ダーティープレイ・オセロ ⑥
俺は石を持ったまま、固まっていた。緊張で、からだが動かなくなってしまったのだ。蝶野には、一手に時間をかけろと言われたが、意図せずに命令に従うこととなった。
「あんまり固くなりなさんな。一時間あるんだ。じっくり考えねえ。だが、一手目なんてどこにおいても変わらんと思いませんがねえ」
「……そうっすね」
ニヤニヤと笑みを浮かべる彼の表情に、俺の胃はキリキリと締め付けられた。
俺がここまで緊張しているのは、五分前の出来事による。
「そもそもなんで遠藤さんはパンダになろうと?」
四つの石が置かれた盤を前に、しばらく沈黙が続いた。その重い空気に耐えかねた俺は、無理やり話題を振った。
「動物が大好きなんでねえ。だからいっそのことパンダになってやろうと思った次第で」
遠藤さんは、真面目そうな顔でいった。だが、鼻の孔はぴくぴくと動いており、イチかバチかだが、冗談と判断した。
「……顔に、似合わないですね」
「へへ、尾上くんはなかなか度胸がある受け答えをしますねえ。あっしのようなカタギとはいいがたい人間に、冗談を返すとは。肝が据わってるというか……それとも向こう見ずのお馬鹿さんなんですかい?」
言葉を詰まらせる。どちらかと言えば、後者である。遠藤さんは怒っているのだろうか。背筋が凍った俺は持っておいた石を置いて、膝に手を乗せた。だが、遠藤さんはにやける。
「はは、怖がらせましたね、すいやせん」
胸を撫でおろす。やはり、冗談だったようだ。怖い外見の人間は怖い冗談を言ってはいけないと法で決めたほうがいい。
「尾上くんは、動物園にはよく行きますかい?」
「……最後に行ったのはいつだったか思い出せないですね」
「そんなもんですよねえ」
彼は財布から一枚のカードを出した。
「パスっす。あっしは一年中柏天動物園に入れるんすよ。動物はいい……とくにパンダはいいんですよ。だらけ切ったあの姿がたまらねえんすわ。パンダになれたら、パンダになれたら自由になれるんすよ。……さっき、あっしの置かれてる状況は説明しやしたよね。奥さんにいつまでも世話になるわけにはいかねえ。あっしはパンダになって、奴らの手の出せない存在になるしかねえんですわ」
「……………え、ああ、はい」
俺は首を傾げる。どういう思考回路の末の結論なのだろうか。だが、遠藤さんがそのつもりなら、俺が口出しすることではない。後悔するのは彼なのだ。
「で、なんの話でしたっけ」
「え?」「え?」
不思議な顔をする遠藤さん。首を傾げつつも、話を続けてくれた。
「この家の旦那さん、緑が丘蓮介さんは、あっしの学生時代の先輩でしてね。昔からお世話になってたんですわ。蓮介さんが病気でなくなってからも、奥さんと、その娘さんとは付き合いは続いてまして、今回のようにトラブルに巻き込まれても、快く迎え入れてくれましてねえ」
「それはそれは……」
適当な相槌を打ちつつ、俺は遠藤さんの意図を図りかねていた。
同情を誘おうとしているのだろうか。
緑が丘ビリジアンは、両手に構えた拳銃を、一切の躊躇なしに発砲した。銃弾は、まっすぐに飛んでいった。ひとは拳銃に勝てない。血に染まる蝶野を想像していた緑が丘だったが、結果は違った。
銃弾は、すべてヘルメットにはじかれたのだった。蝶野は、発砲の瞬間頭を突き出し、からだを丸めることで、銃弾の当たる面積を小さくしていた。ゆえに銃弾は、ヘルメットのみに当たり、蝶野自身は無傷でやり過ごせたのである。
「……化け物みたいなマネするね、あんた」
あきれたように拳銃を下げる緑が丘。蝶野は立ち上がると、熱のこもった頭部を撫でた。
「このメット、思い入れあるからなるべく傷つけないでほしいんだけど」
「……知らんし」
緑が丘は、弾切れになった二丁の拳銃を蝶野に向かって放り投げる。一瞬、気を取られる蝶野。その隙に、緑が丘は距離を詰めた。
「そんなに大事なら冥途に持ってきな」
「……っ」
緑が丘は、スカートの下に隠していた長刀を、下から上に向かって振り上げた。
一閃。ギリギリで回避した蝶野だったが、着ていた制服には、ぱっくりと切れ目ができた。
「これもかわすんだ。すごいね」
緑が丘は、刀を構えなおす。蝶野も、一度距離をとって態勢を整える。
「チャカとポントウって、まるで任侠映画だね」
「映画じゃない。あと、これ青龍刀だ。パンダだけに中国っぽいだろ」
煌めく刃は、蝶野を映した。刀のサビにされてはたまらない。蝶野は、溜息をつき、バイザーを曇らせる。
「あなた自身は、レッサーパンダではないの?」
緑が丘に尋ねると、彼女は刀を下ろさぬまま、答えた。
「まあね。レッサーパンダなのは、遠藤さん。あたしはただの協力者だ。あのひとが、パンダになりたいっていったから、あたしが手を貸している」
「ふうん。協力ねエ。でもカンニングはだめだよ」
挑発に、鼻で笑う緑が丘。
「別にあんたの邪推通り、あたしが代打ちをするわけじゃない。あたしは、申請した通り、中立の第三者として、石の位置を遠藤さんに教えるだけ。これまでも目の見えないあのひとのために、そうしてきた。オセロの実力は、すべて遠藤さんのものだ」
「そう、でもあなたを倒せばオセロを続行できなくなるのは変りないわね」
蝶野は、畳を蹴った。からだを一本の棒のようにした、ロケット頭突きである。その様は、人間投げ槍とも言える。
緑が丘は青龍刀で頭突きを受け止める。
「……襲撃されるのは予想してたけど、こんな変なヤツがくるとは思わなかったよ」
「私も、まさか刀と戦うとは思わなかったよ」
前蹴りで、蝶野を突き飛ばす緑が丘。距離が離れたので、再び刀を振るうが、蝶野のヘルメットで受け止められる。
「…………やるね」
「…………そちらこそ」
両者の実力は拮抗していた。




