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ダーティープレイ・オセロ ⑦

オセロ編ラストです。

「あの、尾上君。まだ一手目は打ってないんですかい?」



長く話を続けていた遠藤さんが、ようやくオセロを気にしだした。


「え?あーはい……えっとこれはどうしたらいいんだろう。石はもう置いてるんですけど、位

置は連絡きてないんですか?」



俺は頭をかきながら聞いた。すると、はて、と遠藤さんはマイクをいじりはじめた。



「壊れてはいないようですけど、連絡はきてねえですねえ。なにかトラブルでしょうか」


「……………」


俺はある想像をした。


 まさかとは思うが、さきほど出ていった蝶野は、位置を教える第三者を襲いにいったのではないだろうか。さすがに、それはひととしてやってはいけない。これは真剣なオセロ勝負なのだ。水を差すなど、無粋にもほどがある。



いくら蝶野でも、頭脳戦に暴力は持ち込まないはずだ。






畳を転がりながら、蝶野は、飾られていた花瓶を掴むと、緑が丘に向かって投げた。緑が丘は、青龍刀でそれを払うが、中に入っていた水が、服にかかった。緑が丘のスカートは濡れ、脚にへばりつき、ふとももの形がくっきりと露わになる。



「小癪な……」



緑が丘は蝶野を睨んだ。対し、蝶野は笑う。これで、スカートのなかに隠し武器はもうないことが確定した。青龍刀以外に暗器があるのではないか、と慎重に戦っていた彼女だったが、ここからは制限がすべて解かれることとなる。



青龍刀をもって蝶野に飛び掛かる緑が丘。近づいてくるタイミングを見計らって、蝶野は畳を返す。


 突如緑が丘のまえに現れる畳の壁。



 しかし、母親譲りの肝っ玉を持つ緑が丘は、動揺することなく、青龍刀の切れ味を信じ、畳を丸ごと切り裂いた。



真っ二つにわかれる畳。しかし、その向こうに蝶野はいなかった。背後に気配を感じ取る緑が丘。後ろを振りむくと、上体を大きくそらした蝶野がいた。



そして、バネのように飛んでくる頭突き。



「…………っ」



間一髪、緑が丘はかわしきる。頭突きは、空を切った。晒された蝶野の背中に、緑が丘は、刀の柄を振り下ろす。だが、背中に目がついているのか、蝶野はからだを捻ってそれをかわした。



斬撃と頭突きの応酬は続く。一方が隙をみせれば、もう一方はそこにつけこむ。しかし持ちこたえられてしまい、決着はつかない。



「いい加減!」



緑が丘は、大きく刀を横に薙いだ。それに対し、大きくジャンプし、天井に張り付く蝶野。



見上げる緑が丘。二人の眼が合う。蝶野は、天井を蹴り、緑が丘の頭頂部に急降下した。



「くらえ!重力!」


  吠える蝶野。


「裂けろ!野獣!」


青龍刀を天に掲げる緑が丘。



蝶野が真っ二つになるか。緑が丘が砕けるか。


 勝者はただひとり。勝ち残るのは、ただひとり。



 刃とヘルメットが、いま、接触する!



ガリン!



 鋼鉄の音が、波のように響き渡る。






その音は、はるか地下深くまで届いた。


「ん?なにか音がしやしたか?」


上を見上げる遠藤さんに、俺は首を傾げた。


「俺には聞こえませんでしたね。目が見えなくなると聴覚が代わりに鋭敏になるって本当なんですか?」



遠藤さんは、苦笑いした。



「いやいや、そんなことはないですぜ。音で周りの光景がわかるなら、このオセロだって、耳で位置を把握してやりますよい」



「さすがにそれは超人すぎますか」



「昔読んだ漫画では、音で銃弾をかわすなんてシーンがありやしたが、ありゃ無理ですよ。盲目キャラに期待しすぎッてもんですよ。いや、あれは殺気を察知しているんだったかな……。そんなことより尾上君、このまま連絡がこないまま一時間が経過しちまえば、黒四枚、白一枚であっしが負けてしまいます。申し訳ないんですが、さすがにこれではどうにもならないので、いまの盤面を教えていただけやせんか?」



