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クランがサラの依頼を果たした三日後。
野生の雌鹿亭の自室でベッドに座り、クランは自問自答していた。
記憶を取戻した今なら分かる。ここは地球ではないのだろう。
少なくとも自分がいた世界には魔法などというものは無かった。知らぬ間に異世界で暮らすことになったクランだったが、記憶が無い時に過した知識と経験があったために、取り乱すようなことは無かった。
だがそんなことより、クランは今日まで自分が過ごしてきた日々を回想する。
最後の時まで自分を心配して逝った理紗の事。
自分を心配して身を削るような思いで言葉を紡いだ花音の事。
自分が無視し続けたのに、それでも心配して顔を見せ続けた京一の事。
生きる気力を無くした自分を、外道ともいえる方法でこの世に繋ぎ止めた顔厳の事。
自分の事を信じて見守り続けてくれた父親の瞳。
そして、この世界で自分が殺めた少女達の事。
記憶を失い厳しい異世界で生きてきたクランは、やっと理沙の死を冷静に考えられるようになっていた。
だが、それを受け入れ、今までの様に生きることは出来ない。
それほど理紗の事を大切に思っていた事もあるし、なにより、サラとリズを殺した自分がのうのうと生きていく事を容認できなかった。
それゆえクランは自問する。これから自分はどうすれば良いのかを。
クランが考え込んでいると部屋の扉がノックされ、返事をする間も無くクリスが部屋に入ってきた。
「ずいぶん暗い部屋ね。辛気臭い人がいるからかしら?」
クリスが部屋を見渡しながら口にする。
クランがクリスを見ると、彼女は不機嫌そうな表情を隠そうともしない。
「クランさん。いつまで悲劇の主人公をしているのかしら? 友達一人殺した位でぐずぐずしてたら冒険者なんて出来ないわよ。あ、そういえばあなた狩人だったんだっけ? だったらしょうがないわね。さっさと荷物まとめてお家へ帰ったらどう?」
クランが黙っていると、クリスは腕を組みため息をつく。
「レナがあなたの事を心配しているわ。あなた達仲間なんでしょ? レナにいつまでも辛い思いさせるんじゃないわよ。いつまでも腑抜けているのなら、わたしがこの宿から叩き出すわよ」
クリスの言葉にクランが口を開く。
「レナさんが僕の事を心配してくれているんですか…… 明日まで待ってください。それまでに気持ちの整理をつけます」
「そう…… 早くレナを安心させてあげなさい」
そう言い残すと、ほんの少し表情を緩めたクリスは部屋を後にする。
「クランの様子はどうだった?」
食堂に戻って来たクリスに、まちかねたように心配そうな表情を浮かべたレナが問いかけた。
「エールちょうだい」
クリスは支給の少女に朝食代わりのエールを注文してレナに向き直る。
「心配なら自分で見に行きなさいよ。いっそのこと三日間も部屋に閉じこもってる奴なんか見限っちゃえばいいのに」
クリスの言葉にレナは辛そうな表情を浮かべる。
「まったく手間掛かるわね、あんた達。わたしなんか友達殺すこと位、物心つく頃には済ませたわよ」
「……すまない」
「そういう意味で言ったんじゃないわよ……」
クリスは頭を下げながら詫びるレナにばつが悪そうに言う。
その時、レナの視界の隅に階段から下りてきたクランの姿が映った。
レナは咄嗟に腰を浮かしかけるが、宿から出るクランに言葉を掛けるでもなく見送る。
目を伏せながら途中まで浮かした腰を席に戻すレナを見ながら、クリスはつぶやく。
「本当にめんどくさいわね、あんた達……」
野生の雌鹿亭を後にしたクランは、冒険者ギルドに向かう途中市場に寄り、細い丸太と木の棒を二本購入した。
冒険者ギルドに着くと受付を済ませ訓練場へ向かう。
丸太を担いだクランを好奇の目で見る冒険者達の中、訓練場の隅に穴を掘り丸太を立てた。
そして、木の棒を両手で握ると奇声を上げながら左右の袈裟懸けを交互に繰り返す。
そんなクランを見た冒険者達は、ある者は後ろ指を指してあざ笑い、ある者は呆れ興味を無くした。
クランは周りの視線など気にする事無く木の棒を振り続ける。
途中で何度も息を切らせ、最小限の休憩を挟みながら、二本の棒が折れるまでそれは続けられた。
クランが折れた棒を握り締めながら仰向けに倒れた頃、東の空が白み始めた。
丸一日立ち木打ちを続けたクランは、全身を包む倦怠感を感じながらつぶやく。
「理沙、ごめん。理沙の仇を討とうと思っていたけど、どうやら無理みたいなんだ。花音と京一にも謝りたかったけれど、それも無理みたいだ…… この世界でも僕のような奴の事を心配してくれる人がいるんだ。ここから逝けるか分からないけど、理沙の所に逝く事も考えたんだけど、それを試す前にやりたい事が出来た。それを済ますまで待っててくれるかな……」
クランはそのまま意識を失うように眠りに着く。
しばらくして目覚めたクランが野生の雌鹿亭への道を歩く。
すっかり慣れたはずの街だったが、記憶を取戻したクランにはどこか新鮮に映る。
