バッドヘッド × ヘッドバット ⑤
疑問に思ったのが、なぜこの後に及んで、クラスメイトは俺を追いかけてきたのか、ということである。委員長は、クラスメイトから徴収した四十ポイントに加え、昨夜進藤たかしから追加で6ポイントを奪った。それにより、委員長の所持ポイントは46ポイントとなった。
この時点で、ランキングをおさらいすると、一位委員長46ポイント、二位不明30ポイント、三位蝶野蘭15ポイント、四位尾上信弘5ポイント、五位以下1ポイント所持者が数名である。
二位と蝶野、そして俺が協力してポイントを合算すれば、50ポイントとなり、委員長を超え一位となることが可能となる。しかし、二位を誰か知らない俺たちからすれば、それは夢の話。会う手段がないので、協力して合算などできないはずなのである。
そう、委員長は本来であれば、もう何もしなくても、パンダに選ばれることが確定している。 本来であれば。
おそらく、今回のパンダロワイヤル仕掛け人である委員長は、管理者特権として、すべての参加者の所持ポイントと位置情報を把握している。そうでなければ、進藤たかしのように、ネットには顔を出さず、ストリートでのみ活動している高ポイント所持者を的確に見つけ出し襲撃することなどできないはずだからである。
ポイント上位者を把握していることは大きなアドバンテージになる。ほかのレッサーパンダが対戦者を走り回って探しているあいだに、悠々とターゲットのもとへ姿を現せるからだ。だが同時にほかの参加者であれば気づかないような不安要素にも気づいてしまう。
例えば。
例えば、さきほど夢の話と切り捨てた、俺たちが二位を見つけ出して、ポイントを合算するということが、『可能である』と知ってしまったら?
俺たちが二位に会える状況にあると知ってしまったら?
二位が、俺たちの身内であると知ってしまったら?
委員長は、動かざるを得ないだろう。
だから、委員長はいまになっても俺を狙うことをやめていないのだ。
「そうですよね、中川さん?」
「……よくお気づきで」
蝶野の家のインターホンを鳴らして、出てきた中川さんにこの話をした。中川さんは静かに、黙って俺の話を聞いてくれた。弁解するつもりはないという意思表示である。
「計算と推測で不確かな推理でしたが、やはり、あなたが二位だったんですね」
俺は、スマホのアプリでレッサーパンダの位置情報を表示する。すると、赤い点がひとつ、現在地に表示された。
「二人以上のレッサーパンダが同じ位置にいる場合は、点はふたつではなく、ひとつと表示されるようです。アプリの不備ではなく、おそらくわざとでしょう。学校の教室に、四十個も点が表示されてしまえば、クラスメイトを利用した委員長の計画はもろわかりでしたからね」
複数人が一緒にいるときは、点がひとつになる。だから、常に家に引きこもっていた蝶野は、まさか自宅のなかにもうひとりレッサーパンダがいるなんてことに気が付けなかったのだ。
中川さんは、優しく笑った。
「合格です。試すような真似をして申し訳ございません。ふふ、主婦の内職タンス預金のように、実はコツコツポイントをためていたのですよ。これは、すべて尾上君にお渡しします」
肉球端末を操作し、中川さんは、俺にポイントを送信した。俺の端末内の合計柏天ポイントが、36ポイントとなった。
「……どうして、レッサーパンダであることを黙っていたのですか?」
「今日の尾上くんはまるで別人のように冴えていますね。聞かずともお分かりなのではないですか?」
「…………。おおよそには」
蝶野は、自分を傷つけることを目的に、パンダロワイヤルに参加した。その様子を中川さんはみてられなかったのだろう。だから、先回りしてどうやってもこれ以上ポイントを得ることのできない状況を生み出し、蝶野を諦めさせたのだ。
そして、なによりの理由は、……俺への嫉妬であろう。
俺の推測を話すと、中川さんは頷いた。
「お嬢様がパンダになるのは反対でした。ボロボロになった末に、最後は獣になってすべてを忘れるなんて、本質的にお嬢様の魂は救われません。……やったことに後悔はありませんが、雇用主を裏切るなんて、お手伝い失格ですね」
