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レムリアース城の前でクランは感慨深く城を見上げると、いつもの様に入り口で衛兵に剣を預け城門を潜る。
城の中をクランが歩いていると、何処からかオットーの声が響いてきた。
クランは眉を潜めるが、何かに思い至ると声のする方向に歩き出す。
きっと、今回の事件の関係者が全員揃っていると確信しながら。
「いい加減諦めて白状したらどうだ!」
「宰相こそ御自分のされた事をお話になったらいかがですか?」
ジョセフィーヌと、彼女の護衛に付いていたミシェルとイヴは突然訪れた騒動に困惑していた。
事の始まりは城内を歩いていたジョセフィーヌに、ジャックがご機嫌伺いの挨拶をしていると、自分の側近を伴って現れたオットーが「前国王を謀殺したのはお前だなジャック!」と騒ぎ出した事からだった。
突然の事にジャックは驚いた表情をした後、何かの間違いでは無いですかと答えたがオットーは彼の言葉に耳を貸さずに詰め寄る。
オットーの余りのしつこさに、ジャックもまた宰相に今までの疑惑を突きつける。
お互いに相手を非難しあっていると、いつの間にか彼らの周りには数人の近衛騎士が集まっていた。
騎士達は女王の指示を待つが、突然の事に混乱しているジョセフィーヌは泥仕合の様相になってきた二人の言い合いを見つめるだけだった。
段々二人が口汚く相手を罵る頃になると、場違いな笑みを浮かべたクランが現れた。
クランの顔を見て我に返ったジョセフィーヌは言い争う二人を一喝する。
「いい加減にしなさい!」
女王の言葉にオットーとジャックは一応口を閉ざすが、互いに敵意の篭った視線を向けあう。
「どうしたんですか? もしかして、どちらが先に女王に挨拶するかで揉めていたんですか?」
クランの見当違いな言葉に周囲の非難の篭った視線が集中する。
彼は自分に視線を向ける者を一人一人見た後、再度口を開く。
「あれ? もしかして違いましたか?」
クランは助けを求めるようにイヴに視線を向ける。
「えっ、あたし? えと、前国王の死の件について、オットーさんとジャックさんがお互いに犯人はお前だろうと言い出して……」
突然クランに返答を求められたイヴは、自分に周囲の視線が集まるのを感じながらしどろもどろに答える。
「そうだったんですか! それでどちらから先にそんな事を?」
イヴの言葉を聞いたクランは驚いた顔をした後、言い争っていた二人に視線を向ける。
「参ったよクラン君、突然宰相が前国王を謀殺したのは私だと言い出してね」
まだ興奮から覚めやらぬジャックが肩をすくめながら答える。
「しらばっくれるな! お前以外に考えられん!」
ジャックの言葉にオットーは激昂する。
「落ち着いてくださいオットー様。証拠も無くそんな事を仰っても、女王もお困りになるだけです」
クランのもっともな意見にオットーは黙り込む。
「いやはや、私も突然妙な言いがかりを付けられて辟易したところでした。女王、アラン様を左遷した事といい、今回の事といい、宰相はちょっと思い込みが過ぎるのではないでしょうか。今までの女王への不敬罪とも取れる態度、隣国の目もあります、さすがに今回は何らかの処分をご検討されたらいかがでしょうか?」
「ジャック、貴様!」
場が自分の流れになった事を感じたジャックは、女王に取って目の上のたんこぶである宰相を処分する機会を作り出す。
周りの者達の間にも宰相が処分されるのは仕方が無いといった空気が流れる。
辺りに沈黙が満ち、ジョセフィーヌがこの場を治めるために口を開こうとした瞬間、クランがジャックに話しかける。
「ジャックさん、流石に心優しい女王も今回は処分を下さない訳にはいきませんね」