「え、ああ、別に、それはいいですけど……」



俺は、ずっと目をそらしていた盤面に視線を落とした。



 なんといったらいいのだろう、これを。遠藤さんに説明しなければいけないなんて、俺には荷が重い。



口を開くのをためらっていると、どんっと地下室への扉が開く音がした。階段を降りる音がしたので、入口のほうを向くと、そこには、傷だらけのヘルメットを被る蝶野が立っていた。



「ただいま。いやあトイレ探してたら迷ってさ。オセロのほうはどう?」


蝶野は、背中に金髪の女子高生を背負っていた。女子高生は、だらんと腕を垂らしており、気絶しているらしい。



「あれ?それ緑が丘ビリジアンさん?」



見覚えのある外見に、はっと気が付く。金髪にロングスカート、ヤンキー甚だしいその見た目は、ここ数週間よく空教室で顔を合わせていた彼女に違いなかった。



 しかし、蝶野は首を傾げた。


「さあ、名前は聞いてないからわからないけど。知り合い?」


「学校の同級生。なんでここにいるの?」


「なんでっていうか、ここ、この子の家らしいよ」


「あ、そうなんだ」


間の抜けるような会話をしていると、遠藤さんが、困惑していた。



「あの、そこにビリちゃんいるんですかい?カメラの向こうにいてもらう約束したの、その子なんですが……」



蝶野は、背中の緑が丘さんを床に下ろすと、遠藤さんの疑問に答えた。



「廊下に倒れてたから、拾ってきたんですよ。あと、この着物の女の人もなぜか気絶していたので、横にしました。おそらく貧血でしょうね。色白美人は血色が悪いともいえますから」



饒舌に語る様子に、ああ嘘をついているな、と感じた。口には出さなかった。



遠藤さんは、お礼を言った。


「そいつあ、ありがとうございやす。そのお二人は、あっしの恩人でして」


「それはよかった。すぐに目を覚ますとおもいますよ」


遠藤さんは、十分感謝をすると、オセロに話題を移した。


「で、現在盤面はどうなってるんですかい」


「んん?なにこれ」


蝶野が盤をのぞき込み、噴き出した。


「あはははは!え、これどっちが黒だっけ?尾上君だよね」


「う、うん……」


「どうしたらこうなるの!?まじうけるんだけど」



 大笑いする蝶野。いたたまれなくなる俺。疑問がつきない表情の遠藤さん。




盤面は、黒六枚。白0枚。先手の完全勝利であった。




なぜ、こんな盤面ができあがったのか。


天井に設置されていたカメラには、録画機能もついていたので、以下、この結果を引き起こした原因の、当該映像を抜粋する。



『尾上くんは、動物園にはよく行きますかい?』


『……最後に行ったのはいつだったか思い出せないですね』


『そんなもんですよねえ』


『パスっす。あっしは一年中柏天動物園に入れるんすよ。動物はいい……』




一時停止。



 おわかりいただけただろうか。



もう一度再生する。



『そんなもんですよねえ』

『パスっす』





『パスっす』。



この言葉は、遠藤かおるが取り出した柏天動物園の年間パスポートを、尾上信弘へ見せつけた際に出たものである。



 無論、相手に手番を譲るという意味『パス』ではなく、『これはパスポートですよ、見てください』という意味を含んだ言葉である。




だが、尾上信弘はこのとき、一手目の黒石を置いた直後であった。そして、遠藤は、石の位置を伝える役目の緑が丘との通信が途絶えていた。この状況で、パスを勘違いすると、盤面はどうなるか……。



答えは、奇跡が起こるのである!