「中川さんほど主人おもいな素敵なメイドさんはいませんよ。もし首にでもなったら、いまにでも就職してお金作りますから、俺にやとわれてください」
中川さんは、おかしそうに笑った。
「ご冗談を。私は一生蝶野家のメイドです。もし私をお雇いになりたいのなら、お嬢様とご結婚ください」
「考えておきます……それで、今日蝶野はどうしているんですか」
彼女を説得してポイントを譲渡してもらおうとしていた。俺も、中川さんと同意見で蝶野をパンダにはしたくない。パンダになるのは、俺である。
中川さんは、真剣な顔をしていった。
「実は、お嬢様は昨日の夜から家に帰ってきていないのです。私も心当たりのある場所に連絡しているのですが、まだ見つかっていません。尾上さんのクラスの委員長さんに襲われていないかと心配で心配で……」
「まじですか……」
それは困ったことになった。パンダロワイヤルの期限は今日の夜十二時である。それまでに、委員長より先に蝶野を見つけ出してポイントを譲渡してもらわなければならない。時間がない。
「俺も探してみます。必ず見つけてくるんで、安心して待っていてください」
「よろしくお願いします。ご武運を」
中川さんは深くお辞儀をした。いままでで一番、メイド姿が様になっていた。
俺は走りながら電話をした。
「はい?もしもし?どうした尾上?急に私の声でも聴きたくなったか?」
「ああ、その通りだ。ちょっと聞きたいことがある。昨日か今日、街で蝶野をみなかったか?」
「ああん?んだと……。みてねーよあんなやつ」
突然不機嫌になる緑が丘。
まあ二人の間にあったことを考えれば当たり前である。
「お願いだ。蝶野を探すの手伝ってくれ。見つけたら連絡してくれ」
「はあ?んな勝手な。なんであたしがそんなことを」
「手伝ってくれれば、飴をやる!ビリちゃん飴好きだろ?」
「ビリちゃんいうな!てゆーか飴そんな好きじゃねーよ!」
衝撃の事実である。俺は緑が丘には飴をあげればすべて解決すると思っていた。
太陽が真上に来ていた。時間は二時。急がないとすぐに日が暮れる。時間が惜しい。
「じゃあ、もっといいものやる!なんでも望みをかなえてやるいいから!」
「あーん?……だったら、新しい恋したいとか言ってもかなえてくれんのかよ」
そのとき、踏切に差し掛かり、遮断機によって行く手を遮られる。もどかしさがピークになった俺は、自暴自棄に電話に叫ぶ。
「もう俺にでも恋してろ!じゃあよろしく!」
「~~~~~!!!馬鹿かてめ」
ぷつんと電話を切る。
その後、俺は西木恋姫と進藤たかしにも連絡をした。西木は、いまだに進藤の家にいて看病をしていたらしい。蝶野の捜索を頼むと、進藤は了承した。からだはすっかり回復したらしい。
「推しに見舞いをうけて治らないアイドルオタクがいるか」
「地下のほうツテをたどって探してみるよ」
仲良さそうな二人に嫉妬した俺はぶっきらぼうに頼りにしているといって電話を切った。
蝶野はどこにいるのだろうか。俺は考えるが、情報が少ない。この頭の冴えた状態でも全く思いつかないので、仕方なく足に頼るしかない。
靴底なんて、すり減ってなくなってしまえばいい。
俺はパンダになるのだ。どうせこの先は裸足人生だ。
とにかくひたすら走った。
無鉄砲な努力は、実を結びにくい。刻一刻とリミットに近づきながらも、蝶野は見つからなかった。だが、俺はあきらめなかった。
日が暮れてきたころ、緑が丘から連絡がきた。
正確には、緑が丘のスマホから連絡がきた。
「ご苦労様です、尾上君。蝶野蘭ちゃんをお探しのようですけど、彼女はいま笹野原学園の屋上にいますよ。校門の鍵は開いていますので、もしよろしければお越しください。私がパンダになるところを、特等席からおみせしますよ」
声は委員長のものだった。俺は、スマホをしまい、一呼吸した。
「いくぞおおおおお!」
もふもふパンダライフまで、あと少しだ!
校舎を駆け上がった俺は、勢いよく屋上の扉を開けた。屋上一杯に、クラスメイトが敷き詰められており、その中心には委員長が笑いながら立っていた。
目を動かすと、男子生徒が、緑が丘ビリジアンと、蝶野蘭を羽交い絞めにしている。
精一杯格好つけて、俺は言った。
「俺の飼育員を返してもらおうか、委員長」
対し、委員長は不敵に笑った。
「それは竹ですね」




