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守が老人の元に通うようになってから7年の月日が流れていた。
普通の人間ならとっくに逃出しているほどの過酷な修練を積み、リベンジャーと成り果てた守のもとに、数週間ぶりに幼馴染の京一が訪れた。
深夜から早朝にかけてのバイトが終わり、着替えをしていた守の部屋にノックもせず京一が入る。
「よう、久しぶりだな」
守は京一を一瞥すると、着替えを再開する。
着替え終わった守に、京一は持ってきたペットボトル入りのスポーツドリンクを投げる。
「相変わらず何も無いな~、お前の部屋は」
すっかり様変わりした守の部屋を眺めながら京一が口にする。
幼馴染の理沙が生きていた頃は、本の好きだった守の部屋には壁一面に本棚が置かれ、入りきらない本は床に積まれていた。
普通だったらほこりがたまっているところだが、まめだった守は小まめに掃除をし、乱雑だったが汚い感じはしなかった。
だが、いまでは本棚は全て処分され、部屋には眠るためのベッドのみ置かれ、その頃の面影は残っていなかった。
守は京一の言葉を無視するとスポーツドリンクを一気に飲み干し、鍵を持って外出しようとする。
部屋を出ようとドアノブに手を掛けた守に、京一が話しかける。
「花音が心配してたぞ、仲直りしたらどうだ」
守はドアノブから手を放し、京一の言葉に答えた。
「俺と花音は喧嘩したわけじゃないから仲直りする必要は無い」
数ヶ月ぶりに聞いた守の声に、京一は驚くと同時にこれまで一方通行だった自分の思いを告げる。
「花音とどれだけ口をきいてないんだ? お前を見ていた花音も辛かったんだ。わかってやれよ」
それは、守が老人、九条顔厳の元に通いだしてから2年程経ったある日の事だった。
「守さんに武術を教えるのはやめて下さい!」
そこには高台に立てられた屋敷の中で、顔厳に詰め寄る一条花音がいた。
「花音、おぬしの言いたい事は分かる。じゃが、わしが武術を教えるのをやめた所でどうなる? あやつは生きる目的を失い腐っていくだけじゃぞ? わしも今の状況が正しいとは思わん。だが、あやつが落着くまで、もう少し待ってやれんか?」
顔厳は亡くなった孫の友人であり、自分の遠縁の少女に言い聞かせる。
「でも、私は今の守さんを見ていられません! あんな目をして、自分を傷付けるような修練をして、あのままではいつか死んでしまいます!」
涙を流しながら自分に訴える少女に、顔厳は答える言葉が無かった。
「お願いです、おじ様。守さんを返して!」
花音が顔厳に必死の形相で詰め寄っていると、丁度稽古にやって来た守が現れた。
守は花音を一瞥すると、顔厳に話し掛ける。
「今日は何から始めたらいいですか? 老師」
花音は顔厳に話し掛ける守に向き合う。
「守さんもうやめて下さい! 理沙がいなくなって辛いのは分かります。でも、自分を傷付けるような事はしないで下さい!」
だが、花音の身を切るような言葉も守には届かない。
守が道場に行こうときびすを返すと、爪が食い込むほど強く手を握り締めた花音が、守を逃がすまいと話し掛ける。
「理沙がいなくて辛いなら、私が理沙の代わりになります。私じゃ理沙の代わりにならないかもしれないけど、一生懸命がんばるから、要らなくなったら捨てていいから。だから、守さん!」
「ごめん」
そういい残して守は立ち去る。泣き崩れる花音を残して。
守は数年前の事を思い出し、唇をかみ締める。
「京一、お前と花音も大学行ってるんだろう? もう俺の事に関わるな。こんな奴の事などさっさと忘れろ」
そういい残すと、守は今度こそ立ち止まらずに部屋を後にする。
「腐れ縁の幼馴染って奴は、そんな簡単に切れたりしないんだよ……」
スポーツドリンクを飲みながら暗い表情で京一がつぶやくと、携帯電話が着信を知らせる。
「ん? 花音か……」
携帯電話のディスプレイを見た京一はそうつぶやくと、通話ボタンを押す。
「もしもし、花音か?」
「はい」
京一に花音が答える。
「どうした?」
「今日、守さんの所へ行くと言っていたので……」
花音の言葉に、京一は自分が今日、守の所に行くと言った事を思い出す。
「ああ、今、守の部屋にいる」
「ごめんなさい!」
花音は咄嗟に謝る。
「いや、守はもういないから気にするな」
「そうですか…… それで守さんは……」
「いつも通りだ、でも今日は少しだけ話が出来た」
京一は花音がどんな内容だったか知りたがっているのを察すると、悩んだ上で話を続ける。
「もう自分には関わるなと言っていた」
「……」
二人の間に沈黙が流れる。
京一が黙っていると、携帯電話から花音の嗚咽が聞こえてくる。
