残念ながらヒロイン補正はありません
同好会にはちゃんと部室がある。
6畳ほどのプレハブ小屋。あ、プレハブだからちゃんとっていうよりは一応なのかな。
隣の隣には爬虫類同好会の部室がある。ドアには「扉の開閉注意」の文字。なぜだろうね?
蛇が逃げるから?爬虫類同好会には当然ゆきちゃんが所属している。
そういえばゆきちゃんが言うには、蛇が時々水槽から逃げ出しちゃうんだって。
部室で動物を飼育するのは大学側から許可が下りないので、同好会メンバーが家で飼っているペットを時々連れてくるらしい。ゆきちゃんは大興奮だ。
話がそれた。
で、部室には講義がないが時間に足を運ぶんだけど、今日は珍しく4年の先輩が来ていた。
授業はあまりないし、就職活動で忙しいし、めったに顔を合わすことがないんだけど。
「和樹……あ、弟なんですけど、和樹は魔法が使えないのは魔素がないからと言ってるんだけど、魔素の代わりに電気が使えないかって実験したことあるんですよ」
あんまり顔を合わさないので、何を話していいのかわからなくて……、あ、もちろん話すのは異世界のことだけど。
どの異世界の話をしていいのか分からなくて、つい和樹の話をしてしまう。
口にしてから青ざめる。
さすがに、実験までしたなんて痛い子だと思われないだろうか……。
「へー、和樹君、なかなか才能ありそうだね!ぜひ入会してほしいところだ」
ニコッとさわやかな笑顔で笑う武田先輩。
!才能がある!その言葉にホッとする。
武田先輩は、今日はこの後会社の説明会に行くそうで、スーツ姿だ。
スーツを着ているとずいぶん大人に見える。
「電気か……なるほど。うん、そうか。普段意識したこともないけど、もしかしたら魔法が本当に使えるようになるかもしれないね」
「え~?武田先輩、何言ってるんですかぁ~」
甲高い声で3年の先輩が武田先輩に話かけてる。
そうなんです。部室には、私と武田先輩の他にもう一人います。
えーっと、武田先輩、なんとかボーイっていう雑誌の読モにスカウトされるくらいイケメン。中身はゴリゴリの異世界オタク。
甲高い声を出した3年の先輩は、2年生の先輩いわく、武田先輩の追っかけで全く異世界には興味がないらしい。
……一言でいうと「悪役令嬢にざまぁされる乙女ゲームのヒロインみたいな人間」らしい。
目の前で武田先輩にしだれかかるように話しかける姿を見ると、なるほどと思う。
武田先輩は、王子ポジションってところでしょうか。
「電気は電気でも、静電気はどうだろうか?」
「え~、静電気ですかぁ?あたし、あのぱちぱち嫌いなんです」
武田先輩の顔はこちらを向いているんだけど、私が返事をするよりも先に3年の先輩が話に割り込んでくる。
うん。無視されていても食いついてくる精神力。武田先輩が迷惑していようとも、自分はヒロイン補正がかかっていると信じて疑ないような自己中心的行動力。
「えーっと、結梨さん、少し時間ある?もう少し話がしたいんだけど」
武田先輩が立ち上がった。
3年の先輩がいてはなかなか話が進まなくて少し閉口したようだ。眉間にしわが寄っています。笑顔だけどね。
「あ、4限は講義があるので、それまででしたら」
「そうか。じゃぁ、学内にどっか場所なかったかな……」
部室のドアを開いて武田先輩が外に出た。その後ろに、当たり前のように3年の先輩がついている。
ですよねー。場所を変わったってついてきますよねぇ。
うっ。3年の先輩が私を睨んでいます。これ、明らかに邪魔よ!って顔ですね。
……えっと、邪魔だと言われても、その。私、武田先輩ともう少し話がしたいんだよね。
だって、和樹のこと痛い子だと言わずに、和樹の実験をすごいって褒めてくれて、和樹の実験へのアドバイスをしてくれるんだよ?
「あ、結梨ちゃーん!」
首に蛇をまいたゆきちゃんが現れた。
部室にもどるところかな?ここ通らないと爬虫類部の部室に行けないもんね。
「へ、蛇!ちょっと、近づかないでよっ!」
3年の先輩が後ずさる。
あ、蛇苦手ですか。
ゆきちゃんがずかずかと歩いてくる。
「や、ちょっ、ひーっ!た、武田先輩、あの、失礼しますっ!」
蛇への恐怖には勝てなかったようだ。
ナイスタイミング、ゆきちゃん。
「今の人には悪いけれど、もう散歩おしまいだから、部室に戻さないといけないのよね……。謝っといて」
ゆきちゃんがいとおしそうに蛇の背をなでた。
「いや、助かったよ。えっと、結梨さんの友達?」
ゆきちゃんが誰って顔で私を見た。
「あ、異世界同好会の先輩で、武田先輩。こちらは高校からの友達のゆきちゃんです」
ゆきちゃんが頭を下げた。




