イライラ
更に翌日、私は信じられない出来事をコラートさんに聞かされた。
「え・・・ちょ、冗談では・・・なく?」
「じゃから言うたでないか。エリオ坊っちゃんは多くの女性のハートを射止めておったと」
ふぉふぉふぉとコラートさんは愉快そうに笑っているが私は困惑していた。
「なんせ坊っちゃんがまともに舞踏会に出席したのは今回が初めてじゃったからの」
「え」
そんなことって有り得るのか。二十七だぞあの人。
「エリオ坊っちゃんの優美なお姿に皆釘付けじゃったわい。まぁ当然と言っちゃ当然じゃがの」
優美?誰が?アドル様が?
「しかし困ったのう。エリオ坊っちゃんは誰とも会う気がないと言って聞かんのじゃ。すまんがエミリアよ、お前さんからも何とか説得してみてくれんかの」
「わ、わかりました。やってみます」
正直乗り気ではないが、コラートさんに頼まれたからにはやるしかない。
先日、舞踏会を終えたエリオ様の元に参加女性たちからたくさんの面会申請が届いたのだ。皆さん絶対に申請先を間違えてると思ったのだがどうやらそうでもないらしい。もちろんカタリーナ様からも届いていた。
何度も言おう。信じられないと。
「エリオ様、どなたかとお会いになってみては如何です?」
「エミリアさん、どうせコラートに頼まれたのでしょう?」
「うっ」
バレてる!
お茶を出すついでに然り気無く切り出したつもりだったんだけど。
「言っときますが、私はどなたとも会うつもりはありません。時間の無駄ですよ全く」
どうしてそんなに頑ななんだ。
「えぇー・・・せめて誰か一人位・・・あ!ほら、カタリーナ様に会ってみては?」
「どこのどのたかも知らない人間に私の貴重な時間をくれてやる意味がわかりません」
「で、でも!カタリーナ様はとっても可憐で穏やかな方でしたよ。きっと心も清らかな方なんだろうなぁ。うん!絶対そうですよ!」
「その根拠は?ただ見た目だけの憶測に過ぎないのでしょうどうせ。本当にあなたは馬鹿ですねド馬鹿が」
ムッカァ。
「一回位会ったって良いじゃないですか。カタリーナ様が可哀想です」
「はい?気もないのにですか?それこそ失礼なんじゃないんですかねぇ。あなたって本当に見た目通り無神経な家畜女ですね。そんなに言うなら可憐で穏やかなそのお姫様でも見習ったらどうです?えぇ?」
ムッカァ。ムッカァ。
「好意を持ってくださってるんですよ?そんな相手にその態度は酷いです」
頬を染めて恥ずかしそうに微笑むカタリーナ様を思い出して胸が傷んだ。そしてエリオ様のこの態度に腹が立った。
「いい加減しつこいですよ。エミリアさん」
しかし腹を立てていたのはエリオ様も同じだったようだ。エリオ様は椅子から立ち上がると、あろうことかその手で私の口を塞いできた。
「そろそろ黙ってくれませんか?」
いつもに増して苛立ちを露にした瞳に、私は思わず固まってしまった。
「最後にもう一度だけ言いますよ。あなたはド馬鹿だから理解していないようですが、私はどなたとも、一切、面会する気はありません。微塵もです」
良いですね?と念を押され、その威圧感に私は頷くだけで精一杯だった。
「次また同じことを言おうものなら二度とその声出せなくしてやりますからねクソ女」
そして私はとっとと部屋を追い出された。
完全にミッション失敗だ。ごめんなさいコラートさん。私にはハードルの高い仕事でした。
◇
「やあ、調子はどうだい?」
「フリス様!」
突如フリス様が現れた。初めは会う度にがっちがちに緊張していたが、フリス様は王子様的オーラは非常にあるものの結構気さくな方で近頃は少し肩の力を抜いて話せるようになった。
そんなわけで私はついエリオ様の様子を愚痴るようにして報告してしまった。
「あはは。まあ予想はしていたけどやっぱりかぁ。誰か一人位とはうまくいくと思ったんだけどなぁ難しかったかぁ」
「あれじゃ一生結婚なんてできませんよ」
思い出すだけでイラっとするわあの態度。
「せっかくお酒も仕込んだんだけどなぁ」
ん?
「仕込んだ?」
ふとフリス様を見上げると、一見優雅に微笑んではいるが目の奥に何か黒いものが見えた。
「エリオはお酒には滅法弱いからね。とりあえず酔っ払わせとけば誰かお持ち帰りでもするんじゃないかと思ったんだけど」
失敗しちゃった、と首を傾げてフリス様は笑った。
可愛い。その仕草は確かに可愛い。しかし私はフリス様の見てはいけない一面を見たような気がしてすっと視線を反らした。
「いやしかし、エリオは本当に君のことを気に入ってるんだね」
何の脈絡もなくフリス様の口からそんなことを告げられた。ぽかんとする。
誰が?誰を?何だって?