「花音、もういいんじゃないか? 理沙が死んで、守が変わってもお前はずっと守の事を支えようとしただろう? お前はもう十分やったよ」
「……私は、守さんの事を傷つけました。それに理紗の事を貶める様な事も口にしました。私は償わなければならないんです……」
京一は、むせび泣く花音にあまり思い詰めるなと言うと携帯電話を切った。
「理沙、俺達はどうすればよかったんだろうな?」
京一は天井を見ながら知らずつぶやいていた。
部屋に京一を残したまま家を出た守は、門の前に止めていた中古の250ccV型二気筒2ストロークのロードバイクにまたがると、キックでエンジンを始動した。
そして、アクセルを全開にし、周囲に2ストロークならではの乾いたエキゾーストノートを残して走り出す。
高台にある顔厳の屋敷の途中にある、ちょっとしたワインディングに差し掛かる。
カーブが近づくと後輪に荷重が掛かるように体を起す。
減速が間に合うギリギリポイントでのハードブレーキングにフロントショックがボトムする。
フロントブレーキをリリースしながら一気に体を倒し、クリッピングポイントを目指す。
クリッピングポイントについたところで、公証45馬力、実際は60馬力を発生しているエンジンのスロットルを全開にする。
そして、すぐに訪れるカーブに準備する。
それはまるで、自分の命をベッティングして踊るダンスに見えた。
顔厳の屋敷に着くと、守はバイクを庭の隅に止め道場に行き、木刀を二本持ち裏庭に向う。
裏庭には何本もの丸太が地面に立てられていたが、そのほとんどが半ばから折れていた。
それらの中で、一本だけある高さ180Cm、太さ20Cm程の丸太の前で守は立ち止まる。
二本持ってきた木刀の内、一本を地面に突き立てると、木刀を両手で握り締め柄が顔の右横に来るように構えた。切っ先はやや後方に寝かせ、刃をやや外側に傾ける。
そして一度深呼吸すると、丸太に左右の袈裟懸けを交互に放つ。
しばらくすると、打ち付ける木刀と丸太から焦げた臭いが漂ってくるが、守はそのまま一心不乱に木刀を振るい続けた。
どれほどの時間木刀を振るい続けただろうか? 守は滝のように汗をかき、呼吸は過呼吸と間違われてもおかしくないほど乱れていた。
そのまま木刀を振り続けたが、限界が訪れたのだろう、木刀を放すと両手を地面に着き荒い息を繰り返す。
呼吸が収まると、今度は少し離れた場所で拳法の套路を始める。
その場所は、何年も同じ動作を繰り返していたため地面は踏み固められていた。
太陽がかなり傾いた頃、守は套路をやめ道場に移動する。
道場では、暗器の練習や鉄沙掌などで拳を鍛える。
辺りが暗くなってくると、道場に竹刀を持った顔厳が現れた。
守は竹刀を持ち道場の中央に進み、正面に立つ顔厳に一礼し竹刀を構える。
顔厳が竹刀を構えると、守は大きく踏み込み右袈裟懸けに切りつけた。
顔厳は左に半身かわしつつ、守の竹刀を打ち落とし小手に打ち付ける。
守は痛みに歯をくいしばると一歩後退しようとするが、顔厳は後退する守に合わせて右足を踏み込むと、前蹴りを放とうと左膝を上げた。
守は首を捻りかわそうとするが、慌てて後ろに飛びずさる。
顔厳は右足首を返しながら、テコンドーのように回し蹴りに変化させ、守の残った手首を蹴り落とす。
先ほど手首を打たれていた守は思わず竹刀を落とした。
顔厳はそこで構えを解くと、守に話しかける。
「聴勁はたいしたもんじゃな、この短い期間でよくここまで習得した。だが、その後がお粗末じゃな、才能が無いのは自分でもわかっとるじゃろ? もういいんじゃないのか?」
守は落ちた竹刀を拾う。
「俺にはこれしかありませんから…… それに試合に勝ちたいわけじゃありません。そのために、暗器や真剣を使った練習をしているんですから」
そう言いながら守は竹刀を構える。
顔厳はため息を一つつくと、竹刀を構えなおす。
その後、真剣も用いて夜まで稽古を続けた。
守は一般的な家庭が夕食を食べている時間に修練を終わらせ、バイクにまたがり自宅へ走り出した。
いつもの様にアクセルを全開にしてワインディングに差し掛かると、後ろから低い排気音を響かせた、世界ラリー選手権で戦うために進化し続けている車が走ってくる。
守がカーブに差し掛かると、その車はアクセルを全開にする。
瞬間、1.6Kg/Cm2まで過給されたエンジンは、車を一気に加速させインタークーラーが納められたバンパーを守のバイクの後輪に接触させる。
バイクの後輪が滑り出し、守は咄嗟に失ったグリップを回復させるためにスロットルを緩める。
瞬間、ハイサイドにより守の体が空に舞う。
守はガードレールを飛び越え、落下しながら意識を失った。




