先輩
武田先輩だ。ざわざわと女性たちのささやきが聞こえる。
卒業してから3年と少し。すっかりスーツ姿が板についた大人って感じだ。
ますますいい男になっている。
モテるだろうなぁ。彼女がいると嘘をついて女よけしなくちゃならないのも分かる。……っていうか、なんで嘘をつくんだろう。彼女作ろうと思えばすぐにできそうなのに?
……まぁ、異世界オタクだからなのかな?
武田先輩がこっちを見た。
目が合った。
ご無沙汰してます。弟の和樹がお世話になってますという気持ちを込めてぺこりと頭を下げると、ふっと微笑んだ。緊張していたのが少し緩んだように見える。知っている人がいると、心強いよね。分かります。
ぐっと拳を握って見せた。頑張ってください。
二人終わって武田先輩の順番が回ってきた。前の方の席の女の子たちがソワソワしているのが見える。
武田先輩のファンの子たちかな?
武田先輩の話が始まった。
入社してから、社内研修が充実している会社らしい。勉強するための補助金まっである。
なるほど。給料や休日など分かりやすい条件とは違う部分で会社を見る目も大事かぁ。
ん?あれ?
学生たちが据わる椅子の前方……教壇との間の床に丸い煙の塊……のように見えるぬいぐるみが転がっている。
ぬいぐるみを肩に乗せていた女性に目を向けるとそこにはない。
落としちゃったのかな?
丸いのは少しずつ教壇の方へと動いている。
動いて?転がっているのかな?変な動き。まっすぐコロコロと教壇に向かっているわけではなくて、ふらふら?
不思議な動きをするおもちゃがあるけど、そういうたぐいの仕掛けのあるぬいぐるみなんだろうか?
誰も気にしてない。
武田先輩の方に近づいて行っているのに、気が付いていないのか、気にしないようにしているのか。
ぬいぐるみはふらふらとそのまま教壇の前まで進み、そしてふわふわと浮いた。
「浮い、た?」
思わず驚きにつぶやきが漏れる。
そりゃぁ、今は浮くおもちゃも色々あるだろうけれど……。
浮いたぬいぐるみは武田先輩の顔の真ん前までふわふわと移動する。
なんで?
流石に目の前に飛んで来たらそっちを見るよね?
なんで武田先輩は平然と、何事もないように話続けているの?
なんで「あれ何?」とかざわざわとしないで、みんな話を聞いてるの?
まるで、見えていないかのように。
不思議に思っていると、こぶし大ほどの大きさの煙のぬいぐるみが、一気に膨らんだ。
ぼわんと。濃い灰色の煙が武田先輩を包み込む。そして、さらにそれは広がり、他のOGやOBたち、そして、前方の席に座っている人たちにまで広がっていった。
もしかして、爆弾か何か?煙幕……発煙筒みたいな何か?
おかしなくらい誰も動揺していない。舞台のスモークみたいな演出だと思ってるの?
「きゃーっ!」
唐突に悲鳴が上がった。
だよね、やっぱり!
「早く、消防車を呼ばないと!」
私のつぶやきに、ゆきちゃんが反応した。
「違う、救急車だよ」
え?でも煙だよ?火事かもしれないなら消防車じゃ……。




