第72話 アリシア、秘密のスポットでデートする
「ねぇ……」
「どうした、アリシア? 腹が減ったか?」
スレッドリーが微笑んでくる。
「そうじゃなくてー」
「今向かっているのは知る人ぞ知る癒しのスポットだ。かなり期待してくれて良いぞ」
わたしは別に行く場所の心配をしているわけじゃなくて……。
「入場料の心配か? 少し高いが大丈夫だ。金ならある」
「お金の心配なんてしてないから」
ていうかね、お金なら絶対わたしのほうが持ってるし!
「そうじゃなくてさー、ホントにこんなことしていて良いのかなって……」
「俺と手を繋いで歩くのはそんなに嫌なのか……?」
泣きそうな顔するのやめて。
どうしてもって頼んでくるから、ずっと繋いであげてるじゃん……。
「違うって。エヴァちゃんとステファンががんばって聞き込み調査をしているって言うのに、わたしたちはこうして2人で街はずれをブラブラしていて良いのかなって……」
ででででででデートっぽいことしちゃっていて不謹慎じゃない⁉
「大丈夫だ! ステファンが『行ってこい』と言ってくれた。その男気を無駄にしてはいけない。存分に楽しもう!」
めちゃくちゃ前のめりだなー。
だけどこんなに積極的なスレッドリーも珍しい気がするね。2人で出かけるのは初めてじゃないけどさー、ラダリィにお膳立てされてふわふわしていることが多いのに、行先まで自分で決めて……。王都は生まれ育った街だから、観光には自信があるってことなのかな?
「わかったよ……。でもお昼ご飯を食べたらすぐ帰るからね? 集合時間は厳守だから!」
* * *
そしてわたしたちは、王都の市街から離れに離れ――。
「……ここはどこなの?」
なんか見渡す限りすっごく高い城壁が広がっているね。
え、この中に入るの?
門を警備している兵士に金貨を?
入場料……というか、賄賂的な何かに見えたんですけど?
ここって、どう見ても一般開放されている観光地じゃないよね?
入って大丈夫な場所なの?
「ここは国有地だな。誰が呼び始めたのかは知らんが、昔から『王の湖』と呼ばれている」
「『王の湖』ね」
城門をくぐった後、しばらくうっそうと茂った木々の間を歩く。道なき道を、スレッドリーがわたしの手を引いて、ズンズン進んでいった。
と、急に森を抜ける。
眼前に広がったのは――。
「……海?」
「湖だ」
湖……。
「この広さで湖なの? 向こう岸が見えなくて水平線だけが広がってる……」
この湖、巨大すぎない?
透明度も半端ない……空が写ってるじゃん……。
「何ここ……きれいすぎるよ……」
これはすごいわ。まさに圧巻ね。
プライベートビーチならぬ、プライベートレイクってところかな?
「ここは塩の湖なんだ。湖と言ってもほとんど塩の塊で水がないから、歩くこともできるぞ」
「ほぇー。塩ー」
「ああ、今日は運が良いぞ。この時期にはあまり雨が降らないから、水が溜まっていることは少ないはずなんだが、しっかりと水が張っていて鏡面世界が楽しめるようになっているな」
おー、そういえばなぜか昨日の夜、雨が降っていたね。
ということは……わたしのラッキーが発動しちゃったのかな?
「湖に入ってみても良いの? 裸足になったほうが良いかな?」
「どちらでもいいぞ。だが、そうだな。素足のほうが気持ちいいかもな。あとでしっかり塩を洗い流せば痒くはならないだろう」
じゃあ靴を脱いで入ってみよう♪
うへぇー! ふっしぎな感覚ーーー!
鏡の上に立ってるみたいなのに、足には水の感触! なにこれー! おもしろー!
「楽しそうで何よりだ」
スレッドリーが目を細めて笑う。
「ねぇ、下を見てよ。わたしたちが写って――ちょっと! 目をつぶって!」
「ん、どうした? 何かトラブルか?」
怪訝そうな顔をして近寄ってくる。
「ストーップ! その場で目を塞いで! 今すぐ! わたしが良いって言うまでっ!」
それ以上近寄ってこないで!
「お、おう……これで良いか……?」
よし、両手で目を隠して……セーフ。
いやー、まさか……鏡の上に立つとスカートの下からパンツが丸見えになるとは、ね……。
危なかった……。
下に黒のスパッツ、ヨシ!
「もう目を開けても良いよ。いやー、すごいね。湖面に顔まで写るなんて!」
「お、おう?」
首を傾げるスレッドリー。
「良いから。気にしないで。でもさー、こんな素敵な場所を王家で独占しているのってちょっとずるくない? 一般の国民にも開放してあげれば良いのにー」
特権意識的なあれですか?
でもそれなら、貴族くらいには開放しても良いような気もするけれど?
「そうではないんだ。ここは観光地ではなく、塩の採取場なんだ。塩を安定して供給するために、塩業はすべて王家で管理をしている」
「なるほどね。そういう目的の場所だったんだ? だから立入禁止区域になっていた、と」
「ああ。俺は昔からここが好きでな。1人になりたい時によく忍び込んでは叱られたものさ」
遠い目。
だけど、口の端が笑っていた。
悪い思い出ではなさそうで良かった……。
「スレッドリーは悪ガキだったもんね」
「ああ。手の付けられないほどにな。でもそのおかげでアリシアに出逢えた」
スレッドリーはゆっくりと近づいてくると、わたしの手を握った。
「それはどうかなー? ただの偶然でしょ」
「俺は悪ガキで良かったと思っているよ。アリシアと出逢い、学ぶことができたからな」
そういうのずるいな。
「今は悪ガキじゃなくなったの? わたしから見たらあんまり変わっていないように見えるけど?」
「少しは努力したんだがな……。アリシアに認められる男になるまでには、まだまだ努力が足りないか」
悲しむわけでもなく、悔しがるわけでもなく。
現状を認識して受け入れた。そんな感じのリアクションだった。
「ま、まあ……10歳の頃に比べたら少しはマシになってきているんじゃない? 背も伸びたし、見た目も王子っぽくなったし?」
「もう公爵なんだがな」
ハハ、と楽しそうに笑った。