埃っぽい街並み、そこに住む人々の活気のある掛け声。
元の世界とは違う、ここで必死に生きようとする人々の思いを感じながら歩く。
宿に着くと、心配そうな表情を浮かべたレナと、厳しい視線でクランを見るクリスが待っていた。
三人が食堂のテーブルに座るとクランが話を切り出す。
「心配掛けてすみませんでした。もう大丈夫です」
そう言いながら頭を下げるクランにレナが口を開く。
「時間は有るんだ。気持ちが落ち着くまで無理すること無いよ、クラン」
「なに言ってるのレナ。三日経っても気持ちの整理が出来ないんなら、一年待っても無理よ。甘やかしてもいいこと無いわよ」
クリスの言葉に文句を言おうとするレナを制してクランが言う。
「レナさん、クリスさんの言う通りです。僕は今まで甘えていたんです……」
「そう、なんにせよ客観的に自分を見られる事はいい事ね。それでこれからどうするの?」
レナが見守る中、クランがクリスの問いに答える。
「今まで剣の腕を上げる事だけを考えてきました。でも、それだけじゃダメなんです。もっと強くならないと、剣の腕だけではなく……」
「それはここに残るということ?」
「はい。レナさんが許してくれるなら冒険者として生きていこうかと思っています」
クランはクリスの目を見ながら言った。
(へ~、一日でここまで変るのね。これならわたしの仕事もしやすくなるし、丁度いいかしら)
クリスは心の中でつぶやくと、レナに話しかける。
「だって、レナ。どうする? 断ることもできるけど?」
「クランが冒険者になる事を望むなら私は歓迎する。でも、本当にいいのかい?」
レナはクランを見つめながら尋ねる。
「はい。レナさんさえ良ければよろしくお願いします」
レナは、はにかんだ笑みを浮かべるとクランに手を差し出す。
クランは恥ずかしそうに微笑むとレナの手を握り締めた。
「じゃあ、話がまとまった所で、わたしがあなた達に簡単な仕事を依頼するわ。ただの調査依頼だから、復帰後の最初の仕事としては丁度いいでしょ?」
クリスの言葉にレナは困ったように口を開く。
「仕事の話はありがたいんだが…… 今の私は武器もなければ鎧も無いんだ」
「は?」
クリスがきょとんとした表情で口を開けた。そんなクリスの事が可笑しかったのか、クランは笑いを堪えている。
「ウォーベアーと戦った時に、私は剣と鎧、クランは鎧を壊したんだ……」
「ああ、そう……」
クリスは思わずつぶやいた。
その後、二人は我に返ったクリスに追い立てられるように野生の雌鹿亭を後にする。
「何やってるのよあんた達! レナも人の事心配してないでしっかりしなさい!」というクリスの温かい言葉に見送られた二人はガイルの店に寄り、ウォーベアーの毛皮を使った革鎧の作成依頼をした後、レナの剣を探して数件の店を回ることになった。
沈んだ雰囲気の中、レナとクラン、そして夕食を食べに来たクリスが野生の雌鹿亭で顔を突き合わせていた。
「そう、レナに合う剣が見つからなかったの…… レナの使う剣は特殊といえば特殊だからしょうがないか……」
「はい、それなりの剣を作ってもらうとしても、結構時間が掛かるみたいです」
クリスのつぶやきを聞いたクランが、武器屋で聞いた事を補足する。
「まあ、しょうがないわね。わたしも知り合いの武器屋を当たってみるわ。最悪、しばらくの間、そこら辺のなまくらで代用するしかないわね。そういえば、クランさんの剣はよく無事だったわね。ウォーベアーに止めを刺したのあなたなんでしょ?」
「よく知ってますね」と言いながら、クリスの差し出す手にクランは自分の剣を渡す。
「わたしを誰だと思っているの?」そう答えながら、クリスは受け取った剣を検分しだした。
「これドワーフの剣じゃない。良くこんなの持ってるわね。やっぱり帝国の密偵なんじゃないの?」
クリスが真剣な表情でクランの剣を見ながら冗談を口にする。
まあ、こんな剣を持つ密偵など目立ってしょうがない。
「あれ? 柄の所に何か紋章があるわね…… っ!、もしかしてこの紋章は!」
クリスは驚きの声を上げると、懐から取り出した羊皮紙に紋章を写していく。
「どうしたんですか?」
クランがただならぬ様子のクリスに声を掛けると……
「うるさい!少し黙ってなさい!」
怒鳴られたクランは訳が分からず大人しくする。
紋章を写し終えたクリスは頬を紅潮させながら、「レナの剣、何とかなるかもしれないわよ」そう言い残して食堂を後にした。
「なんなんですかね?」
「さあ?」
クランの言葉に、レナは肩をすくめて答えた。
アジトに戻ったクリスは、グレックを呼び寄せて羊皮紙に写した紋章を見せる。
「……はい、間違いありません。ですが、こんなもの何処で?」
紋章を見たグレックが、クリスの質問に答えながら羊皮紙を返す。
「まったく、本当に面白い子ね。レナがいなければ、誘惑でも拷問でもして洗いざらい吐いてもらうのに」
不敵な笑みを浮かべたクリスはグレックに答えながら羊皮紙に火を点けた。




