バッドヘッド × ヘッドバット ④
「進藤さん!」
彼のからだは、一目でわかるほどボロボロだった。あざがからだ中に浮かび上がり、痛々しい。気を失っているらしく、声をかけても反応がなかった。
駆け寄ろうとすると、つまさきに何かが当たった。目線を下げると、生徒手帳がひとつ落ちていた。拾い上げて名前を読むと、見覚えのある名前と顔写真である。その手帳は、クラスメイトのものだった。
西木恋姫が、ステージの影から現れる。手には医療箱をもっている。
「ああ、君か……」
「西木たん……。これは、いったい」
「わからない。突然何人もの高校生たちが乗り込んできて、進藤にパンダロワイヤルの勝負を仕掛けてきたのだ。進藤は勝負を飲み、私を隠れさせて一対多数で、喧嘩を始めた。最初は進藤が優勢にみえたのだが、高校生たちは意思のないにんぎょうのようだった。骨が折れても顔が晴れてもやつらは襲ってきた。それでも進藤は粘っていたのだが、我に襲い掛かってきたものから守るために、背中を晒したせいで戦況が悪化し……」
西木の衣服は一ミリたりとも乱れていなかった。進藤さんに目を下ろす。
「西木を守ってくれてありがとう、進藤さん。あなたはファンの鑑だ」
俺は敬意を表した。
西木曰く、高校生たちは、人間のリミッターを外しているかのような動きをするらしい。催眠術は思ったよりも厄介なようだ。今後俺も襲われることもあるかもしれないので、対策を考えなければならない。
西木恋姫と俺は、進藤をタクシーにのせ、彼の自宅に送り届けた。 布団に寝かしつけてしばらくすると、進藤は目を覚ました。
「……ぐっ……」
「まだ起きないでください。全身打撲ですよ」
進藤さんは、起こしかけた上体を布団に沈める。そして、気がかりであったろうことを俺に尋ねる。
「西木は、けがはなかったか?」
「ええ、あなたのおかげです」
西木はいま、近くのコンビニに食べ物を買いに行っていた。畳の部屋には、俺と進藤のふたりきりだった。
「なんで、勝負を受けたんですか」
話を聞くと、進藤は6ポイントを所持していたそうだ。わざわざ、多勢相手に勝負しなくても、パンダになることを諦めて、ポイントを受け渡す交渉に持ち込めば、穏便にすんだはずだ。
「そんなにお金が欲しかったんですか?」
「む……俺がそう言ったか?」
進藤の仲間である三人組は、パンダになろうとする俺を笑った。そのため不純に金を目的としていると思っていたのだが、進藤は首を振るった。
「あいつらも冗談だと思ったんだろうな。少なくとも、俺だけは本気でパンダになろうとしていた」
進藤さんは、ぽつり、ぽつりと語っていく。
「俺はもともと、くまと呼ばれていた。がたいがでかく、喧嘩ばかりしていたからな。だが、殴って褒められるというのも、気持ちの良いものではない。ひとを傷つけるのに疲れてきた俺は、地下格闘を引退し、みなを癒すパンダになることにきめたのだ」
彼の眼は純粋だった。ウソは言っていない。
進藤たかしもまた、純粋にパンダを目指すひとりだったのだ。
俺は義憤にかられた。進藤のように、本気でパンダロワイヤルに臨んだモノがいるのに、裏で笑う委員長に。
そして、あっさりと諦めた蝶野の馬鹿に。
俺は、決心を込めて言った。
「代わりに俺がパンダになります。だから、進藤さんはゆっくり休んでください」
「……ふん、生意気なことをいう。どうして、お前はパンダになりたいのだ?」
「みんなを救うためです」
方法はわからない。でも、気持ちは固まった。
俺は委員長を倒し、蝶野を救ったうえで、パンダになる。
次の日の朝、俺は栄養ドリンクを一気飲みした。シャキン、とした感覚のまま、日差しを浴びに外にでた。雨は上がり、雲一つない快晴。新たなる船出には、いい陽気である。
