102
喧騒に包まれた酒場の奥で、子供相手の語り部の真似事をしている密偵と、それを真剣な眼差しで見る世間知らずをシドが呆れた表情で見守っていた。
「三剣者を知らないって事は、クランさんはヘリオン帝国の建国についても詳しく知らないですよね。俺で分かる範囲でいいなら説明しますけど……」
サイの提案に、そうしてくれといった様子でシドが頷くと彼は話し出す。
「昔から彼らの土地には統一された国家など無く、いくつもの小さな部族がそれぞれに族長を抱き、豊かな土地を求め常に部族同士の抗争が絶えませんでした。そんな状況の中、“赤の戦士”の二つ名を持つ事になるヘリオンが、次々に辺りの部族を傘下に収めヘリオン帝国を建国します。それまでの歩みは正に英雄と呼ぶに相応しいものでした。中には眉唾ものの話もありますけど」
「隣国のシドさんやサイさんも知っているっていう事は、すごい有名な話なんですね」
知らないのはお前だけだ、という視線をシドがクランに向けると、サイは苦笑しながら話を続ける。
「そうですね。赤き大剣振り下ろせばドラゴンの鱗をやすやすと切り裂き、突けばサイクロプスを一撃で絶命させ、切り払えば5人の戦士を一度に屠ったと謳われています。そう言われる位ですから、それらと戦った話もありますし、なにより“赤の戦士”と呼ばれる由縁になった赤い大剣は、世界を造ったといわれる神竜から奪ったと伝えられていますから」
「本当に御伽噺に出てくるような人ですね」
クランがこれから自分達の戦う相手の途方もない話を聞いて、引きつりながら感想を口にする。
「ですが、肝心の赤い大剣は帝国には残っていないそうですよ。なんでも、ヘリオンが死んだ時に神竜が奪い返しに来たそうですから。ですから眉唾ものなんですよね。実際にその剣が残っていれば信憑性も出てくるんですが……」
「そう言えば、ドワーフの集落の長 フンベルトさんが、ヴィルヘルムの祖父がヘリオンさんに剣を作った事があるって言ってました」
クランが口にすると、シドが少し首を傾げながら答える。
「それは無いんじゃないか? 亜人と帝国の人間がそんな関係になるとは考えられないな。帝国での亜人の扱いは家畜と同じらしいぞ」
サイがシドに続く。
「俺もそう思います。ドワーフが無理強いされて作るとも思えませんしね。話がそれましたが、三剣者とは、ヘリオンが一介の戦士だった時から行動を共にしている三人の仲間の事です。それぞれ“剣姫”“双剣”“剣斧”の二つ名を持っていました。神竜に戦いを挑んだ時にも、ヘリオン帝国を建国した時にも常に行動を共にし、建国後も帝国の重鎮としてヘリオンに尽くしたそうです。彼等の死後もその功績を称えて、今でも帝国に皇帝の次の権力を持つ役職としてその名が残され、三つの役職に就く者達を三剣者と呼んでいます」
「なるほど、勉強になります」
「この国のガキなら誰でも知っている話しだ。男だったら誰もが一度は憧れる話だしな」
感謝の言葉を口にしたクランにシドが答えた。
「じゃあ、次はクランさんの話を聞く番ですね」
サイが勤めて明るくクランに求める。
「僕がフンベルトさんの所に旅立つ直前にシドさんにお願いしたのは、この組織に帝国との内通者がいると考えたからです」
「なるほどな、それで俺に帝国に潜伏している密偵の内、誰が実験施設の情報を提供したか探らせようとしたのか」
「迷いの森での施設の事がどうにも気になりまして…… ワイバーンにあんな所で偶然出会うとは考えづらいですし、ほとんど書類の運び出された建物に子供達が残されていたのも不自然です」
「それで何処から入手した情報かを調べようとしたら、『分からない』か……」
「はい。末端の密偵に確認できないとすると、もしかしたら幹部クラスの人が帝国と通じているかも知れません」
「それは一大事だな。それが確かなら、お互いに疑心暗鬼になって任務どころじゃない」
サイも深刻な表情を二人に向ける。
三者三様に自分の考えを纏めようとするが、シドが真っ先に諦める。
「それでどうするつもりだ? クラン」
シドの問いにクランが首を振りながら答える。
「今出来る事は無いと思います。とりあえずグレックさんが黒骸騎士団の後をつけていますので、その連絡待ちですね。その結果しだいではシドさんにお願いする事が出来るかもしれません」
「どんな事だ?」
「今はまだ…… ただ帝国に潜入している人との連絡は取れるようにしておいて貰えますか?」
「分かった。あそこには同期の奴がいるから任せとけ。俺とお前が頼んだらいやとは言わないだろう」
「?」
クランが不思議そうな顔をするとサイが横から口を出す。
「帝国に潜入している密偵を束ねているのは、迷いの森で帝国の施設に潜入しようとした時に一緒にいた者です。あの時いた密偵は皆古参で、最後まで俺達を逃そうとしたクランには皆後ろめたい思いを持っています」
「そういうこった。よほどの無茶を言わない限り、お前の頼みを断ったりしないだろうな。組織に属する密偵としては失格だろうが、さっきの話をきちんと説明すればあいつも納得する。なんと言っても、帝国の情報があいつを通さずに頭の所まで上がった事に、一番不審がっていたのもあいつだからな」
「分かりました。では、その時には協力を頼みましょう。ただ、何度も言うようですが、すべてはグレックさんが持ち帰った情報を聞いてからです」
「分かった。それまでは精々お頭にばれない様に連絡を取っておく」
シドの言葉を締めの合図に、クランはクリス達の待つであろうアジトに向かった。