「・・・フリス様は面白い冗談をおっしゃるんですね」
「え?いや、冗談を言ったつもりはないんだけど」
「誰がどう聞いても冗談にしか聞こえませんよそれ」
困ったようにフリス様が笑った。
「君には感謝してるのさ。エリオの側にいてやってくれてありがとう」
「ええっ!?ちょ、頭なんか下げないでください!」
フリス様が私なんかにお礼を言う必要は全くない。
「これからも弟のことをよろしく頼むよ」
ぽんぽんと優しく私の肩を叩いてから、フリス様は帰って行った。ぽかんとする。
そしてある意味、圧をかけられたような気もしないでもない。お前エリオの侍女辞めるなよ、と。
薄々勘付いてはいたけれど、フリス様には柔らかな雰囲気の中に何か有無を言わせない鋭さを隠し持っているように思う。
それを垣間見た瞬間だった。
さすが第二王子、と言わざるを得ない。
◇
「エリオ様、お茶をお持ちいたしました」
「ぬるいです。いれ直してください」
「申し訳ございません」
三分後。
「お待たせいたしました」
「やっぱりストレートティーが良いです」
「かしこまりました」
三分後。
「エリオ様、どうぞ」
「熱すぎて飲めません。この下手くそが」
「・・・・・・」
ははは!どうしようイラつき過ぎて。
しかも、実際カップに手も付けてないくせにぬるいだの熱いだのほざいていやがるんですが。そもそもそんな繊細かよあんたは。
実を言うと一昨日にエリオ様を怒らせてしまってからずっとこの調子なのだ。
「お茶ひとつまともにいれることができないなんてあなた、恥ずかしくないんですか」
お前は姑か。
「・・・申し訳ございません」
「ほんとあなたの無能っぷりには驚かされてばかりですよやれやれこのクソ女は」
あんたの人格も尊敬の域だよと言ってやりたい。
「もう一度いれ直してきます」
そう言ってカップを下げようとするとガッと腕を掴まれた。前にもこんなことがあったような。
「下僕の尻拭いをするのも主の務めですからね全く」
嫌みったらしく横目で私を見てからカップを引きむしった。この人本当にめんどくさい。
「エミリアさん」
「何でしょう?」
「今から魔術の実験をします」
ゲッ!!!
「そ、それでは私がいてはお邪魔でしょうしこれで失礼しま」
「待ちなさい」
目を合わせないように部屋を出ようとしたが腕を掴まれていることを忘れていた。
「・・・あの、体調が」
「そこに座ってるだけで構いません」
ぶああああああ!
「良かったですね。無能なあなたでも役に立てることがあるんですよ喜びなさいヒヒッ」
だから表情がゲスい・・・。
ここ最近は実験台にされることもなく割りと平穏な日々だったのに。心労的に。
「私の腕は確かですから何も心配することはありませんよ」
「・・・はぁ」
それなら実験する必要ないじゃん。と思ったがここでエリオ様の機嫌を損ねるのは賢いやり方ではない。
「ではここに座りなさい」
「ええっ?ここですか?」
指定されたのはいつもエリオ様が勉強している机の上だった。
「いいから早くしなさい」
「は、はいっ」
慌てて腰かける。
「それじゃ駄目です。ちゃんと乗りなさい」
そう言って、エリオ様は私の脇の下に手を突っ込んで持ち上げると机のど真ん中に座らせた。私、土足なんですけど。
靴を脱ぐべきかどうかをおろおろと考えていると、ふわりと生暖かい風が頬を撫でた。
「ちょ!ちょちょちょっとエリオ様!今回はどのような魔術なんですか!?」
待て待て、事前の説明がないではないか。
しかしエリオ様はなに食わぬ顔で呪文を唱え続けている。これは不安しかない。
「エリオ様!」
すると急に視界が低くなった。これは身に覚えがある。以前、子豚に変えられたときのあれだ。
またかよ!
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべているエリオ様がいつもより何十倍も大きい。
「やはり私の実力は素晴らしい」
「もう良いですか?戻してください」
私はあんたと違って心身共に繊細なんだよ。
「やれやれ、せっかく小さくなれたと言うのに。もっと現状を楽しむという柔軟な発想力はあなたにはないのですか?まあその脳みそでは無いでしょうね」
逆にどうやったら楽しめるようになれるか聞きたいわ。
「・・・ん?小さく?」
「気付いてなかったんですか。本当にあなたは間抜けで哀れな珍獣ですね」
「うわあっ!私縮んでる!」
エリオ様がポケットから出した手鏡に写っているのは驚愕に目を見開く自分の姿だった。手鏡がもはや全身鏡である。てっきりまた変な生き物にされているものと思っていたが、実際には私が単純に小さくなっただけだった。
「今のあなたなんて私の手にかかれば一捻りですよ」
「ヒッ」
この外道!
怖くなってエリオ様に背を向けて駆け出したがすぐにエリオ様の手によって掴み上げられた。
面白そうに細められた大きな金色の瞳が、視界いっぱいに広がる。
「ひ、卑怯ですよ!」
ジタバタもがいてみるがびくともしない。悔しい。長い睫毛もこの距離で見てもきめ細かい肌も何もかもが悔しい。
「どこに逃げたって無駄ですよ」
にやにやしやがってええええ!
「逃げないので降ろしてください」
「むやみに走り回ると危ないでしょうがこの低脳女。次逃げたらお仕置きですからね」
そう言うと意外にすんなり机の上に降ろしてくれた。
危ないなら早く元に戻さんかい。
この日も結局エリオ様のおもちゃにされて終わった。特に何をさせられるわけでもなく、何が面白いのかエリオ様は小さくなった私を飽きもせず観察していた。私の居心地の悪さと言ったらこの上なかった。
結果、疲れただけだった。