「そうだねクラン君、女王のお心を考えると私も心が痛むが、今回ばかりは示しが付かないからね」
決心が付かない女王を後押しするのに渡りに船なクランの言葉に、ジャックは神妙な表情をしながら答える。
「そうですね。でも、ジャックさん。アランさんがオットー様に左遷されたなんて良く知ってましたね。僕は女王から一言も聞いたことが無かったのですが」
「ん、ああ。一応城内で噂になっていたからね」
考えもしなかったクランの問いに、ジャックはどもりながらも何とか答える。
「流石ですね、ジャックさん。でも、そんな噂が城内に流れるのは不味くないですか?」
「ああ、そうだね。その時に私が注意しておけばよかったね」
「そうですね。この間偶然近衛騎士団の人達とサリウス村で会ったんですが、宿の女将に無料で食事を提供するように強要したり、村人達にもかなり高圧的な態度を取っていたり、風紀が乱れているように感じましたから」
笑顔で近衛騎士団の失態を話すクランに、ジャックは無理やり引きつった笑みを浮かべる。
「そんな事があったのかい。それは村人達に申し訳ない事をした。後でどの騎士がそんな事をしたか調べて宿の女将に謝らないとね」
「ご存じなかったんですか? アラン様の事と良い、お耳の早いジャック様はご存知だと思いました。では、近衛騎士団の団員の誰かが帝国の女密偵と通じている事もご存知有りませんか?」
目を細めながら口にしたクランの言葉に、周囲の者達の顔が青ざめる。
「それは本当ですか?」
震える声で尋ねる女王にクランが答える。
「残念ですが本当の事です。その女密偵の居場所は把握しているので、すぐに踏み込む事が出来ます。そして、なぜアラン様が女王の手紙にも、宰相の前国王の移動ルートが漏れている事についての問いにも答えなかったかも分かりました」
「なぜお前が私がアランに尋ねた事を知っている?!」
思わずオットーがクランに問いかける。
「聞いたからです。娘が誘拐され、女王にも、オットー様にも口を噤んでいたアラン様にです」
「っ!」
誰かが思わず息を呑む。
「もちろんアラン様が話してくれたという事は、無事娘さんがアラン様の元に戻ったからです。ああ、誘拐犯は捕まえてありますから心配しないで下さい」
そこでクランは言葉を一旦区切り、ジャックに向く。
「ところで、ずっと疑問に思っていた事があるんですが教えていただけますか?」
顔面蒼白となったジャックにクランが話し続ける。
「前近衛騎士団団長は喉を一突きで殺害されたそうですが、そんなに賊の腕が立ったのでしょうか? 街の人々に聞いた話だと、騎士の中の騎士と呼ばれていた方のようなので想像つかなくて。それとも別の原因ですかね? あと、突然女王が護衛にすると連れてきた身元も分からない冒険者達をなぜ簡単に受け入れたんですか? 宰相は女王に思い直す様に忠告したのに、です。最後に、初めて僕達が城に来た時、最初に空の馬車を着けたのに近衛騎士はなぜ騒いでなかったのでしょうか? 宰相はあれほど狼狽していたのに」
クランはじっと答えを待つが、ジャックは口を噤んだまま答えようとしない。
「どうやらジャックさんが答えられないようなので、僕が答えます。前近衛騎士団団長を殺害した人物は顔見知りだったんじゃないでしょうか。それと、得体の知れない冒険者を簡単に受け入れたのも、馬車に女王が乗ってない事に騒がなかったのも、事前に知っていたからじゃないですか?」
すでにジャックが答えられない事を悟っているクランは一人話し続ける。
「僕達と女王が始めて会った時に賊が口にした‘あの方’という言葉。依頼者が身分の高い事を連想させるような事をわざとらしく口にしました、なぜですかね? そんな事より、賊を雇った人物なら僕達の事をあらかじめ知っていたとしても可笑しくないですね」