詳しく解説をしよう。まず、尾上は一手目、黒石をひとつ盤面に置いた。これで白石をひとつはさんだことになり、盤面は黒4、白1になる。



次に白の手番の遠藤がどこかに置いていれば、試合は続行であった。しかし、尾上は言葉を履き違えたことにより、遠藤の手番を飛ばし、続けて二個めの石を置いた。



すると、どうなるか。残り一個の白は、あえなく黒に染まる。結果、黒6、白0という最短の決着がついてしまうのである。



本来、オセロのルールでは、パスは石を置ける場所がない場合のみ、許可される。だが、尾上はオセロ教本において、そのページを読み飛ばしていた。ゆえに、とくに考えず、パスを意味通り受け取り、二回連続で石を打った。これは反則である。



だが、両者で取り決め、動物園に申請したルールにこの一文があった。



『反則負けは存在しない。時間内に勝負が決まらなかった場合には、盤面の石が多かったほうが勝ちとなる』。



この文章が、尾上の常識外れの一手を正当化する。反則をしたが、反則負けの状態にならないまま、盤面を黒一色にして、時間を経過させる。



 すると、あら不思議、『時間内に勝負が決まらなかった場合には』『盤面の石が多かったほうが勝ちとなる』、ので、盤面の上に多い黒側が勝利となる。



事前ルールに沿いつつも、屁理屈で固められたこの論理、最終的に判定するのは、柏天動物園である。


 結果は後日発表されることとなり、この場は全員が解散することとなった。






「初恋のひとがいたんだよ」


追試最後の教科を前に、緑が丘さんは独り言のように語った。



「そのひとは、あたしにとってお兄ちゃんみたいな存在でさ、子どものころはいっつも遊んでもらってた。大好きで大好きでさ、いつからか、本気で恋をするようになった。でも、将来結婚しようってあたしが言うと、困った顔になるんだ。なぜって理由は後から知った。そのひとは、うちの親父の後輩で、学生時代からずっとうちの母親に恋をしていたんだ。叶わない恋をずっとずっとしていたんだ」



「…………」


俺は、教科書を読みながら、耳を傾けていた。オセロの一件以来、緑が丘さんとは顔をみて

話をしていない。


 というか、もともとそんなに仲がよくなかったのだ。関係が壊れるのも一瞬である。



「意地悪な話、そのひとの恋がかなわないってことは、あたしにもチャンスがあるってことだ。大きくなるまで、待っててね、ってガキのからだでずっと言い続けていた。そんなあるとき、親父が病気で死んだ。うちの母親は、未亡人ってやつになった。そのひとにとって叶わないはずだった恋は、急に現実的になったんだ」



「…………」



「あたしは諦めきれなかった。だから、好きになってもらえるよう、頑張った。困っているって相談受けたときは、必死で助けになった。でも、今度、うちの母親と再婚することになったらしい。初恋のひとは、父親になるらしい」



「…………」



「動物園にずっと住んでるパンダになってくれていれば、あのひとは、父親じゃなくて、ずっと初恋のひとでいてくれたんだろうなって。でも自分勝手な考えなんだろうな。空いた心の隙間をどう埋めればいいのやら」



先生が入ってきた。テスト用紙を机のうえでそろえ始めた。俺は、無言で緑が丘さんに、ハッカ飴を渡した。


 彼女は、無言でそれを受け取ると、口に放り込んだ。



テストが開始してしばらく後、先生が退室した。緑が丘さんは、小声で呟いた。


「スース―する」





 動物園の出した結論によると、勝負は、俺たちの勝利とのことだった。



 白黒つけると、どちらかが完全に一色に染まる。



 しかし曖昧なものをはっきりさせるというのが、常に正しいことなのかは、わからない。



 例えば、恋なんて曖昧な感情のころのほうが、傷つかずにすむのではないだろうか。








追記。


 緑が丘さんの家のご職業は、代々不動産業だそうです。

 

とてもクリーンな経営として、市内では有名です。是非お引越しの際にはご相談ください。

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