009
岩場から出てすぐの戦闘域は洞窟のような場所だった。始まりの洞窟と変わりがないようで結構である。
そこで俺と先輩は地面に座り込みながら先程の戦闘の報酬アイテムを確認している。
俺の方は『朱雀の雛鳥の魂』が2つ。あとは戦士用の『朱雀剣』に盗賊用の『朱雀弓』。あとは素材の『朱雀小羽根』。これが今回のドロップだ。
一体につき一個ってところか。ゴブリンとルールは変わっていない。先輩の方も似たようなもので、魔法使い用の杖は今回出ていないが盗賊用の『朱雀短剣』と僧侶用の『朱雀錫杖』。素材の『朱雀肉』。それに『朱雀の雛鳥の魂』が2つ出ている。
「は? 肉? 肉が出たんですか?」
「ええ、生肉のようですが」
生肉? 生肉でも肉は肉だ。顕現すれば肉がでるだろう。先輩のステータスウィンドウを覗いて素材説明を読む。
名称:朱雀肉
レアリティ:『HN』
効果:最大HP+100《8時間》 空腹度回復
説明:朱雀の肉。食べることで肉体を一時的に強化する効果がある。
「かなり有能な素材だけどアイテムの画像は生肉だよな……」
「火があればですが、簡単ですけれど調理ができますよ?」
問われてもコンロのようなものは持っていない。フレポガチャにライターなんかはあったが、流石にライターで生肉を焼くことはできないし、肉を燃やし続けられるだけの燃料を俺は持っていない。
生肉を食うという選択肢も、そこまで追い詰められていないから存在しない。
「火。火。――ああ、そうですね」
顕現、と手に朱雀短剣を呼び出す先輩。魔法使いである先輩は、武具を顕現することはできても魔法使い用の『杖』以外を『装備』することはできない。『装備』とは戦闘で使うということだ。持ったり、振ったりはできてもそれを用いて『攻撃』を行うことはできない。
首を傾げて先輩の動きを見ている俺の前で、先輩は顕現、と更に朱雀肉を手の中に出現させる。
「調味料がないのが惜しいですが」
「ああ、塩胡椒ぐらいならあるよ」
フレンドガチャから出た塩だの胡椒だのを先輩に渡すとまぁ、と先輩は嬉しそうに微笑む。
「さすが忠次様です」
先輩の称賛にどうも、とだけ返す。真面目に取り合ってたら照れ殺されるし、こんなもの毎日フレンドガチャを回していればそれなりに出てくるものの1つだ。パンに塩や砂糖をかけるぐらいしか味の変化が楽しめなかった。そういうゴミアイテムという認識しか俺にはなかった。
手のひらの上に置き、『朱雀肉』に塩胡椒をぱっぱとふりかけた先輩はぐにぐにと肉に味を揉み込み、そうして朱雀短剣の刃の上にそっと肉を置く。
「今回は準備ができてなかったのと、とりあえずの実験なので雑で申し訳ありませんが」
なんて前置きをしながら朱雀短剣の柄を持った先輩は、刃の上に置いた肉を落とさないように持ち続けている。
俺はそれをじっと見ているだけ、なんとなくやりたいことがわかってきたからだ。
「へぇ……ああ、なるほど」
理解が脳に浸透した辺りで肉からじゅぅう、と香ばしい、食欲を誘う香りと音がし始める。
先輩のやっていることは、武器説明を思い出せば理解できることだ。
朱雀剣や朱雀弓は火属性(小)のスキルがついていた。だったら朱雀短剣についていてもおかしくはない。
「焼けてるなぁ」
「うまくいってよかったです」
先輩の言葉に、なるほど、火属性ってのはそういうふうに使えるのか。なんて感心をする。3ヶ月もこの世界に暮らしていた俺よりも、先程いろいろなものの存在を知ったばかりの先輩の方がうまくこの世界に順応していた。
いや、人間としての性能だろうな……。
小さな諦めが俺にはある。だから、先輩の行動には、悔しさもあるが、感心も同時に感じるのだ。
「だけど、焼けたら肉が張り付くよなそれ。箸使う?」
「ありがとうございます」
フレポで出た箸を渡す俺。受け取った先輩が箸と短剣を手に、鶏肉が焦げたり、短剣に張り付いたりしないよう注意を払っている。
調理というには雑な環境だが、肉から溢れる脂がてらてらと短剣の刃を照らしているのはなんとも食欲を誘う光景だった。
あと常識的に考えて短剣は衛生的にどうかと思うが、まぁ使っていないからたぶん新品だし、病気になっても死ねば蘇生するし問題はないだろう。
フレポでフライパンが出ればいいんだけどなぁ。確か始まりの洞窟の岩場には持ってた奴もいたような気がする。ガスコンロとかも。(ただし焼いて食べる素材が岩場にはないけど。パンをフライパンで焼いてどうすんだってな。ははは)
「はい。とりあえずですが、できました」
じゅうじゅうと肉汁を垂れ流す朱雀肉を手のひらに置いた先輩は、今まで熱源代わりに使っていた短剣を用いて手のひらの上で肉を切り分けた。
唖然としてその姿を見る。
「え? あれ? 肉とか、短剣とか熱くないの?」
「愛がありますから」
え? 何言ってんのこの人。びびって先輩のステータスを見るとHPが微妙に減ってる。なにこのひと怖い。
道中でHPが減っても戦闘に突入すれば減ったHPはリセットされた状態で戦闘が始まるが。そのこと俺、説明したっけ?