「よしっと」
俺は進藤を西木たんに任せ、学校に向かった。まずは委員長と会う。催眠術への対抗策は思いついていないが、まずは対話である。秀でたことのない俺には、それしかない。
学校は相変わらず閉校状態だった。門は空いていたので入れたが、委員長の靴は下駄箱に入っていない。練り歩いてみたが、教室にも、体育館にもいない。
どうしたものか、と悩んでいると、突然、からの教室から、女子生徒が数人現れた。
「尾上くん」「尾上くん」「尾上君」
口々に俺の名前を口にする彼女たち。目は虚ろで、意思はなさそうである。彼女たちはクラスメイトであり、委員長に操られている兵隊であった。手には椅子やさすまたなど、危険な武器を持っていて、敵意がむき出しであった。
「モテモテだな……」
自虐的に俺は笑う。そして、振り返ることなく逃げ出した。いくら女子とはいえ、囲まれて椅子などで殴られたら、間違いなく重症をおう。委員長は、俺を動けなくしたうえで、催眠術をかけ、ポイントを奪うつもりなのだろう。
後ろから、女生徒たちは追いかけてきた。なかには陸上部のエースもいて、曲がり角がなければ追い付かれていた場面があった。だが、どうにか俺は下駄箱置き場を通り、建物外に飛び出した。
情けない敗走ではあるが、このまま校門へ向かおうとした。しかし校舎裏を横切ったとき、風の流れを肌で感じ、次の瞬間……。
「いてええ!」
肩に、恐ろしい威力の衝撃が響いた。痛みで、腕が動かなくなる。上を見上げると、ひとりの女生徒が、屋上から椅子を投げ落としたようである。
「くそ……!」
上から物を落としてはいけない!そんなことも知らないのか、委員長は!
鈍痛は堪えたが、足に当たらなかったのは運がよかった。肩を押さえながら、なんとか俺は校門の外へ出る。
学校から十分離れたところで、息をついて座り込む。
やはり、無策ではだめだ。悪い頭だが、振り絞らねば道はない。
だが、どうすればよいのか、まずなにを解決すればよいのかまとまらない。催眠術にかけられた人間たちを相手に、俺一人でどうすればよいのだ?それに、ポイントを集めることも考えなければならないが、どうやって高ポイント所持者を見つけ出せばいいのだ?
頭をかきむしる。もがいてもがいて、活路を探す。しかし、時間が経つだけでなにも変わらない。
そのとき、ふと道路に立つ電柱が目に入った。 頭をぶつけたことで記憶を失ったのなら、もう一度頭をぶつければ……。
狂った行為には違いない。だが、俺は混乱していたこともあり、これがもっとも正しい選択な気がした。
家電は叩けば治る。
だったら、人間も同じだ。だめな頭は、ぶつけて直せ。
電柱に向かって、俺は頭を振り落とす。
ヘッドバット!
衝撃が頭を振動させる。電撃が走るような苦痛が停滞し、口から泡が吹き出る。目の回るなか、俺は倒れることなく、電柱に捕まる。そして、もう一度、頭突きをする。変わらない苦痛。だから、もう一度頭突き!そして、頭突き!大量の血が顔面全体を流れる。だが、止められな
い!まだまだ頭打ちではない!
まだだ!まだだ!
ヘッドバッドボーイに、俺はなるんだ!
その瞬間、眼前に白と黒が混ざり合う幻影が渦をかいて回転して俺を取り込み現実のなかに放り出した。生まれ変わったような爽快感と、幸福感が身を包む。
「…………」
放心状態で、膝をつく俺。服は血だらけになっており、通りかかった野良猫が怯えながら、威嚇をしていた。
「にゃー……」
大熊猫。そういえば、パンダも漢字でかけば猫が入る。
俺は、袖で血だらけの額をぬぐいながら、立ち上がる。貧血でくらくらするが、問題ない。
「白黒つけるとするか」
俺はすべてを取り戻した。そして、ある場所へ向かって走り出した。




