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フンベルト達の集落を後にしたクラン達は、夕闇に紛れルイザの街の門を潜った。
アジトへ向かおうとする一行に文句を言われつつ、クランは用が有るとクリス達と別れ人通りが少ない裏路地に向かう。
クランが薄暗い裏道を歩いていると、物影に佇む娼婦と思われる人影に声を掛けられる。
「お兄さん、ちょっと遊んでかない? 今日はさっぱりだから安くするわよ」
妖艶に微笑む女性をしばし見たクランは、小さく頷く。
女は弾むような足取りでクランの隣に立つと彼と腕を組む。
自分の腕に当たる柔らかな感触にクランが恥ずかしがるそぶりを見せると、微笑みながら口を開く。
「可愛いのね、緊張してるの? 任せてくれれば大丈夫だから」
そう言うと女はクランの腕を引く。
しばらく歩き、食事を取るためか二人は一軒の酒場の扉を潜る。
そこでクランが店内を見渡していると、一緒にいた女はそっと姿を消していた。
「お疲れさん! 任務は上手く行ったのか?」
クランを出迎るシドの声に、彼は反射的に聞きとがめた者がいないかと酒場の中を見渡す。
意地の悪い笑みを浮かべながら、自分の隣の席をクランに勧める上官をサイが咎める。
「シドさん、クランさんが困っているじゃないですか」
「頼みを聞いてやったんだ、この位はいいだろ? お前もただ働きだったんだから」
「それはそうですけど……」
勧められた席に座ったクランがシドに軽く頭を下げる。
「面倒を掛けた事はあやまります。でも、あまりいじめないでください。街の入り口を通れば、そこに張り込んでいる密偵から帰ってきた情報が入るから、あの道で待ち合わせしようって約束だったんでシドさんがいるものとばかり思ってました。本当、変な汗をかきましたよ」
「この位で文句を言うな。お前が言った事を調べるのは骨が折れたんだ。組織の人間に気付かれないようにっていうおまけが付いていたお陰で、やたら時間が掛かっちまった」
笑いながらシドが言う。
「それでどうでしたか?」
気を取り直して真剣な表情でクランが尋ねると、シドは沈んだ声で答える。
「分からなかった」
「そうですか……」
クランは自分の予想通りの答えが返ってきた事に黙り込む。
「深刻そうな面しやがって、また面倒ごとか?」
「そうですね……」
「……言ってみろ。悪いようにはしないぜ」
シドの言葉に、サイが隣で溜め息を付く。
だが、クランは口を閉ざしたままだった。
「言いづらい事なのか?」
「これ以上シドさん達には迷惑はかけられません」
「今更って感じがするが…… 『分からなかった』って事がビンゴだったんだな」
驚いたクランが見ると、どや顔をするシド。
「おいおい、俺だって一応密偵なんだぜ。この位の事は分かる」
「……」
黙り込むクラン。
その間、シドは黙々とエールを口に運ぶ。
話さないと決めたなら話さなくていい。もし話すつもりが有るなら遠慮無く話せと、ただ自分の気持が固まるまで急かす事無く待つつもりの彼の態度に、クランは決心して口を開く事にした。
「もしかしたら組織が分解するかも知れません」
「そうか……」
「もしかしたら、裏切り者と呼ばれるようになるかもしれません」
「そうか……」
クランが視線で問いかける、『それでも聞くか?』と
少し悩んだそぶりを見せた後、シドは鼻の頭をかきながら話し出す。
「俺な、今では密偵なんてやってるけど、本当は冒険者になりたかったんだ」
突然の言葉にクランはキョトンとするが、シドは構わず話し続ける。
「まあ、ガキの頃は皆そうだろうけど、物語の中のような英雄になりたかったんだ。笑っちまうよな。だけど親父が病で死んじまって、お袋が新しい男を作ったんだ。そいつが酒癖悪くて、いつも殴られてた。それで家を飛び出して、気付いたらスラムでこそ泥みたいな事をしていた。そんな所をお頭に拾われたんだ。いつの間にかガキの頃の夢なんて、裏の世界にどっぷり浸かって忘れちまったが、この間思い出しちまった。」
そこで一息つくと、シドはエールで口を湿らせる。
「仲間のために、倒れる覚悟で無茶をする。仲間を逃がすために、勝てるか分からないワイバーンに立ち向かう。そこで死んでたら、それは悲劇でお終い。だが、そいつはその後、隣の国の危機を救い、帝国の実験体とやり合い死に掛けながらも、自分達の仲間の元に戻って来た。その後も、亜人を助けるために帝国の黒骸騎士団とやり合った。クラン、その様子なら上手く亜人を助け出せたんだろう?」
シドの問いにクランは頷く。
「まるで物語の中の英雄じゃねえか…… 責任とってくれ」
珍しく真剣な表情を浮かべながら自分を見つめるシド。彼の発した言葉の意味が咄嗟に理解できなかったクランは思わず聞き返す。
「えっ?」
「俺にガキの頃の夢を思い出させた責任取を取れ。お前の事だ、たとえ組織が分解しようが、裏切り者と罵られる様になるとしても、帝国の奴らにぎゃふんと言わせるためだったら一人でもやるんだろう?」
「……はい」
「なら、何も言わずに手伝わせろ。どちらにしろ、俺はそろそろこの組織は限界だと思っていた」
シドの告白に、クランが目を見開く。
「お頭がスラムの裏路地で俺を拾ってくれた事には、感謝している。あの時拾われていなければ、俺は今頃どこかで野垂れ死んでいた。だが、今のお頭についていくのは正直限界だ。あんな風に笑いながら子供を殺す人間には、子供達の死体の中で自分を抱きしめながら、狂ったように笑う人間にはな…… お前はどうなんだ、クラン?」
シドの真剣な眼差しに、クランは彼の目を見て返す。
「そうかもしれません。確かにクリスさんと一緒にこのまま仕事をするのは、難しい事かもしれません」
クランは、迷いの森の施設でクリスが子供達を殺害した現場を思い出しながら答える。
艱苦の表情を浮かべるクランに、シドが溜め息を付きながら言う。
「これがここでの最後の仕事だと思って、お前の話に乗ってやる。組織に追われる事になるかもしれないが、子供を食い物にする帝国のクソ野郎共も道ずれだ。ヘリオン帝国を興した“建国王”にも三剣者って言う仲間がいただろう? お前の考えを聞かせろ。癪に障るが、俺がお前の三剣者になってやる」
「シドさん、なんでこんな時に敵である帝国の“建国王”を引き合いに出すか分かりませんけど、三剣者は三人です。シドさん一人じゃ不足するでしょうから、俺も手伝いますよ。ここまで聞かされて、知らん振りさせてくれないでしょ、どうせ。まあ、俺はどちらかと言うと、“建国王”より三剣者の方が合ってますからね」
サイがいつもの様に揶揄しながら、しかし、決意の篭った瞳で二人を見る。
「分かりました。だったら僕の話を聞いて下さい。その上で、僕に手を貸してくれるか返事を下さい」
万感の思いを込めたクランの言葉に二人が頷く。
「ですがその前に…… “建国王”って言うのは帝国を作った初代皇帝っていうのは聞いた事があるんですけど、三剣者ってのは何ですか?」
「そこかよ!」
テーブルの上に身を乗り出していたシドが、思わずずっこけた。