首を捻っていると、あーん、と短剣で切り分けた肉を箸で摘んで俺に差し出してくる先輩。ちょっとどころじゃなくドン引きするが、久しぶりの動物性タンパクを差し出されて喉が唸る。
「はい、あーん」
「……あーん」
口を開け、先輩の焼いた朱雀肉をもぐもぐと噛みしめる。
ほろり、と涙が溢れた。
「うめぇ」
「はい、嬉しいです」
どういう意味で言ってるのかよくわからないが、食欲には抗えず、先輩が差し出す肉をもぐもぐと食べ続けるのだった。
ちなみに『空腹』じゃなくても食欲は湧く。腹が減ってなくても食べることはできるのだ。『過食』という状態異常はないけれど。
◇◆◇◆◇
ステータスを確認すれば確かにHPが+100されていた。
「そういや俺ばっかり食べて悪かったな。先輩は食べなくてよかったのか?」
俺が手渡したフレポから出てきたタオルで手の脂を拭いている先輩はにっこりと微笑んで言う。
「はい。わたしは忠次様が食べている姿を見ているだけでお腹がいっぱいになりましたので」
謎すぎて突っ込みようがない返答にそうか、とだけ言葉を返す。顔見て腹が膨れるならデイリーミッションはいらんがな。
つか、敬語っぽい口調が崩れてるのは自覚しているが、なんとも敬意が抱けない先輩なので、適当に感想を吐き出していく。
「ま、結構いいとこじゃんここ。道中戦闘一回目もシャドウを壁にすればダメージなく進めることもわかったし」
いいとこなんですか、という先輩の言葉にいいとこなんですよ、と返す。
まぁRの俺だとLR魔法使いの先輩がいなければ途端に地獄と化しそうな難易度ではあるが、食材と火が手に入るのが純粋に嬉しい。
なにしろ三ヶ月もコッペパンと水だけだぜ? ちゃんとパンと水消費してりゃ空腹にはならんものの、微妙に残る不満だけはなんともならなかったのだ。
「朱雀剣もいい感じだしな」
手にした剣の説明文を見て、俺はほくそ笑む。
名称:朱雀剣
レアリティ:『HN』 レベル:1/30
HP:+30 ATK:+50
スキル:火属性(小)
効果:攻撃属性を30%火属性に変更する。
説明:燃える神鳥の名を冠した片手剣。
鍛えた見習いの剣より一時的にステータスは下がるものの、レベルを上げ始めればステータスは簡単に優越するだろう。
いや、この剣に見習いの剣食わせちまうか? あの剣、結構経験値溜め込んでるし。食わせればいいんじゃねーの?
考えて、思いとどまる俺。
(火属性なんだよなこの剣。このエリアで火属性を吸収する敵とか出てきたらまずいな……)
風属性の先輩がいるとはいえ、この閉鎖環境で攻撃手段が減るのは少し不安だった。『保護指定』してあるか確認し、見習いの剣はアイテムボックスの中に入れておくことにする。
合成はいつでもできる。今急ぐ必要はない。
ちなみに保護指定とはうっかり合成の素材とかにしないようにアイテムを保護するための指定である。結構使える重要な機能だ。
(ここの『魂』もやべぇしな)
とりあえず、と2つ手に入れた魂で強化した先輩のステータスを見れば、なんと魂2つでレベルが8にまで上がっていたのだ。ゴブリンではありえない経験値量である。
びっくりした俺も自分に強化を試し、レベルが2もあがったことを確認している。
経験値効率が始まりの洞窟とかなり違う。ボーナスダンジョンなんじゃねーのか。と思いながら俺は通路の先を剣で指し示した。
「よし、じゃあ行きましょうか先輩」
はい、と微笑んだ先輩は先へ先へと進む俺の後ろをついてくるのであった。