方ないと思いなおし、ガラガラのマリンスポーツの受付に向かうのであった。
リョウと信二を追いかけまわし、げんこつ1発入れて戻ってきたアスカたちだったがそこにカケルたちの姿は無い。
「どっか行ったみたいだな」
「もう仕方が無いわね……私たちは私たちで遊びましょう」
「それよりも腹が減ったぜ~」
「長いこと追いかけまわされたからな。確か近くに海の家があったはずだ」
「海の家と言えば、焼きそばにカキ氷だよな」
「定番だな」
「もう、食べ物の話ばっかじゃない」
「アスカは行かないのか?」
「……行きたいけど、誰か待った方が良いんじゃない? カケルたちが戻ってくるかもしれないし」
「それもそうだな。ここは公平にジャンケンで決めるか」
「良いぜ」「良いわよ」
「決まりだな。負けた奴がここに残る。というわけで俺は最初グーを出すぞ」
「きたねえ!」
「心理戦は俺の十八番だからな。やるからには本気で行かせてもらう」
「相変わらず性格悪いわね。せーの」
「「「最初はグー!ジャンケン、ぽん」」」
「くそ~なんでパー出さないんだよ!」
「言っただろ、グーを出すと。リョウなら深読みしすぎてチョキを出すと思っていたよ」
「ってなわけで留守番よろしくね。欲しいのは焼きそばとかき氷だったわね」
「かき氷はブルーハワイで良いか。他に欲しいものがあれば買うぞ」
「俺、メロン派。あとコーラとかの飲み物も」
リョウの注文を聞いた信二はアスカと一緒に海の家へと向かって歩いていく。周りには男女のカップル。そして、自分の隣には美少女のアスカと二人きり。男として意識するなと言われると無理な話である。
【おや~心拍数上がっていますねえ? やっぱりアスカちゃんが好きなのでわあ?】
(……黙れ。それよりもEX-03の反応は?)
【これは怪しい反応。あっ、これはシャドウのことではありませんよ。第一、潜られていたら私でも発見は困難ですし。あれを索敵できるとしたらEX-06だけでしょう】
(イベントも無いところに自衛隊も来ないだろう。やはり事前に対応するのは難しいか)
【サタンがいる場所が分かっているなら先回りするのはどうですか?】
(単純な手ではあるが、女学園内だからな。男の俺や有名人になってしまったエクステラが潜入するのは難しいだろう)
しかも、学生寮もあるとなれば、夜間に忍び込んだとしても、夜遅くまで起きている生徒や見回りしている先生の目がどこにあるかも分からない。内部に協力者が居れば話は別だが、そういうツテは今の信二にはない。現状、後手に回るしかないのが辛いところだ。
「思ったより混んでいるわね」
「昼時だからな。2,30分は待たないといけないか」
「ほんと嫌にな……あれ、カケルたちじゃない?」
「本当だな。手を振ってみるか」
ドラゴンボートに乗って海上を爆走しているカケルたちに向かって手を振ると、二人に気づいたのか、カケルも手を振ろうとしたとき、バランスを崩して海中へダイブしてしまう。
「なにやっているのよ」
「カケルらしいといえばカケルらしいがな」
「そうね」
海に落ちたカケルが再びドラゴンボートに乗って爆走しているのを眺めながら待つことにする。それから20分後、ようやく自分たちの番が回り注文をする。
「焼きそば2つとイカ焼きを1つ。かき氷をブルーハワイ、メロン、イチゴの3つ。あと飲み物でコーラとジンジャエール。アスカも何か飲むか?」
「じゃあ、トロピカルジュース1つ」
「かしこまりました」
さらに待ち、リョウが暇でくたびれていないかと思っているとき、料理がようやくできる。受け取った料理をリョウのところに持っていくとき、アスカの口が開く。
「この前はありがとう」
「何の話だ?」
「虎西でのことよ。あんたが居なかったら、今でも粘着ストーカーしていた自信があるわ」
「そうか、それは良かった。友達がヤンデレストーカーで警察に捕まるところなんて見たくないからな」
「誰がヤンデレよ……それにしても、信二って大人びている割には急に無茶するし、よくわからないところあるわよね」
「そうか? 俺は今できることを懸命にやっているだけなんだが」
「そうよ。エクステラに助けを求めていたからって、滝から飛び降りる?」
「あれは俺も反省している。実際、彼女が近くに居なかったら死んでいるからな」
「でしょうね。まあ、そういうところがほっとけないというか……」
「なんか言ったか?」
「別に。頼りにしているんだから、無茶はしないでよね」
「分かったよ。無茶な作戦は立てない。約束する」
「本当?」
「嘘も言うし、隠し事もするが、約束は守る」
「それ、信用できるの?」
「約束を破るような奴がこんなこと言うと思うか?」
「……それもそうね。急がないとかき氷が砂糖水になっちゃうわ」
「そうだな。急ぐか」
二人は駆け足でリョウのもとに戻るのであった。