そこまで話したクランはジャックを一瞥すると、ジョセフィーヌに話しかける。
「まあ、帝国の女密偵と誘拐犯を尋問すればすべて分かると思います。オットー様の処分はその後でも良いのではないのでしょうか?」
今回の話の衝撃から覚めやらぬジョセフィーヌは、クランの言葉にただ頷く。
思っても見なかった結末にこの場にいる者達が呆然としていると、突然ジャックが笑い出す。
「くくくっ まさかお前みたいな冒険者のなりそこないに躓くとはな!」
「罪を認めるのですね」
クランの問いにジャックは鼻を鳴らす。
「罪だと? そんな物を犯したつもりはない。俺こそがこの国の王に相応しいのだからな!」
そう言い放つと、ジャックはジョセフィーヌを睨みつける。
「ふん。俺の妻にしてやろうと思いヘリオン帝国の話に乗ったが、こんな事になるなら親父のように最初から殺すつもりでいれば余計な手間が掛からなくてすんだのにな!」
突然のジャックの変わり様にジョセフィーヌは目を見開く。
「さてと、こうなったら仕方ない。実力で王位を取るとするか」
そう吐き捨てたジャックが剣の柄に手を伸ばすと、それと同時に踏み込んだクランが柄頭に前蹴りを放ち抜刀を阻止する。
「女王の前で剣を抜けば申し開き出来ませんよ」
蹴り足を引かずに柄頭を押さえながらクランが忠告するが、ジャックは獰猛な笑みを浮かべると一気に剣を引き抜こうと力を込める。
クランはジャックの抜刀する力に逆らわぬように蹴り足に力を込め、後ろに飛びずさりながら懐に左手を忍ばせると、彼の動きに呼応しようとしていた近衛騎士の目に向けて指の間に挟んだ銅貨を投げつける。
羅漢銭と呼ばれる攻撃を受けた一部の近衛騎士達は、突然訪れた思っても見ない激痛にうずくまる。
クランは最初にこの場にいる者たちを見渡した時、ジャックに呼応しそうな近衛騎士達にあらかじめ目星を付け、イヴとミシェルで対応しきれないと思った数人を何とか無力化する。
「何をしたか知らないが、素手の冒険者風情とエルフ如きにやられると思うなよ!」
仲間がうずくまって動く事が出来なくなっても、あらかじめイヴは土の精霊魔法が得意で、人々の手の入った石造りの城の中ではその力が十分発揮できない事を聞き出していたジャックは、自分の優位は変わらないと吼える。
次の瞬間、クランはジャックが袈裟懸けに切りつけて来る事を感じると、彼が踏み込んできた右足の膝に左前蹴りを繰り出す。
ストッピングという技で踏み込むはずだった足を止められたジャックは、剣を振る事も出来ずにたたらを踏む。
クランはジャックが体勢を立て直す前に蹴り足を引き戻すと、左回し蹴りで剣を持った右手を蹴り抜く。
ジャックが想像もしなかった攻撃の衝撃で剣を手放すのを見ながら、クランは体を回転させながら右後ろ回し蹴りに繋げる。
間合いが近いため掛け蹴りの様な感じで延髄を蹴り抜き、ジャックが前に倒れそうになると髪を掴んでそのまま右膝蹴りを顔面に叩き込む。
ジャックが下からの衝撃で今度は爪先立ちになると、クランはジャックに当たらないように左内回し蹴りで左足を天高く上げると、そのまま踵落としを繰り出す。
左足に確かな手ごたえを感じたクランが残心を取ると、一瞬遅れてジャックが崩れ落ちる。
女王に敵対的な態度を取ろうとした近衛騎士達も、自分達を指揮すべき者がなすすべもなく倒された事にただ立ち尽くす。
そして、女王とその護衛、宰相と側近も驚きの表情を浮かべていた。
「ジャックとは両足の封印が解けた状態で戦う事になった。次に俺とやる奴は両手の封印も解けた状態で戦う事になるが…… 死にたい奴はいるか?」
殺気の篭った視線を向けられた騎士達は、謀反ののろしを上げた人物が意識なく横たわっている姿に戦意を喪失して皆武器を手放す事になった。




